◆第8回 交通科学シンポジウム「自動車の運転・薬剤の影響を考える」
──(社)日本交通科学協議会
2011年7月23日、東京都千代田区・中央大学駿河台記念館において、(社)日本交通科学協議会の主催による「第8回 交通科学シンポジウム」が開催されました。
今回のテーマは、
「自動車の運転・薬の影響を考える」。
抗ヒスタミン剤などの薬剤が運転に与える副作用のほか、運転者の健康が関係する交通事故の実態をめぐる問題点、運転者の疲労や眠気に関わる危険などについて、専門家の発表を行い、最後に講師全員が参加してパネルディスカッションを行いました。
第8回 交通科学シンポジウム・プログラム 平成23年7月23日(土)
時間 | 講演テーマ・講師 |
13:00~13:05 |
・開会挨拶──大久保夫尭夫/(社) 日本交通科学協議会会長 |
13:05~13:40 |
・自動車の運転と薬剤の添付文書について
林 明子/医薬品医療機器総合機構(PMDA) 安全第2部 調査役 |
13:45~14:20 |
一杉 正仁/獨協医科大学法医学講座 准教授 |
14:25~15:00 |
木津 純子/慶應義塾大学薬学部実務薬学講座 教授 |
15:05~15:40 |
佐々木 司/(財)労働科学研究所 慢性疲労研究センター長 |
15:45~16:30 |
・パネルディスカッション
「実地に求められる運転と薬剤の課題」 コーディネータ 津久井一平/(財)航空医学研究センター顧問
パネリスト 全講師 |
16:30~16:40 | ・開会挨拶──大久保尭夫会長 |
※会場:中央大学駿河台記念館 610号室 |
◇自動車の運転と薬剤の添付文書について
林 明子氏/独立医行政法人薬品医療機器総合機構
安全第2部 調査役
◆市販後の副作用調査が重要
まず最初の講演として、林氏が薬剤の有効性・安全性審査を行う立場から、薬剤のリスクがどのように調査されているかを示し、副作用なとを示す添付文書の活用法などについて言及しました。
「薬剤の運転に対する影響等は、治験(臨床試験)でもある程度わかりますが、治験対象は若く健康な方が主であり、限界があります。ですから、市販化がゴールではなく市販後のリスク調査・情報収集をして分析を継続しています。この作業が非常に重要で、薬剤の添付文書も市販後の情報を蓄積して、改訂されていきます」
ケテック錠(テリストマイシン)という抗生剤を具体例として、市販後に「意識消失」を伴う自動車事故が複数起こり、三回の改訂を経て、最初の添付文書では「使用上の注意」だった運転時の服用注意が、赤字の「警告欄」に記載され、「服用時は運転に従事させないこと」と強化されていることなどを示しました。
◆様々な薬剤で起こりうる意識消失
林氏は、このように自動車運転の妨げとなる副作用が、
・「意識喪失・突発性睡眠」作用は精神神経系に限らず色々な薬で起こりうる
・てんかん薬や抗アレルギー剤は、「眠気、めまい」を誘発することがある
・血圧低下剤は低くなりすぎると「意識消失」の危険がある
・糖尿病薬は「低血糖」 → 集中力低下、意識喪失の危険がある
──など多岐にわたることを示唆しました。
「市販後の情報蓄積で医薬品にある未知のリスクが少なくなり、厚労省も安全性情報などを発行して、医師・薬剤師、患者さんへ情報提供をしていますが、添付文書の「警告欄」改訂後も意識消失事故が発生する場合があり、緊急安全性情報なども発行し、PMDAのホームページでも情報提供しています。
意識消失を覚悟してまで抗生剤などを使用する必要はないでしょうから、医師が判断して代替の薬を使うという方法がある一方、パーキンソン病の薬のように常時服用しなければいけないという患者さんの事情もあります。患者さんの視点に立って、今後も情報伝達の仕方を工夫する必要があると考えています」と結びました。
◇自動車運転における薬剤の影響を考える
一杉 正仁氏/獨協医科大学法医学講座 准教授
◆統計には現れない運転中の体調変化の実態
続く演題では、交通傷害に関する幅広い研究で知られる一杉氏が、自動車運転における薬剤の影響だけでなく、運転中の発症予防の重要性について解説しました。
「交通事故の大半は、運転者のわき見や操作ミスなどのヒューマンエラーが原因とされていますが、運転中の発症や急激な体調変化によるものも少なくありません。我が国では交通死亡事故の解剖検査率は5.8%と低いため、実態が明らかではないのですが、フィンランドの統計では全死亡事故の約10%は運転者の体調変容によるとされています。専門家による詳細分析を経たデータであり、妥当な数字であると考えます」
こうした事実を踏まえ、一杉氏は「各種の事故防止対策が効果を発揮し、近年交通死亡事故は減少傾向にありますが、健康問題に関しては事故の実態が知られていないなど、取組みが遅れています。今後の死亡事故減少策として残された問題はドライバーの健康対策です」と強調し、独自に健康起因による事故の実態調査に取り組んでいることに触れました。
◆適切な健康管理と服薬指導で事故防止を
さらに、一杉氏は最近発生したてんかん患者による小学生6名死亡事故や、バス運転者の疾病発症例などに言及し、「薬剤が運転に支障をきたす場合もあれば、適切な服薬をしなかったために疾病コントロールができず意識消失にいたる場合もあります。非常に多くの犠牲者を巻き込む危険があり、特に、職業ドライバーではあってはならないことです。運行管理者の方からも薬剤や病気の管理に関する指導を強化していただきたいと考えています」と述べました。
「国土交通省の統計で運転中の健康起因事故の原因をみると、心疾患・脳神経疾患など命に関わる症例が半数を占める一方、残りの半数は湿疹、腹痛、てんかん、感冒、めまいなどによって運転に支障が出ています。ですから、どんな病気でも運転に影響を及ぼす恐れがあると考えるべきでしょう」
◆医家へも、車の運転を前提とした服薬指導の啓蒙を
また、抗ガン剤なども最近は通院投与が多くなり、「タキソール」という薬はエタノール(アルコール)を含む注射液であるにも関わらず、患者さんへのアンケートでは「アルコールが含まれていることを知らない」人が33%、「自動車運転に関する指導を受けていない」人が38%いる──という実態があることも紹介しました。
「患者さん自身が知らずに車で通院していれば、酒気帯び運転につながる恐れもある薬剤であり、アルコールの含有を周知徹底する必要があります。
こうした事例をみるとわかりますが、もっと主治医への教育面で、車の運転を前提とした服薬指導の啓蒙をすすめる必要があります。また、患者さんが職業ドライバーの場合は、とくに主治医=実地医家の方が、高い意識をもって運転時間などを考慮した服薬指導をする必要があります」
◇薬剤の服用と自動車運転~抗ヒスタミン薬を中心
として~
木津純子氏/慶應義塾大学薬学部実務薬学講座教授
◆添付文書では運転禁止でも影響の小さい薬もある
木津氏は薬剤師の立場から、第一世代・第二世代の抗ヒスタミン薬を例にとり、添付文書上の注意書きと走行試験などとのギャップ、患者さんへの指導実態などについて紹介し、どのような服薬指導を考えていくべきか解説しました。
1950年代から発売されている第一世代抗ヒスタミン薬に比べて、1983年以降に現れた第二世代といわれる抗ヒスタミン剤は、眠気や集中力低下などの副作用が比較的少ないと言われています。
木津氏は、欧米での抗ヒスタミン剤服薬後の自動車運転試験の状況を調査し、その一部を紹介しました。
「オランダでは、時速90-95キロ走行での車体のズレを測定し、アルコール血中濃度0.05%時の運転への影響値『2.6cm以上』を基準に、薬の影響を評価しています(SDLP値)。第一世代ではSDLP値が2.6cmのラインを超える薬がかなりありますが、第二世代の抗ヒスタミン剤では、2.6cmを越えるものはなく、ほとんど影響のないものもあります。
第一世代の薬品は添付文書に運転禁止の記載があり、おおむね試験結果と合致しますが、第二世代の薬は、運転試験では眠気等の影響が少ないとみられる薬品でも、我が国の添付文書を見ると、禁止・注意の記載があることがわかりました」
◆患者・医師へのアンケートからみた問題点
また、木津氏は、抗ヒスタミン薬を服用する患者さんなどへのアンケート結果も報告しました。
「添付文書は、薬剤により運転禁止、注意、記載なしに分かれていますが、患者さんの中には記載なしの薬でも何らかの眠気を感じるという声がありました。また、添付文書の禁止の記載の有無に関わらず、薬を処方されたとき医療関係者から運転を控えてくださいと言われていない例もあります。服薬指導を受けた患者さんは、37%近くが運転などに注意していると答えていますが、ほとんど注意していないという人も11%近くいます」
「また、東京都練馬区の医師454名を対象としたアンケートでは、9割の医師が患者から眠気の愁訴を受けた経験がある一方、実際に抗ヒスタミン剤を処方するとき、必ず運転に関して説明するという医師は約7割で、ほとんど説明しないという医師も数%いることがわかりました」
抗ヒスタミン剤によるインペアード・パフォーマンス(気づきにくい集中力低下)についても、皮膚科・耳鼻科等の専門医は認知度が高いのに比べて、他科では低くなっていました。
◆個々の患者さんの実状にあった利用法を相談する
木津氏は、服薬時の指導のあるべき方向性について次のようにまとめました。
「2010年に発売された、レボセチリジン(ザイザル錠)という第二世代薬は、欧米ではかなり古くから使われ、少ない投与量で効果があり有害事象も小さいというデータがあって期待されている薬ですが、我が国の添付文書では「運転禁止」の記載があります。
私たちは、このようなギャップがあることを認識した上で、添付文書の記載にとらわれることなく、どの薬についても、まず、『抗ヒスタミン剤を飲むと眠くなることがありますから、運転には注意してください』という情報をきちんと伝えるべきです。
その上で、過去にどの薬でどんな時に眠くなることがあったか、我慢できないほどの眠気なのかなどの点を具体的に聞き、症状緩和の緊急性なども踏まえて、一人ひとりの患者さんにあった薬の選択・利用方法について相談していく姿勢が大切だと思います」
◇第二世代 抗ヒスタミン薬における自動車シミュ
レーター運転時の眠気の発現
佐々木 司氏/(財)労働科学研究所 慢性疲労研究
センター センター長
◆第二世代薬は第一世代に比べ眠気は起こりにくい
佐々木氏も抗ヒスタミン薬第二世代に関する研究を紹介するとともに、運転中の眠気発現のメカニズムにも触れ、眠気の発生しやすい生体リズムを踏まえた服薬指導の重要性を指摘しました。
佐々木氏は「眠気の個人差」ではなく、運転時の眠気がどのような状況下で起こりやすいかという視点から、自動車シュミレーターによる実験を行いました。
「第一世代の抗ヒスタミン薬は、第二世代に比べて『脳内H1受容体占拠率※』が顕著に高いため鎮静作用・眠気発現率が強く、相対的に第二世代が眠くなりにくいことが知られています。主観的な7段階の眠気尺度をもとに運転シミュレーターで単調な運転課題を負荷して行った実験では、第二世代がほとんど眠くならないという結論が出ています。塩酸エピナスチンとロラタジンという第二世代の薬剤を使用し、自動車シミュレーターで実験したところ、眠気の発現について第二世代薬剤間で差がないこともわかりました」
◆昼食後の抗ヒスタミン薬服用は控えたほうが望ましい
「ところで、人間の眠気には生体リズムも関連していて、アルコールを用いた過去のシミュレーター実験では、夕方よりも概半日リズムで眠気が生じるといわれる昼食後の時間帯に顕著に眠気があらわれることが報告されています。
そこで、私達は実際に花粉症の既往のあるドライバーを対象に、午前10~12時運転と午後13時~15時運転の2つの群にわけて、軽食後に服薬してもらいシミュレーター運転時の眠気の発現を調べてみました(脳派により測定)。
この結果から、午前群に比べて午後群では明らかに眠気が強く現れました。また1時間の運転より2時間の運転で顕著でした。そこで、第二世代の抗ヒスタミン薬であっても、自動車運転時には昼食後の服用を避け、連続運転を避けることが望ましいと結論づけたのです」
◆連続運転では眠気の発現が多い
佐々木氏は、前述の生体リズム性に着目した実験だけでなく、本来、眠気の発現には前夜の睡眠時間や運転時間なども関連しているので、さらに、そうした要素を踏まえた実験結果などに言及しました。
「5時間睡眠と法定アルコール濃度以下の飲酒運転を比較した海外の自動車シミュレーター実験では、5時間睡眠で飲酒運転に匹敵する眠気の発現があり、さらに5時間運転とアルコールのダブルストレスの場合は最高値を記録しています。
これはアルコールに限らず、薬剤でも睡眠不足との関係が大きいことを示唆しています。他の科学的実験では4時間睡眠と5時間睡眠の間で、明らかに昼間の眠気に影響が出るというデータもあります。
また、高速道路における運転時間に関する我々の研究では、主観的な眠気は30分~40分運転後に強く現れることがわかっています。先ほどの第二世代抗ヒスタミン薬のシミュレーター実験でも、40分を境に眠気のピークが強くなっています」
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※H1受容体占拠率とは
体内のH1受容体(ヒスタミン受容体)とヒスタミンとの結合を阻害するはたらき。脳内における占拠率が高まると、鎮静作用や催眠作用などの副作用をもたらすと考えられている。
第一世代の薬品では占拠率の割合が50%を超えるものが多い。
【詳しく知りたい方へ】
パネラーのリンクは下記を参照
・林明子氏 独立医行政法人薬品医療機器総合機構(pmda)
・一杉正仁氏 獨協医科大学法医学講座
・木津純子氏 慶應義塾大学薬学部実務薬学講座
・佐々木司氏 (財)労働科学研究所 慢性疲労研究センター
【交通科学シンポジウム】
(社)日本交通科学協議会は、運転(運輸)業務に従事している実務者、交通安全に関わる医師や薬剤師、保険事業者等を含め、広く一般を対象に交通事故防止と安全運転に関するシンポジウムを毎年開催している。 2011年は、震災等の影響もあり、7月開催となった。