平成25年6月8日(土)~9日(日)、広島県比治山大学において日本交通心理学会第78回大会が開催されました。
会期中はシンポジウム「新しい交通心理士像を考える」が開催されたほか、2つの教室に分かれて研究発表が行われました。
今回は多彩な研究発表の中から
「事故多発運送事業所への事故防止活動アプローチから学んだ事」
「アルコール摂取から8時間後の生理と心理(2)」
を取り上げて紹介します。
日本交通心理学会とは…
日本交通心理学会は1975年日本交通心理学研究会として創立しました。交通に関わる諸問題について心理学を中心とした研究を行うことにより、交通事故の抑止とよき交通環境の建設に寄与することを目的としています。学会の認定資格である交通心理士は、地域や企業の交通安全のリーダーとしての役割を担っており、今後ますますの活躍が期待されています。
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◆事故多発運送事業所への事故防止活動アプローチから学んだ事
大会冒頭で行われたシンポジウム「新しい交通心理士像を考える」のなかで4つの話題提供がありましたが、そのなかで四国交通共済協同組合安全対策部の矢野健一氏の発表を紹介します。
四国交通共済協同組合では、組合員の事故多発運送事業所に訪問して事故防止のアドバイスをしているが、ほとんどの事業所では拒絶反応を持っており、なかなか事故防止のアドバイスもできない状態であった。
訪問しても、まず「お前何しに来た?」と反発の態度が見られ、「いや、事故が多いですね」と言うと、「それがどうした。そのために保険に入っているんじゃないか」と反論される。そう言われると、「入っていく隙間がない、アプローチする手立てがない」という状況であった。
こういう事業所では、ほとんどの会話はマイナス思考から始まり、お互いに意思疎通ができない状況があったので、これを何とか打破しなくてはならないと考えていた。
そのなかで、「相手の本音を引き出す方法は何かないか」と考えたときに、産業カウンセラーなどの資格を取るなかで学んだ、セラピーの分野で行われている3つの関係タイプに分けることであった。
1・ビジタータイプ(他人のせいにする、ニーズや問題を指摘しない)
2・コンプレイナントタイプ(文句型、問題を指摘するが何ら取り組まない)
3・カスタマータイプ(やる気型、問題に困っていて解決に熱心)
相手をこうして分けてみると、ほとんどの事故多発事業所では1と2のタイプであることに気がついた。そして、これらの関係タイプに対するセラピストの対応法を応用して、アプローチすることを試みた。
たとえば、四国の方言を使いながら、「雑談に興じる」ことから始め、「事柄への応答」(なかなか儲からないですね、世知辛いですねなど)「感情への応答」(腹立ちますよね、イライラしますよねなど)「意味への応答」(そんななかで苦労されているのですね。儲からないなかで頑張っているいるのですねなど)を繰り返すことから始めた。
こうした対話を続けていくと、相手も徐々に納得し始めて本音の話もできるようになってきた。ここまでくると、ようやく「事故が多いんですが、事故をなくすためにどうしたらよいか、一緒に考えていきませんか」と言っても素直に聞いてもらえるようになった。
ここからが、本当のスタートであった。
これまで行ってきた事故多発事業所への事故防止活動のアプローチを通じて学んだことは、いきなり事故多発事業所へ行って、事故防止対策について話そうとしても、相手はバリアを張っていて、かたくなな態度を崩すのはとても難しい。
相手が話したいこと、伝えたいことを共感的な態度で真摯に聴く「傾聴」、相手の言ってることに注意深く耳を傾け理解する「共感的理解」、相手の批判や評価をせずありのままで受けとめる「肯定的配慮」を持って、臨むことが大切である。
これらの手法は、カウンセリング技法と同じであり、カウンセリングマインドを持って接することが大切である。
◆アルコール摂取から8時間後の生理と心理(2)
マイクロメイト岡山㈱の三宅宏治氏の「アルコール摂取から8時間後の生理と心理(2)」ー呼気及び尿中のアルコール残存量と認知機能ーの発表を紹介します。
アルコールを摂取してから8時間睡眠後に、呼気及び尿中にどれだけアルコールが残っているか、動体認知機能や深視力の低下が見られるかを、実験した。
実験に参加したのは、22歳から63歳までの市民ボランティアの男女14名で、男性12名、女性2名で、平均年齢35.6歳であった。実験は昨年12月1日の午後6時から翌朝9時まで、マイクロメイト岡山㈱のショールームで行い、まず参加者は、呼気及び尿中のアルコール測定と動体認知検査(追跡課題と突発課題の2種類の検査)と深視力を測定した。
その後、飲酒タイムとして約4時間、食べ物を食べながら好みのアルコールを1単位ずつ飲んでいき、もうこれ以上飲んだら翌日の運転に支障があるなと思った時点で飲酒をストップしてもらった。アルコール摂取量は個人によって異なっており、3単位から9単位の間で、平均5.15単位であった。
飲酒終了30分後に、実験開始前と同様の検査をして、各自自宅に戻り睡眠を取ってもらった。翌日、8時間後に再びマイクロメイト岡山㈱のショールームに戻り、同様の検査を受け、どれだけアルコールが残っているか、動体認知機能や深視力が低下しているかを検査した。
その結果、次のような結果が明らかになった。
1・呼気にも尿中にもアルコールが残る「呼気・尿残存型」が5名
2・呼気にはないが尿中にアルコールが残る「尿残存型」が5名
3・呼気にも尿中にもアルコールが残らない「非残存型」が4名
このうち「呼気・尿残存型」の5名のうち3名について、動体認知能力の低下がみられ、そのなかの2名について深視力も低下した。
また、「尿残存型」の5名のうち1名について、動体認知能力の低下がみられ、その以外の者3名について深視力が低下した。
さらに、「非残存型」の4名についても、動体認知能力が低下した者と深視力が低下した者が1名ずついた。
以上のように、アルコール摂取して8時間経過しても、14名中10名において体内(尿中)にアルコールが残っており、そのうち7名について知覚・認知機能の低下がみられた。また、アルコールが体内に残っていない人でも、知覚・認知機能が低下する人がいることもわかった。
・共同研究者
金光義弘、三野節子(川崎医療福祉大学・臨床心理学科)
日本交通心理学会第78回大会データ
・日時 平成25年6月8日(土)~9日(日)
・会場 比治山大学
・主催 日本交通心理学会
・共催 日本交通心理士会
・後援 一般社団法人 全日本指定自動車教習所協会連合会
・プログラム
<シンポジウム>
「新しい交通心理士像を考える」
発表者
1 交通心理士の本格的活躍に向けて 神作博(中京大学名誉教授)
2 現場で活躍する交通心理士 佐伯勝幸(独法自動車事故対策機構)
3 官民協働刑務所における交通安全指導 山崎順子・下郷大輔(SSJ株式会社)
4 事故多発運送事業所への事故防止活動アプローチから学んだ事 矢野健一(四国交通共済協同組合)
<研究発表>
・カーブミラーとギャップアクセプタンス
・刺激画像から感じるリスクと撮影地点における実勢速度
・事故映像とHazardTouchを用いた危険予測訓練による注視行動の変化
・夜間視界支援システムの効果予測
・高齢者視環境を考慮したバリアフリー用液晶表示装置に関する基礎知識
・濃霧環境下におけるフルカラーLED色光の視認特性に関する研究
・飲酒運転時の眼球運動に関する基礎研究
・アルコール摂取から8時間後の生理と心理(2)
・飲酒運転で行政処分を受けた男性の飲酒行動と飲酒運転行動
・我が国における違法薬物乱用中の交通事故の特徴
・ゲイン・ロス効果が裁判に及ぼす影響
・高齢ドライバーの運転行動と運転補償の関係
・高齢者の運転行動に関する研究(8)
・警察活動のリスク認知Ⅰ
・警察活動のリスク認知Ⅱ
・児童の交通安全のための実践的・継続的教育手法とその効果(2)
・視座取得を目的とした自転車教育の試み
・自転車シミュレータを用いた小学校高学年の交通安全実習
・交通ルールの遵守意図と重要度の評定に対する諸要因の影響
・年齢と経験の観点からみたバス運転者の事故・ヒヤリハットの分析
・バス乗務員に対するストレス診断ツールの開発
・年齢・経験の観点から見たバス乗務員のストレスと運転への影響
・安全適応チェック(3S)からみた営業ドライバーの特徴
・首都高速道路の歩行者立入りの実態と対策
・鉄道の相互乗り入れによるコミュニケーションエラー
・自動車教習所指導員の個人特性と日常生活、交通行動及び日常業務との関連(中間報告)
・横断歩道外の歩行者事故の事例分析:高齢歩行者の心身機能低下と運転者の速度
・6歳未満の子どものチャイルドシートの使用状況
・歩行者の自己評価技能に関する研究