先日、弊社の従業員が夜間に走行中、路上に寝ている人に衝突しそうになりました。危うく避けることができたのですが、もし衝突していたらと思うとゾッとします。もし、こういった泥酔者を轢いてしまった場合、刑事責任などは発生するのでしょうか?
交通事故の被害者となる人の中には、お酒を飲んで酔ったあげく、交通法規を無視してしまい、その結果事故に遭ってしまう人がいます。しかし、このように被害者の落ち度が大きいといえるような場合であっても、運転者に交通違反や義務違反等がある以上、原則として運転者に事故の責任が認められます。
運転者の責任自体を認めた上で、被害者の状況や態様については、刑事事件では運転者にとって有利な情状として考慮されることになり、また民事事件では、過失相殺として損害賠償の金額を減額することになります。
しかし、予想もできないような形で人が飛び出してきたり、被害者が、交通ルールをあえて違反して事故が生じたりしたような事故の場合、そもそも運転者の責任自体を問うことが酷ではないかといえるような場合があります。
このような場合には、いわゆる「信頼の原則」によって、運転者に責任を負わせないようにできないかを検討することになります。
信頼の原則とは、「行為者がある行為をするにあたり、被害者あるいは第三者が適切な行動をすることを信頼することが相当な場合には、その被害者あるいは第三者の不適切な行動によって結果が発生したとしても、行為者は責任を負わない」原則などとされます。
この原則は、元々はドイツの刑事交通事犯判例の中の理論でしたが、日本にも取り入れられ、昭和40年代に最高裁判所も同原理を採用したとされています。
同原則は、必ずしも交通事故に限って適用されるものではありませんが、交通事故でいえば、当然客観的に被害者が交通ルールを守るべき状況であり、被害者自身にもそれが期待できる状況であったにもかかわらず、被害者が急に飛び出したり、無理矢理車線変更したりするなどの行為をしたことによって事故が生じた場合、運転者は責任を負わないとされることになります。
信頼の原則が適用されるとする法律的な根拠については、種々議論がありますが、結論として運転者の責任を免れさせるものという点は一致しているようです。
ただ、実際に被害が生じているところを、被害者側の事情によって責任を免れさせるものであるため、「被害者に求められる期待の程度」によって、認められる場合も異なってきます。そもそも適切な行動が期待できない状況にある被害者にまでこの原則を認めてしまうと、逆に被害者にとって酷な結果となるためです。
そのため交通事故の場合、車と交通弱者である歩行者との間の事故の場合より、車同士の事故の方が、被害車両にも交通法規を守る義務等があるため、信頼の原則が認められやすくなるといえます。
また、被害者が心身に特に問題のない一般の成人の場合と、酩酊者や病人、老人、幼児などであった場合では、前者より後者の方が「被害者に求められる期待の程度」が低いといえるため、この原則は認められにくくなるといえるでしょう。