渋滞学という学問を知っていますか?
東京大学の西成活裕教授が提唱する理論で、高速道路などで一定の間隔まで車間距離がつまると(40m以下)渋滞が始まるので、時速70キロ程度で流れのスピードが落ちたり40m以下に車間距離が詰まるときには、意識して車間距離を開けたほうが渋滞が発生しないという考え方です。
40m以上の車間距離を保っていれば、前の車がブレーキを踏んでも自車はすぐに強いブレーキを踏む必要がないので、後続車にブレーキの連鎖が伝わりにくく、渋滞が発生しないからです。
この渋滞学のなかに「メタ安定」という状態のとらえ方があります。これは渋滞を防ぐ運転態度とは逆で渋滞の危険に気づかない状態であり、運転管理の参考になります。
高速道路などを時速100キロメートルで走行しながら、車同士が40mより狭いギリギリの車間距離で何とか平衡を保っている状態を「メタ安定」状態と言います。
道路利用率の観点からは一見効率が良いように見えますが、少しでも勾配の変化があったりトンネルなどがあると均衡が崩れ、車間距離が詰まってすぐに渋滞が始まるギリギリの安定状態であり、決して安全な状態ではありません。
むしろ危険が隠れている偽の安定状態と言えます。
運転管理面でも、事業所の運行形態や、ドライバーのおかれた状態がメタ安定ではないか、見つめ直してみましょう。
●運転業務を附属業務として安易に指示しない
業務のなかで「運転」を主たる業務としていない事業所では、附属の業務として気軽に指示することがありますが、ここに落とし穴があります。
主たる業務が決して楽ではない職場では車を動かす方が軽い仕事に見えますが、「運転業務」という別の負荷がかかったとき、業務時間の中では十分にこなせるように感じても、その従業員のなかでは「メタ安定」となっていることがあります。
最近増えている介護施設の交通事故では、とくにこうした危険が指摘されています。
●疲労がかさむ時間帯の運転業務は、非常に危険
介護施設への高齢者の送迎は、以前は通所介護送迎加算として費用が請求されていたものが、介護保険制度の見直しがあって通所サービスに含めるということで施設がデイサービスの送迎費用などを請求できなくなりました。
そこで専従のドライバーを雇用しないで、事業所の介護職員が運転を兼ねているケースが増えています。
しかし、夕方の送迎運転は非常に事故が起こりやすい状況となっています。
食事・入浴・レクリエーションなど日中の正規介護業務で疲労し、かなり負荷がかかっている状態で運転業務が入ると、ゴムの糸が伸びきるように注意力が切れかかってしまうのです。
しかも、集団で引き受けていた業務が、運転という個別の業務に変わることで思わぬ解放感が不注意や不安全行動へと結びつきやすくなります。
若く元気な職員の姿を毎日見て、「皆、よくやっている」と思い込んでいる管理責任者が、実は職員の負担に気づいていないため、メタ安定状態から事故へと転落するのです。
●時間に余裕のない運行計画をつくらない
また運転時間を管理する上での「メタ安定」も非常に危険です。
事業用自動車では、改善基準告示により「1日の勤務時間の最大限度は16時間」などといった規制があります。16時間というのは特例の一つであり、ギリギリの限度ですが、「16時間までは大丈夫」といった運行計画をたてる事業所が少なくありません。
しかし、バスなど事業用自動車の過労運転防止対策が厳しく問われ、時間管理意識の低い事業者には厳しい処分が科される情勢となっています。
そこで、高速バスや観光バスを運行するあるバス会社の運行管理者は、コンプライアンス遵守について高い意識を持って、次のように考えて管理・指導を徹底しています。
① 1日13時間以上の勤務は作らない
→ 高速バスでは事故・渋滞で乗務時間が急に延長することが少なくない。
→ 交替運転者がいれば運転時間は何とかなるが、拘束時間は抵触するので
次回の乗務予定にも響いてしまう。
② 送迎要員を常に確保
→ やむを得ず、運転時間や拘束時間がオーバーしそうな場合は、高速道路のSAなど
代替運転者が車の送迎にいく必要がある。代替送迎のための、第二種運転免許を
持った職員など交替要員を確保しておくことも計画のうちに含める。
●常に代わりのプランを用意しておこう
なお、運行計画をいくら綿密に練っても、予定変更を強いられるということがあります。
顧客の都合で製品の納品日が前倒しになったり、依頼していた運転者や車が急に手配できないこともあります。とくに、忙しい流通業界や運送業界は、「うまく準備できている」と思い込んでいても、実は、メタ安定状態というのが実情です。
そこで重要なことは、常に代替プランを持っておくことです。
ある運送会社のベテラン配車担当者は、「上手に配車プランができた」と思っても、必ず、このプランがコケたらどうなる?と自問自答して、別の方法の準備をしたり、代替案をシミュレーションしておくそうです。
そうして作ったBプラン・Cプランは、ほとんどの場合使われませんが、その担当者の習慣となっていて、いざというときに役に立つと言います。
むしろ代替プランは下請けや他社から助けを請われた時に応用が効くので営業上も大変にプラスということです。また、ドライバーに何かあっても大丈夫という姿勢がとれるので、余裕を持って接することが可能となっています。
たとえば、顔色が少し悪いドライバーにあたったとき、「そういえば高血圧があったね。最近行っていないなら、そろそろ医者を受診したらどうですか」と言って、代わるのが可能であることを話したら、そのときは「大丈夫です」と答えたもののドライバーに大変感謝され、後日、自発的に医者に行ったということです。