事業所の従業員が交通事故を起こしたとき、その事故に事業所の責任が問われるのは、一般には相手の被害者に対する損害賠償責任だと考えられています。また、マイカー通勤事故などの場合は、業務使用など限られたケース以外は自己責任と考えがちでしょう。
しかし、事故の背後に業務過労や健康問題の放置などがある場合は、従業員に対する「安全配慮義務」違反による損害賠償責任が問われることもあります。
労働契約法第5条では、
「使用者は労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」として、使用者が労働者に対して負うべき労働契約上の付随義務を定めています。
これを「安全配慮義務」と呼び、使用者がこの義務を怠って、労働者(運転者)に損害が発生した場合、使用者は労働者に対して損害賠償責任を負うことになります。
●過労による通勤事故で雇い主に賠償命令
大学病院が過酷な勤務実態を放置していたため、極度の疲労から通勤車両の交通事故を起こし死亡した大学院生の遺族が損害賠償を求めた訴訟で、裁判所は大学病院側の安全配慮義務違反を認め、約2千万円の支払いを命じました。
被害者の院生は大学病院でほぼ24時間徹夜で勤務した後、そのまま別の派遣先病院へ乗用車で出勤中、居眠り運転でトラックと衝突、死亡しました。
裁判所は「大学は院生が極度の疲労などから事故を起こしかねないことが十分予測可能だったのに、漫然と放置した」と安全配慮義務違反を認めました。
(鳥取地裁 平成21年10月16日判決)
このように、安全配慮義務違反とは、過労に陥っていることに気づきながら放置して事故が発生したり、危険が生じる業務でありながら安全教育を実施しなかった場合などが当てはまります。
フォークリフトやクレーンなど、危険を伴う機械の作業などには、現場における特殊な安全教育が義務づけられていますが、現場で実際の業務に役立つ安全教育をきちんと実施しているでしょうか(労働安全衛生法第60条の2)。
安全指導などが形骸化していて、事故防止措置や安全確認などが実際には行われていない職場実態があり、それを放置していた場合なども、現場での労働災害の発生について「安全配慮義務」違反が認められることがあります。
●フォークリフトの衝突事故で賠償命令
ヘルメットをかぶらずフォークリフトに乗った運転者が首を出して前を見ながらバック走行中、後方の柱とリフトのガードに頭を挟まれ、重傷を負いました。
雇用していた事業所ではヘルメットを与え着用を指示していましたが、この事故の民事訴訟で裁判所は事業所の安全配慮義務違反を認定し、運転者への損害賠償の支払いを命じました。
安全配慮義務違反を認めた理由は、事業所の作業現場ではヘルメット不着用が常態化していて、現場の指導監督も十分とは言えず、「会社側は危険な作業を黙認していた」と認定されたためです。
(東京高裁 平成11年10月20日判決)
また、健康診断などで基礎疾患等健康障害があることがわかっている運転者に対して、またはその可能性のある運転者に対しては、健康配慮義務もあります。
まず、健康診断結果に基づき、所見のある運転者の健康を保持するための必要な措置について、医師や歯科医師の意見を聴取しなければなりません(労働安全衛生法66条の4)。
医師の意見に基づく具体的な措置としては、運転者の症状に応じて勤務軽減(夜勤運転や残業の中止、運転など労働時間の短縮、労働量の削減等)、作業の転換、就業場所の変更など健康保持のための適切な措置を講じなければなりません(労働安全衛生法第66条の5)。
このような措置を怠り、運転者が運転中に意識を失うなどの事故を起こした場合、運転者に対する損害賠償義務が生じることがあるのです。
腰痛は一般の事務職などでも発生しますが、特に、運転中に長時間振動を受け、重たい荷物を持ち上げたりする運転者などは腰痛になりやすく、労災認定を受けるケースもあります。
事業者が講ずべき措置として「重量の制限」「安全な姿勢で作業する環境の整備」などが求められます。
厚生労働省の重量物制限によると、腰痛予防のため、体重の40%以上の重さの荷物を持つことは「重すぎる」として禁止するよう指導しています。
さらに、女性の場合は男性の60%としていますので
●体重60kgの男性の場合は24kg、
●体重60kgの女性の場合は15kg となります。
作業姿勢が悪いために腰痛を発生することも少なくないので、重量物取扱い作業等に常時従事する人に対しては、「腰痛予防のための労働衛生教育」を実施することも求められています(職場における腰痛予防対策指針/厚生労働省)。
事業を遂行するうえで、運転者は貴重な人材であり、その安全と健康を守ることが事業者の務めであることを再度認識しておきましょう。
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