先日、弊社の従業員数名が、社有車を勝手に持ち出してレジャーに出かけ、人身事故を起こしてしまいました。
自家用車では荷物が載らないと、会社のワンボックスカーを持ち出すことを考えたようです。
弊社では車のキーを事務所の入口の壁にぶら下げるようにしており、特にロックはかけていませんので、簡単に社有車を持ち出せる状況にありました。
このような場合、会社にも損害賠償責任が発生するのでしょうか?また、どのような対策をしておくべきだったのでしょうか?
1・ 使用者責任
会社の従業員が第三者に損害を与えた場合に、会社が負うべき責任としては、まず使用者責任(民法715条)考えられます。使用者責任とは、ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負うとするものです。
設問では、従業員が業務とは関係なく運転を行っているため、「事業の執行について」といえるかが問題になりますが、判例においては、「事業の執行」であるためには、広く行為の外形をとらえて客観的に観察したときに、職務行為の範囲内に属するものと認められれば足りるとされ、また事業そのものだけではなく、密接に関連する行為も含むとされており、事実上広く認められる傾向にあります。特に車の運転は、事業の執行と認められることが多いといえます。
2・運行供用者責任
また、交通事故の場合、自動車損害賠償保障法3条に規定される運行供用者責任を負います。同条本文は「自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によって他人の生命又は身体を害したときは、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる。」と規定しており、同規定に基づく責任を、運行供用者責任といいます。
責任を負うべき「自己のために自動車を運行の用に供する者」を運行供用者といいますが、判例では、運行供用者を「自動車の使用についての支配権を有し、かつ、その使用によって享受する利益が自己に属する者」などといわれており、運行供用者は「運行支配」、及び「運行利益」が認められるかで判断されます。
ただ、判例をみると、運行利益より運行支配に重点がおかれ、間接的支配ないし支配の可能性や、客観的・外形的な支配で足りるなどとされており、被害者保護の要請から、事実上、認められやすくなっています。
なお、使用者責任は人損・物損全てについて、損害を賠償する義務を負うことになりますが、運行供用者責任として損害賠償責任を負うのは、人身に関してのみであり、原則として物損は賠償の範囲に入りません。
3・ 責任を免れる場合
使用者責任については、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは責任を負わないとされ、また、運行供用者責任については、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があったこと、並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかったことを証明したときは、責任を免れるとされています。
ただし、実際の事件において、これらの規定の要件が満たされているとされた事例は多くはありません。
判例では、勤務終了後に私用のため勝手に社有車を運転して事故を起こした従業員について、会社社長から急用の際には社有車を運転使用しても良いとの許諾を得て、鍵の所在も教えられていて、随時運転していたという事情のもとで、会社の使用者責任を認められたものなどがあります。
一方、会社が自動車を使用に使うことを厳重に禁止していたところ、従業員が勝手に持ち出して出かけて交通事故を起こし、同従業員、及び一緒に出かけた同乗者達が死亡したという事案で、同乗者達も車の私用が禁止されていることを知りながら従業員をそそのかしていたという事情等から、会社の運行供用者責任を認めなかった判例もあります。
しかし、多くの場合には使用者責任、及び運行供用者責任が認められているといえます。
以上のとおり、会社の従業員の無断運転の場合、使用者責任、及び運行供用者責任が認められることが多く、この場合、会社には第三者に対する損害賠償責任が課せられることになります。
設問の場合も、会社の従業員に対する指導は不明ですが、社有車のキーが簡単に持ち出せ、従業員なら誰でも簡単に使用でき、特にチェックされることもないような状況であるため、会社にも第三者に対する損害賠償責任が発生すると考えられます。
ただ、会社が従業員に対してどのような指導を行っていたが、社有車、及びその鍵等の管理体制、社有車の使用方法等によって、会社の責任が認められる可能性は変わってくるといえます。そのため、会社として事前にとっておくべき対応は、以下のとおりです。
1・社有車の私用の禁止を明確に定める
私用の禁止のみを漠然と定めるだけではなく、具体的な使用規程、車両管理規程を定めておく方が良いです。社有車の運転を予定していない者の運転を厳禁とし、運転が予定されている者についても、就業時間外の運転を禁止するなど、使用のルールを明確にしておくべきでしょう。
2・実際の管理体制を充実させ、従業員への指導を徹底する
上記規程等を実際に実践し、さらに従業員への指導を徹底するようにする必要があります。規程を作っても事実上、私用が黙認されているようでは、会社の責任が軽減される理由にはなりにくくなります。
社有車のキーの管理も、金庫に入れたり担当者が管理したりし、また使用する場合のチェックや書類での手続を必要とするなど、物理的手続的に厳重に管理を行うべきです。
さらに、個々の従業員には、充実した交通安全教育を実施しておくべきことは当然です。
3・損害賠償保険への加入
以上の措置を講じたとしても、従業員が無断で社有車を使用し、事故が起きて第三者に損害が生じた場合、被害者保護の観点から、会社の責任が認められることは十分考えられます。そのため、会社に責任が生じることを予想した上で、保険への加入をしておくことも必要であると考えられます。
以下に社有車の私用運転防止に関し、最低限行っておくべき事項についてチェックリストを作成しましたので、管理状況をチェックしてみて下さい。
□ 社有車の私用の禁止を定めた規定がある
□ 就業時間外の運転を禁止している
□ 社有車の運転を予定していない者の運転を禁止している
□ 規定で定めた内容を従業員に指導している
□ 社有車のキーは金庫に入れたり、担当者が管理している
□ 社有車を使用する時には、担当者がチェックをしている
□ 社有車を使用に関しては、運転日誌などの記録を残している
□ 損害賠償保険に加入している
□ 従業員に対する交通安全教育を実施している
(具体的な事案によってはこれらの対応だけでは足りないとされる場合もあり、実際の会社や業務の状況に応じての検討が必要ですので、ご注意下さい)
(執筆 弁護士 清水伸賢)