上記のとおり、実際に事故が生じた時には、実務上会社が責任を免れることは、非常に難しい場合が多いといえます。しかし、会社が普段交通安全教育を行っていることは、使用者責任にいう「相当の注意をした」こと、及び運行供用者責任にいう「自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと」の一要素であるといえ、十分条件ではないものの必要条件といえます。
すなわち、交通安全教育の実施をしていたからといって、会社が必ず責任を免れるというわけではないものの、実施をしていなければ会社が責任を免れる余地はほぼないといっても良いのです。
また、そもそも交通安全教育の一番の主眼は、まずは従業員が事故を起こさないようにすることです。当然ですが事故を未然に防ぐことができれば、会社の責任が生じる余地もありません。通常、業務において頻繁に事故があるような会社はなく、事故がない状態を当然と認識し、教育を軽視することもあるかもしれませんが、日々の業務の遂行において、常に安全に配慮することが、交通安全教育の実施の最も大きな効果でしょう。
また実際、交通安全教育の実施の有無によって、事故の発生や被害の程度等についての結果が異なることは十分に考えられますし、その結果、会社に予定外の負担がかかることを回避することができます。
さらに、民法715条3項は、会社が従業員に対する求償を求める場合を規定しています。ここでいう求償とは、会社が事故を起こした従業員に対し、被害者に賠償した損害を求めるものですが、判例では、信義則上一定程度の求償が認められています。
実際には、必ずしも従業員に求償することはない場合も多いですが、明らかに従業員に落ち度があるような場合もあります。その場合、求償できる割合の検討にあたっては、会社の普段の従業員に対する指示や教育内容も考慮され、どのような指示や教育を行っていたか否か、行っていたにもかかわらず従業員がそれに反したかどうか、などの事情の検討において、交通安全教育の内容や頻度も相当程度考慮されることになります。
以上のように、実際の交通安全教育の効果は、必ずしも目に見える形で現れることは少ないといえるかもしれません。
しかし、設問にある「上層部」の意見は、実はその会社が、交通安全教育を行っていたからこそ、軽微な事故が数件発生する程度で済んでいるのではないかという視点がありません。また、事故が起きた場合に、交通安全教育の有無が、会社の責任の認められ方や、従業員への求償割合に影響を与えるといった点を考慮していないと言えるでしょう。
(執筆 弁護士 清水伸賢)