以前にも、「てんかん」や「糖尿病」の意識障害(心神喪失)による交通事故の裁判例を紹介しました。
主に、心神喪失に陥ったドライバーが刑事罰を受けるかどうかを判断した判例でしたが、今回は、刑事罰は受けなくても、民事訴訟では損害賠償命令を受けた例を紹介します。
──糖尿病の血糖値管理を怠った過失を認定
(東京地裁 平成25年3月7日判決)
刑事訴訟では無罪だった糖尿病患者であるドライバー(40代)に対して、運転時に低血糖に陥る危険性を予測し、回避する義務があることを明確に認定した判決例です。
■低血糖症状でもうろう状態に
事故は、平成21年9月1日の夜、横浜市中区の路上で発生しました。
1型糖尿病(※)によりインスリンを自分で注射するなどの治療を続けていた男性が、スポーツクラブから帰るために軽乗用車を運転中、低血糖症でもうろう状態に陥って自転車に乗っていた男子高校生と衝突、高校生は19日後に死亡しました。
■ひき逃げは無罪判決
男性は、衝突に気づかないでそのまま進行し、自動車運転過失致死と道交法違反(ひき逃げ)の容疑で警察に逮捕されましたが、前者については男性が「事故の記憶がない」と否認を続けたため、横浜地検は嫌疑不十分で不起訴にしました。
事故の責任は問われず、高校生の救護をしなかった「ひき逃げ」の罪で起訴されましたが、横浜地裁の裁判官は「前兆なく意識障害になる無自覚低血糖のケースである」ことを理由に、「人とぶつかったという認識があったかは疑問が残る」として、平成24年3月21日に無罪判決が言い渡されました(検察側は控訴せず、無罪判決が確定)。
■無自覚低血糖でも危険性は予見可能
一方、死亡した高校生の遺族が運転者の男性に対して約1億3,300万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴した民事訴訟では、地裁の裁判官は「男性には血糖値の管理を怠った過失があった」として、約6,700万円の支払いを命じる判決を言い渡しました(平成25年3月7日)。
民事訴訟でも、男性が事故当時、自覚のないまま低血糖状態に陥る「無自覚低血糖」だったことは認めました。
しかし、以前にも運転中の低血糖状態や職場での意識障害を経験していたことから、「危険性を十分認識していた」と指摘し、運転前の糖分補給などで血糖値を管理する義務があったのにそれを怠ったことが、過失にあたると判示しました。
(交通事故民事裁判例集 第46巻第2号319頁掲載)
【※1型糖尿病】──糖尿病には、自己免疫性で膵臓の細胞を攻撃する「1型」と肥満や運動不足など生活習慣の要因が大きい「2型」があり、1型は膵臓でほとんどインスリンが作られないために、インスリン注射が欠かせません。
事故を起こした男性は1998年に1型糖尿病を発症し、自分でインスリンを注射、運転歴は20年以上ありました。
【事故例・判決例が示唆すること】
●「低血糖の危険」を予測したら、運転をすぐ中止
意識障害により責任能力がないとされても、交通事故を起こせば損害賠償責任を免れることは難しいと考えましょう。
「1型糖尿病」などインスリン治療により低血糖に陥りやすい人は、運転中に手足が震えたり、目がかすむ、注意力が低下するなどの症状が出たら、大事故を起こす危険を予測し、すぐに安全な道路外などに車を止め、運転を停止しブドウ糖などを服用しましょう。
●空腹時の運転を避けよう
「もうすぐ食事だから、ブドウ糖はいいかな」「ちょっと近くまでだから大丈夫かな」といった甘えが、低血糖症状を招いています。血糖値を管理している人は、車や機械の運転中に低血糖リスクを起こさないために、次のポイントを守ることが重要です。
■空腹時、食事前は運転をしない
■おやつなどを食べてから運転する
■常にブドウ糖やスティックシュガーを携帯する
■服薬や注射後に食事を抜いたり、服薬・注射後に激しい運動をしない