平成20年5月26日午前0時42ごろ、A社の運転者が静岡県沼津市の国道1号バイパスを走行中に脳こうそくを発症し、赤信号で停止していた大型トラッ クに追突し、そのはずみで前方の大型トラックに玉突き追突しました。運転者は、事故後に病院に搬送されましたが死亡しました。
この事故で、追突されたトラックの積荷を所有・管理する会社が、追突した運転者に対して前方注視・停止義務違反と運転を控えるべき義務違反の過失、A社と労務管理者に対して労務管理上の過失を主張して、積荷の再調達価格等の損害賠償を求めました。
これに対して、裁判所は次のように述べて、追突した運転者とA社の労務管理上の過失を認めませんでした。
「ブレーキをかけないまま、後ろから追突したものであるが、追突する前に脳こうそくを発症させて、右不全麻痺となり、運転を制御できない状態となったものであって、事故発生時、自己の行為の責任を弁識する能力(責任能力)を欠いていたものと認められる」
「高血圧症、高脂血症等で要治療とされ、度々胸部圧迫感等の症状があり狭心症の疑いの診断もされたが、これらの基礎疾患があるからといって、直ち に心原性脳こうそくになるものではない、……また、脳こうそく等の既往歴や過去に意識障害、見当識障害、注意障害等に陥ったこともない」
「これらの諸事情に鑑みれば、自己が運転行為に及べば、脳こうそく等の脳血管疾患、心筋こうそく等の虚血性心疾患などによって運転不能な状態に陥るとの蓋然性を予見しえたとは認められない」
「したがって、運転を控えるべきであったのに、運転行為を及んだ過失があるとして、不法行為が成立するものとみることはできず、また自らの過失によって一時的に責任無能力の状態を招いたものとみることができないから、民法715条に基づく損害賠償責任を負わない」
「事故を起こした運転者の健康状態に対しては、健常の運転者よりも多くの注意が払われなければならなかったが、特別の配慮はしていなかった」
「しかし他方、脳血管疾患や虚血性心疾患の既往はなかったうえ、事故時までに健康、疲労、体調等の問題から運転行為に何らかの支障を来たしたこともない」
「定期健康診断を受け、通院していた医院からも、本人ないし労務管理者に対して、運転を控えるべきとか、時間・回数等を減らすべきなどといった意見を述べられたこともない」
「これらの諸事情を総合考慮すれば、労務管理者が事故を起こした運転者の健康状態を積極的に把握できなかったことが著しく不相当であるものとは認めがたい」
「そして、健康診断個人表に記載されている程度の高血圧症等の症状や(仮眠等はある程度取れていた、運転時間は改善基準告示を下回っていたなど)当時の就労状況の認識だけでは、運転中に突如運転不能になるという事態までは、予見することができなかった」
「したがって、労務管理者には不法行為が成立せず、これを前提とする会社の使用者責任は認められない」
(名古屋地裁 平成23年12月8日判決)