交通事故の損害賠償は、衝突した相手車乗員の人身被害に対する補償や車両損壊を弁償するだけでは済まないことがあります。
たとえば、預かった荷物が予想外の高価な商品であったため、事故による損傷で高額の賠償請求を求められるケースも考えられます。
荷物に関しても、危機管理意識を働かせましょう。
■呉服・毛皮の焼失で2億6千万円の
損害賠償責任が発生
ある運送会社のトラックドライバーが高速道路を走行中、吸っていた煙草を床に落としたことに気をとられ脇見運転となり、前方の車に追突、衝撃で対向車線にはみ出して横転・炎上しました。
この事故で、積荷の呉服・毛皮などが全焼し、その被害額は、
・呉 服 1億4,940万円
・毛 皮 9,260万円
・紳士服 1,935万円
となり、総額2億6,135万円にものぼりました。
■運送会社は免責を主張したが……
運送会社側は、通常の貨物価額が数億円にのぼることは考えられず、これほどの高価品であることは認識していませんでした。
そこで、「無事に運送する」という運送契約に対する債務不履行はあったものの、商法578条の「高価品の特則」※が適用されるので、運送業者としては免責されるべきと主張しました。
しかし、神戸地方裁判所は「運転者の過失による横転焼失事故の不法行為責任は、商法による免責をもっても免れるものではない」として、運転者と運送会社に損害賠償を命じました。
■荷主の過失も認定し、5割を相殺
ただし裁判所は、「荷主側が事故を起こした運転者に積荷が合計数億円に値する高価品であることを知らせていなかったために、慎重な運転が得られなかった」と認定、荷主側の過失も考慮し、高価品との情報を与えていれば損害の発生を防止できた可能性もあるとして、5割を減額、実際の賠償額は約1億3千万円となりました。
※商法第578条(高価品運送の特則)
貨幣、有価証券その他の高価品に付いて荷送人が運送を委託するに当たり、其の種類及び価額を明告したるに非ざれば、運送人は損害賠償の責に任ぜず
※上の判例から、下図のようなケースでの過失相殺が考えられます。
ケース①は、荷主の情報を元請けが運送会社に伝えていなかった例です。
ケース②は、荷主に精密機械の積付けミスがあり、このため運行時に精密機械の不具合が発生し、それを検査するため元請会社にも多額の損害が発生した例です。
損害の発生原因が複数の責任と考えられる場合は、原因に対する寄与度に応じて、双方の負担割合を決定する必要があります。
事業所では判例を教訓に、次のような措置をしておきましょう
●特殊な機械は保険や積付け手順を確認
通常、高額の精密機械等の運送を依頼する場合、荷主はその旨を運送会社に告知し、運送料金には特別の保険料が上乗せされます。しかし、元請け物流会社が熟練車を手配できず、臨時で経験のない会社に実運送を依頼するような場合に問題が生じやすいのです。
運送業の配車担当者は、臨時・スポット等で初めて扱う種類の貨物を引き受ける場合、高価な商品ではないか事前に確認しましょう。横転炎上事故の可能性は少ないでしょうが、精密機械の場合は、ちょっとした追突事故による衝撃でも商品価値を失い、多額の損害が発生する場合があります。
特殊な機械等については、特殊性に応じた積載方法の確認と貨物賠償保険の上乗せ負担を荷主・元請け側に求める必要があります。
元請け等の担当者が、こうした措置の必要性を認識していない場合もありますので、高価な品物を輸送する場合のリスクとそのリスクの分散義務について、きちんと説明することが大切です。
●高額な貨物であることを運転者に知らせておく
また、荷主側や元請けの担当者としては、保険の付保はもちろん、実際に運送を担当する会社とそのドライバーに、貨物が高価・貴重な品であることをよく説明する必要があります。
本来、貨物価額の高低によって安全運転が左右されるべきではありませんが、やはり重要性を知れば、車間距離や車線変更にも細心の気を配るなど、運転者が慎重な運転をすることもあり、交通事故の危険性もそれだけ減ると考えられます。
●一般事業所でもリスクはある
なお、運送事業に限らず一般事業所の車でも、取引先から預かった品物が事故で壊れて予想以上に高額であったことがわかったり、メインテナンスを依頼された貴重な精密機器が事故により作動しなくなって多額の損害賠償を求められる恐れがあります。
預かり荷物の管理について、受託品賠償責任保険等の付保を含めてルールを作成しておく必要があります。
なお、パソコンや機械などの不具合は被害者側に立証義務があります。「事故で衝撃を受けたサーバーなど将来いつ飛ぶかわからないので怖くて使用できない」といった主張をする被害者もいますが、具体的な損害が明らかでない要求に対する賠償義務はありませんので、そうした責任範囲もしっかり確認しておきましょう。