──栃木県老人福祉施設協議会
近年、老人介護施設では、デイサービス、ショートステイや入居者の外出のため、日常的に車による送迎が行なわれています。しかし、一方で交通事故も多発しています。
介護ヘルパーなど、本来運転を業務としていない人たちがワゴン車などで送迎に携わっていますが、住宅街や農家の敷地内など狭い場所に入る機会も多く軽微な物損事故などが起こりやすい状況にあります。また、利用者が高齢で車いすの人も多いため、少しの衝撃でも人身事故に結びつく危険があり、介護施設の危機感も高まっています。
そこで、こうした介護送迎車ドライバーの安全運転を支援するため、NPO法人交通事故予防センター(※詳しくは記事末尾を参照)では、専門的な安全運転講習を企画・運営し、各地で実施しています。
講習の開催母体は、都道府県の老人福祉施設協議会などで、地元の自動車教習所の協力を得て、地道な指導が行われています。今回、栃木県で実施された講習を取材する機会を得ましたので、その内容をご紹介します。
※この講習会は、「有償福祉運送等運転者講習」(国土交通省認定)とは異なり、
実際に介護施設などで勤務する人達のための実務研修です。
平成24年9月3日(月)、栃木県の老人福祉施設協議会が栃木自動車教習所(栃木市)において、老人ホーム・介護施設等で送迎車を運転する職員のための安全運転講習会を開催しました。
交通事故予防センターの講師2名のほか、同教習所の検定指導員4名がインストラクターとして協力し、県老施協に加盟する施設から24名のドライバーが参加、一日かけて熱心に実技・座学の講習を受講しました。
開会にあたり、主催者である同協議会の担当理事・横川惠さんが次のように挨拶を述べました。
「最近、全国的に介護の送迎車が増え、交通事故も目立ってきています。ドアーツードアのサービスでご利用者宅の軒先まで車を入れるという本当に難しい運転を 毎日されていると思いますが、利用者の安心・安全を確保し、無事にお迎えし無事にお宅までお送りするのが私達の責務です。今日の研修で学んだことを職場に持って帰り、安全運転を確保するための知恵を同僚の皆さんにも伝えてください」
(※この講習は県央地区・県北地区の施設向けに9月10日(月)と19日(水)にかけて、栃木県共立自動車学校、黒磯南自動車教習所においても実施されました)
午前中の実技指導は、6~7名を一組として教習所コースで行われました。
車両は、車いすをセットした送迎用ワゴン車を参加施設から持ち込んで、普段の送迎と同じ状況で実施しました。
まず、個々のドライバーに普段どおりの運転をしてもらい、チェックシートによって不安全行動をチェックし、その後、インストラクターが問題点の指導を行いました。
そして、正しい運転行動が身につくように、同じコースを再度走行して実習しました。
添乗してチェックしたのは以下のようなポイントですが、運転操作だけでなく、発進時や右左折時における利用者への声かけなど介護送迎運転者に求められるさまざまな要素を含んでいます。
また発進前には、車いす乗員のシートベルト固定チェックなどのシミュレーションも行い、乗車前に車の周囲への目配りがきちんとできているかなどもチェックされました。
ワゴン車は小回りが難しいので、とくに狭路走行では後輪をクランクの縁石に乗り上げたドライバーも多くいました。
インストラクターは、「上手に早く操作することを意識するのではなく、狭いところでは何回切り替えしてもよいので、徐行して安全に走行する」ことを強調していました。
実技指導では、運転ぶりのチェックだけでなく、3種類のブレーキ体験を行いました。
ひとつは、時速40キロからの急ブレーキで、緊急ブレーキを踏む感覚の体験と、後部座席ではシートベルトをしていてもどれだけの衝撃を感じるか、送迎利用者の立場で実感しました。
一方、時速30キロからの安全ブレーキでは、乗員へのいたわりをもつやさしいブレーキングの実習を行いました。
さらに、インストラクターの運転により時速5キロでの急制動も実施しました。低速ではブレーキが瞬時に効くので、減速度が強く感じられ意外にショックが大きいことを実感しました。
実技指導の後には、発炎筒を実際に着火する体験も行われました。
発炎筒を着けた経験のある人は少ないものですが、実際に着火してみたことで、意外に簡単に火がつくこともわかり、事故や故障など緊急時に発炎筒を正しく使える自信がついたようです。
「発炎時間は5分程度ですから、火がついている間に道路に置いて、三角表示板を出したり、安全な場所に避難するようにしましょう」と講師が意識づけました。
昼食をはさみ、午後からは交通事故予防センターの講師による講義が行われました。
まず、実技指導と連動した正しい運転の解説が行われました。介護施設の送迎という特殊性を踏まえた、現場に即した指導内容です。
チェック項目は、「すべて安全運転に必要な内容であり、省略できる項目はない」と説明されました。
送迎でよく使われるワゴン車は死角が大きく、乗ってしまうと見えない箇所が多いので、乗る前には周囲の確認が大切であることを強調しました。
また、発進・加速時や右左折時などに高齢者が転んでしまうことが多いので、単に車を動かすという運転ではなく、乗員に配慮した声かけが重要であり、そのための添乗チェックをしたことを解説しました。
また、ワゴン車はセダンタイプの普通乗用車と運転特性が違うことを強調し、タイヤがドライバーのすぐ下にあるので、セダンより少し遅れ気味にハンドルを切った方がいいことなど、運転操作のテクニックなどについても付加しました。
介護施設のドライバーが起こした過去の事故事例について数例紹介され、どんな要因で起こっているのか詳しく紹介がありました。
受講者には非常に参考になったようで、熱心にメモをとる姿が見られました。
路地からバックして出た時に、進入時には停止していなかった場所にあった車両に衝突した事例や、敷地内における縁石への衝突事故など、介護送迎車ならではの事故事例があり、乗車前の周囲後方確認の重要性が指摘されました。
また、普通の乗用車などでは軽傷事故ですむケースや、急ブレーキを踏んだだけの事例で、乗員の高齢者が死亡した事故事例なども紹介されました。
身体機能が衰えている高齢者の場合、衝撃耐性が低くなっています。急制動により内臓損傷等により死亡したり、車椅子利用者では、3点式シートベルトとの整合性が取れないといったことから傷害を負うケースもあります。
このような事例を踏まえて、介護送迎では急ブレーキを踏まない運転の重要性が強調されました。
コース内走行を拝見する限りでは、ワゴン車の運転に習熟していないドライバーも多く見られましたが、皆真剣に講習を受講し、ミラーの確認方法などをつかんだようで、苦手な運転操作についてはかなり改善しました。
「上手な運転より、確実な運転」という講師の言葉にも納得したようで、「確認の仕方がわかりました!」と目を輝かせる人もいました。時間はかかってもいいので、安全確認や死角への目視を何度もしていくことの大切さを実感している人が多くいました。
講義の受講姿勢も真剣であり、「明日からの送迎の安全運転に活かそう」という熱意が感じられました。やはり、毎日世話をしている「高齢者の安全」という目的がはっきりしているためでしょう。ドライバーの講習意欲や介護施設の危機感も高まっていますので、こうした講習の実施効果は高いと思われます。
われわれシンク出版では、今後もこうした介護送迎ドライバーの安全運転活動について、取材と情報提供を続けていきたいと考えています。
【栃木県老人福祉施設協議会主催 平成24年安全運転講習会・データ】
<日 時>
2012年9月3日(月)
<場 所>
栃木自動車教習所
<企画・運営>
NPO法人・交通事故予防センター
<参加者>
協議会加盟事業所より24名が参加
<参加事業所名>(順不同)
サンフラワーガーデン/大栗の里/富士見荘/麗日荘/唐沢静山荘/ケアハウス大王/みどり/万葉/レユーナ/義明苑/ひまわり/緑風苑/しもつけ荘/たんぽぽ/虹の舎/湯の里長寿庵/
【平成24年9月10日更新 取材・編集/シンク出版株式会社】
※特定非営利法人・交通事故予防センター(代表:関根 康史氏)
同センターは、社会教育活動として一般社会への交通事故防止教育や啓蒙活動を行うNPO法人です。交通心理学、ITS関連分野の研究、交通事故の調査・分析などに携わってきたメンバーで構成されています。
現在は主に標記の介護送迎運転者、医療・福祉施設運転者の安全講習会や、社会福祉施設における運転者への添乗指導などを各都道府県で実施しています。
各地の社会福祉施設協議会等主催の講習はもちろん、個別の施設における指導の相談にも乗っておられますでの、興味のある方は下記までご連絡ください。
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