平成24年度の交通事故防止研修会を開催──岐阜県トラック協会

臼井業務部長(岐阜県トラック協会)
臼井業務部長(岐阜県トラック協会)

 社団法人 岐阜県トラック協会では、去る6月18日と19日の両日、平成24年度の交通事故防止研修会を開催した。


 講師は、元岐阜県警察本部交通部の分析担当管理官で、現在は事故防止関係の講話や交通・道路に関わる安全活動を行っている交通安全計画アナリストの信田正美氏が務めた。

 交通や運送の歴史から、知っておきたい最も重要な道路交通法のポイント、交通事故発生のメカニズムなど、幅広い内容の講演を行った。

 研修会は、18日は緊急物資輸送センター(美濃加茂市/5月にオープン)、19日は岐阜県自動車会館と2箇所で開催された。19日は台風4号上陸前の悪天候であったにもかかわらず、会員企業の運行管理者、経営者などが熱心に参加、2日間合計で160人以上の人が研修を受講した。


 研修の始めに、同協会の臼井靖彦業務部長が
 「岐阜県内の交通事故は過去3年間減少してきましたが、今年1月以降は増加多発傾向にあり、死亡事故の増加率・増加数とも全国ワースト2位の状況で警察 本部から非常事態宣言も出されています。全国でも悲惨な事故が多発し、なかでも4月末の関越道・ツアーバス事故は私達にも大きな衝撃を与えました。行政が こうした大事故を受けて、法の運用を厳しくするのは当然のことでしょうし、トラック運送業界にも影響は必至と思われます。これまで以上に交通事故防止対策を強化するため、本日の研修会の内容も役立てていただければと思います」と開会の挨拶を述べた。

 

知って得する交通の問題点

講師:交通安全計画アナリスト 信田 正美氏

 

道路交通法の歴史

 

■平安時代から高齢者は優先

 信田氏はまず道路交通法について解説したが、いきなり堅い話題をするのではなく、興味深い歴史的な話からスタートした。


信田 交通の法規としては、すでに平安時代、「儀制令」という法律に牛車の優先通行規則があります。優先順位の一番は位の高低で、身分が高いほど優先、これは受け入れがたいですね。しかし、二番目は年齢、そして三番目は荷物の軽重です。

 

 平安の昔から日本では高齢者の優先を重くみています。これは大切なことです。さらに重たい荷物を積んだ車を止めないで先に通すことが優先されていました。合理的でエコな法律ですね。 

信田 少し飛びますが、江戸時代には徳川幕府が軍隊の移動を防ぐため、車の通行を規制して、歩くことを基本にしましたね。このため、歩道などが整備されるチャンスを失いました。

 馬車文化が進んだ西欧では、生活道路であっても昔から歩道がありますが、我が国では未だに歩道が作れない道があるのはこのためです。

■死亡事故は「死罪」
信田 ただし、江戸時代も大八車の運行は届出制で認められていたため、利用者が激増して町では交通事故も増加しました。

 このため、1716年に徳川吉宗が罰則を施行しましたが、その刑罰は、死亡事故は「死罪」、重傷事故は「島流し」、軽傷事故でも「所払い」という厳しいものだったのです。事故が増えれば規制が増えるのは、今も昔も変わりません。
 現代であれば5000人もの人が死刑になるということですが、実際に江戸時代に3件の死罪記録がみつかっています。

信田 明治時代に入って、明治42年に営業バスやトラックの運行管理面の規制が始まり、帝国運輸という会社がトラック輸送の営業を始めたとされています。

 さらに昭和8年に自動車交通事業法という法律ができて規制が始まり、戦後は昭和26年に道路運送法が施行され、営業用車両に対する規制が整備されました。
 トラック運送事業者への安全規制がより強化されたのは、輸送安全規則が施行された平成2年からです。

■法改正には理由がある

信田 戦後、道路交通法(昭和35年)は施行されて半世紀がたち、年1回程度の割合で改正が繰り返されています。すべての改正を正確に覚えているドライバーなどいないと思います。管理者の皆さんも自信ありますか?
 ここに「交通違反のリスク診断」テスト(シンク出版作成)を配布しましたが、こうした資料で交通ルールの理解度などをチェックしてみましょう。


 たとえば、右折矢印信号の交差点でUターンすることが平成24年4月から違反ではなくなったことを皆さんはご存知でしょうか。こうした多くの法律改正は、交通問題の実態を後追いしています。


 すでに10年程前から「歩車分離信号」が出現して、青信号は出ないで矢印で進行方向をコントロールする交差点があったので、Uターン禁止の交差点でなくても、転回できなくなっていた事実があります。
 矢印信号交差点でもUターンできるように、「やっと法改正された」というのが現実ですが、少し一般への説明が少なすぎると思いますね。

 

■最も重要な改正は「交差点安全進行義務」
 そして道交法改正で信田氏が「最も重要な条文改正」と考えているのは、法第36条4項の「交差点の安全進行義務」であることを強調した。

信田 法第36条4項には、…交差点に入る車は交差道路を通行する車等……に注意し、できるだけ安全な速度と方法で進行しなければならない……と記載されています。信号の有無、交通整理がされた交差点であるかないかなどの但し書きはありませんので、すべての交差点を通行するすべての車に課せられた義務です。
 つまり、この条文ができてから、たとえ青信号の側にいても交差点で交通事故を起こしたら安全進行とはいえない、過失があり相応の責任を負うということがはっきりしたのです。
 交差点はそれだけ危険な場所であり、安全に配慮してし過ぎることはない。相手が赤で飛び出してきても、交差点で事故にあえば100対0の責任ということはなく、必ず何割かの過失相殺があります。そうした意識で運転するようドライバーに指導してください。
  

【雨量規制】

 

■「飛騨川バス事故」が雨量規制の契機に
 信田氏は、講演当日の大雨予報に関連して、道路の「雨量規制」は岐阜県で発生した過去の大事故が契機になっており、この事故を踏まえて全国的に対策がすすみ、県でも綿密な道路の通行規制を整備しており、「岐阜県の雨量規制は信頼できると考え、必ず守るよう意識してください」と指摘した。


信田 岐阜県白川のバス事故が雨量規制の契機となりました。ご記憶の方もあるかと思いますが、昭和43年8月、白川町で観光バスが集中豪雨による土砂崩れに巻き込まれて飛騨川に転落、100名以上の乗員・乗客が亡くなりました。このとき、雨量による道路の交通規制は行われていなかったので、運転者や運行会社の過失責任が問えるのかと訴訟で問題になったのです。

 また、自賠責保険が交通事故のみが対象で、自然災害には支給されないということも国で問題になりました。事故の教訓を踏まえて、日本でも雨量規制を本格的に行うようになり、道路における災害対象の賠償責任保険支払いを始める契機になったのです。

信田 「雨量規制」が実施されると川沿いの道路で遮断ゲートが降りる場所がありますが、必ずしも全場所にゲートが設置されているとは限りません。岐阜県では、どこが崩れても不思議ではない山道が多いので、厳しい雨量規制をして、そうした場所には回転灯などを設置していますので、特に回転灯が回っている道には絶対に入らないでください。

 また、県のホームページにも雨量規制道路区間の一覧がありますので、運行管理者の方は、ぜひ参考にしていただきたいと思います。

【リスク強度】


■頻度を考えたら交通事故がもっとも危険
 続いて、信田氏は「リスク強度」という言葉を説明して、交通事故の危険を強調した。

信田 リスク強度とは、事件や事故の起こりやすさを示す度数で、事故の頻度と大きさで示されます。
 昨年の東日本大震災を例にとってみましょう。あれほどの震災は100年に1回と言われますので、頻度は100分の1年、死者数は約2万人ですから、震災のリスク強度は200という数字です。
 一方、交通事故はどうでしょうか?1年間の死者は約5000人ですから、リスク強度は5000です。
 5000÷200で25倍です。確かに震災では、多くの方が今でも大変な状況にありますが、交通事故被害者も同じです。交通事故は依然として、私達にとっても最もリスク強度の高い危険だということがわかります。

【交通事故発生のメカニズム】

 

■知覚のミスを防ぐことがもっとも重要
 信田氏は会場で2秒ほど、図形や絵柄を描いた紙を見せて何が描いてあったか受講者に質問し、意識していないと単純な図形でも正しく知覚できず、危険を発見することがいかに難しいことかを指摘した。
 そして事故の85%がヒューマンエラーであり、事故防止のためには正しい知覚の指導をすることが最重要と指摘した。
 
信田 事故原因の85%はヒューマンエラー。なかでも、発見の遅れや発見ミスが75%にも及ぶので、交通事故の6割は見落としということになります。判断ミスはヒューマンエラーのなかの20%、操作ミスは5%です。
 ドライバーには、まず危険を発見するということが如何に重要な要素かを指導しなければなりません。しかも、場所や状況によって危険要因は違ってきますから、危険を感じ取れるようにするためには、危険予測トレーニング=KYTなど、いろいろ具体的な指導が必要になってきます。

 よく「夜間はライトの近目遠目を適宜切り替えて」と言いますが、ただ上向きライトにすればよいのではなく、ライトを上げて照射範囲のはしの遠くの方まで注意し、横断しようとする歩行者等がいないか、意識して探しにいけという意味ですね。
 そのような危険を常に予測して、発見しようとする意識を育てることが大切です。

■「あせり」がもっとも危険

 

信田 その他、交通事故に結びつくドライバーの心の問題点をあげると、「あせり、おごり、疲れ、怒り」があります。このなかで、我々日本人で最も気をつける点を一つあげると、「あせり」です。トラックで言えば配送時間。
 私達は、時間にシビアな国民で、電車が1分遅れてもイライラしますね。時間に遅れることが我慢できない。待たせていると感じる方もあせってしまう。
 欧米では、もっと時間にルーズというか少しぐらい遅れるのは当たり前というアバウトな神経で、うまく対処しますね。
 「あせり」というのは日本的な心の問題として常に意識していただき、ドライバーを急がせない配慮をお願いします。

■死亡事故は「殺し=kill」
 最後に信田氏は、交通死亡事故に対しては、厳しい見方をしてほしいと結んだ。

信田 最後に一言、国際的には交通死亡事故を「殺し=kill」と呼んでいることをご存じですか。国連統計などで traffic accident killといった表現をされます。

 日本ではどれほど悲惨な事故が起こっても、マスコミ報道でも役所の書類でも「殺した」といった表現はしませんが、世界では"DEATH"ではなく"KILL"です。「死亡事故」という甘い言い方ではすまされない厳しい言葉をつかっているのです。
 それだけ交通事故は大変なことだという意識を持って、ドライバーには危険を発見することの大切さを指導していただければと思います。

【取材・文責:シンク出版編集部】

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