先日、物流技術研究会(※)の研修に参加しましたが、「情報を共有することの重要性」が何度も指摘されていました。交通事故の発生要因を分析していると、重要な情報が共有されていなかったことが事故の遠因になった例が多いからです。
「ヒヤリ・ハット体験を事故防止に活かそう」とスローガンを挙げている職場は多いと思いますが、本当に現場のヒヤリ・ハット情報が管理者に届いているでしょうか、またドライバー同士で危険情報が交換されているでしょうか、もう一度考えてみましょう。
■左折時に見落としの多い交差点
ある運送会社のトラックが、交差点左折時に見落としから大きな人身事故を起こしました。
その会社では事故事例研究会を開き、この交差点で二度と同じような左折事故を起こさないように、ドライバーが中心となって対策を立てました。そのとき、事故防止策として選択した結論は「この交差点では左折は一切しない」というものでした。
被害者を見落としたことに関して、「左折時の安全確認を念入りにする」という基本ルールも指摘されましたが、ドライバーの多くが、この交差点は歩道の状況が非常に見えにくく、しかも坂になった歩道上から自転車が走りこんでくるなど危険が大きいと主張し、相手の危険行動までは防止できないので、「左折のリスクが大きすぎる」という結論に達したからです。
■ドライバーの中には左折しない人も……
「左折しない」という現場の対策は尊重されましたが、話し合いの中でわかったのは、ベテランドライバーの多くが、すでに「あの交差点は怖いので以前から左折していない」と言って、他の交差点で左折する経路を選択していたことです。
つまり、ドライバー達の中には多くのヒヤリ・ハット体験があったのですが、人身事故が発生するまで他のドライバーには共有されていなかったわけです。
「当社はヒヤリ・ハット体験募集をしているから、そんな心配はない」という管理者もいるかも知れませんが、事故を起こした運送会社でも、以前から「ヒヤリ・ハットを事故防止に活かそう」と提案活動をしていたそうです。
ドライバー個々は「危ないな……」と感じていても、なかなか情報が共有されないという実態があります。
その運送会社では、「もう一度原点に帰ってヒヤリ・ハットの提案活動を見直そう」ということになり、定期的にミーティングを実施して、事故に結びつきそうな要因はないだろうか、皆で情報交換会を行い、管理者に報告してもらうことにしました。
提案活動など、スタートしたときは皆も協力的ですが、次第に活動が形骸化して管理者も忙しさからフォローできなくなるものです。もし、ヒヤリ・ハット情報があまり集まっていないようなら、ヒヤリ・ハット体験がないのではなく、情報を共有する仕組みに動脈硬化が起こっている可能性があります。
また、物流技術研究会における別の研修では、ある配車担当者が次のような日常的働きかけの重要性を指摘していました。
「事故や製品トラブルなど余程の事態でない限り、疑問点やヒヤリ事項があってもドライバーの方から何か積極的に言うということは少ないと思います。ですから、私は自分が配車した仕事は放ったらかしにしないで、必ずドライバーに『どうだった、今日は何か予想外のことは発生しなかった?』と聞くようにしています。
そうすれば、ドライバーも『実はこんな事があったんですよ……』と貴重な現場情報を話してくれることがあります。それは配車担当者の勘違いであったり、先方のミスであったり、ドライバーのうっかりであったりと様々ですが、聞いておいて損はありません。ドライバーの本音として、荷主や会社に改善してほしい問題点がわかることもあります。要望や疑問点は、自分なりに調査・折衝をして、必ずドライバーに結果の返事をすることにしています」
たとえ、要望が期待通りにはすべて改善されなくても、「あの人は意見を聞いてくれる。ちゃんと返事をくれる」という事実の積み重ねが、ドライバーとの信頼関係に結びつくということです。
情報交換とは、いわばギブ・アンド・テイクですから、この配車担当者のように毎日ドライバーの話に耳を傾け、自分なりの誠意を示していけば、ドライバーの方から「これは気をつけるべきだと思いますよ」といった情報が上がってくるようになります。
それを他のドライバーにも知らせていけば、情報共有の接点となることができます。やはり、日々の努力が危機管理の鉄則と言えます。
(2011年6月30日更新)
(※)物流技術研究会 飲料関係の物流子会社8社が中心となり、物流業界における安全・品質・環境等の情報を共有し、問題解決や安全施策の向上、人材育成などをはかるための企業横断的な研修組織です。詳しくは、同研究会のWEBサイトを参照してください。