多発している交差点における車と自転車の出会い頭事故のなかから、低髄液圧症候群に関する民事訴訟例(横浜地裁平成24年7月31日判決)を紹介します。
この事故は、見通しの悪い交差点で普通乗用車が狭い道から片側1車線の道路に出るため、一時停止線で停止したあと時速10キロ程度で進行しようとしたところ、左側から歩道をやってきた自転車と衝突したもので(平成17年6月8日午前7時40分頃発生)、自転車側が損害賠償を提訴した事件の判決です。
衝突で自転車利用者(29歳男性)は首を負傷し、救急時は「脳震盪症・外傷性頚椎捻挫」と診断されましたが、その後、頭痛・頭重・吐き気や首の痛み、手足のしびれなど低髄液圧症候群(脳脊髄液漏出症)の症状が現れ、長期の治療を余儀なくされたとして、治療費や後遺障害、慰謝料などを含めて約5,000万円の損害賠償を請求しました。
こうした事故形態での基本過失割合は、一般に自転車側20%/四輪車側80%とされていますが、判決では、自転車は通行を禁止されていた歩道を走行していた過失があるとされて、裁判所は25%の過失相殺を認めました。
なお、低髄液圧症候群については、四輪車側が裁判で争い「頚椎捻挫であり後遺障害等級も14級9号」と主張しましたが、裁判所は、確定的に認めるとまでは言えないものの、ブラッドパッチ(※1)が一定程度効果があったことと、「頭蓋骨内の検査画像の所見が新たに発表された厚生労働省研究班(※2)の基準に合致する部分がある」として低髄液圧症候群の可能性を認め、後遺障害も「減少症による可能性が相当程度ある」と指摘して障害等級を自賠責法で定める9級10号(※3)と認定しました。
これは逸失利益や慰謝料の額に大きな影響を与え、25%の過失相殺後の車側が支払う損害賠償額は、物損を含めて約2,312万円にのぼりました。
(横浜地裁平成24年7月31日判決)
【事故と判決が示唆すること】
●たとえ停止線で一時停止をして車道を確認しても、見通しの悪い場所では歩道をやってくる自転車を見落とすことがあります。「当たられた」と感じた事故で、四輪車側が7割~8割の責任を負うということを自覚しましょう。
まず手前の歩行者・自転車の存在を念入りに確認する必要があります。
●低速での衝突でも、自転車利用者が転倒して骨折・重傷を負うことが少なくありません。また、軽いケガ程度ですんだと考えていると、この判例のように症状が悪化し重篤な後遺障害に悩むことがあります。
低髄液圧症候群は診断基準が改善、整備されてきましたので、今後も交通事故で認定される例があると考えられます。
※判決文について
判決内容は最高裁判所データベース[下級裁判所判例集]より引用しました
事件番号平成21(ワ)5042 平成24年07月31日 横浜地方裁判所第6民事部
※1 ブラッドパッチ療法
低髄液圧症候群(脳脊髄液減少症)に対する硬膜外自家血注入療法(患者自身の血液で脳脊髄液が漏れ出す場所をふさぐ方法)です
なお、従来は検査段階からブラッドパッチ療法に健康保険の適用を認める病院は少なく、ほとんどが全額自費治療でしたが、2012年6月1日付で厚生労働大臣が告示し、ブラッドパッチ療法は先進医療と認められました。
7月から申請が認められた病院で公的医療保険との併用で治療が始まり、ブラッドパッチ後の入院費用などは保険適用(1~3割の負担)で、全額自己負担の場合は30万円前後かかっていた医療費が3割負担でも10万円前後で実施されるようになりました。
※2 厚生労働科学研究班の新基準
平成19年度から低髄液圧症候群について、厚生労働科学研究費補助金による研究が実施され、厚生労働省研究班は平成23年6月1日に「脳脊髄液漏出症の画像判定および診断基準(案)」を公表、そして平成23年10月14日に「脳脊髄液漏出症の画像判定基準・画像診断基準」が公表されました。
「脳脊髄液減少症」とよばれる病態の中でも「脳脊髄液漏出症」をターゲットにした画像判定基準・画像診断基準を公表したものです。詳しくはこちらを参照
※3 後遺障害等級 9級10号
神経系統の機能または精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの。 (労働能力喪失率35%/自動車損害賠償保障法施行令──別表第2関係)