最近、事業用自動車運転者における健康起因事故の防止が課題となっていますが、京都府トラック協会では、このたびドライバーの健康問題に的を絞ったセミナーを行いました。その内容を紹介します。
同協会では平成27年2月9日14時より京都パルスプラザ(京都市伏見区)において、会員事業者向けの「法令遵守セミナー(第8回)」を開催しました。
当日は、同協会に所属するトラック運送事業経営者および管理者を中心に約110名が参加しました。プログラムは以下のとおりです。
時間 | 講演テーマ・講師 |
14:00~14:05 |
・開会挨拶──今井 茂雄/京都府トラック協会 副会長
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14:05~14:10 |
・来賓挨拶 前田 瑞恵/京都労働局労働基準部・健康安全課 課長
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14:10~14:30 |
・京都府における危険ドラッグ対策について 原田 克也/京都府健康福祉部・薬務課 課長
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14:30~16:00 |
垰田 和史/滋賀医科大学社会医学講座衛生部門 准教授
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日時:平成27年2月9日 会場:京都パスルプラザ 5階ホール |
冒頭、まず同協会の今井茂雄副会長が開会の挨拶を行いました。
今井 大手荷主企業を中心に、景気は緩やかな回復基調にみられますが、私たちトラック運送業界としましては、コンプライアンスを守るなかでドライバー不足・諸経費の高騰など極めて厳しい経営環境下にあるものと認識しています。
また昨年は、京都における労災死亡事故が多発し労働局からも厳しい指導を受けています。
こうした状況にあって、本日のセミナーは「危険ドラッグとドライバーの健康管理と安全運転」をテーマとしております。労働災害防止の意味合いも含め、陸災防京都府支部と共催で本セミナーを企画いたしました。
次いで、京都労働局の前田瑞恵健康安全課長が来賓挨拶を行いました。
前田 京都府下では陸上貨物運送事業の労働災害が1割以上増加し全産業に占める割合が11%に上っています。死亡災害は昨年5件発生し、この10年間でもっとも多発しています。
その様な状況を踏まえ昨年11月25日に陸災防京都府支部に対しては災害防止の警報を発令した次第です。
末端の事業所までご周知いただき労働災害防止に努めていただきたいと思います。
ドライバーの皆様の健康あっての安全運転・事故防止だと思っておりますので、どうかよろしくお願い申し上げます。
京都府健康福祉部薬務課の原田克也課長は、危険ドラッグの実態と京都府における対策について講演しました。
原田 皆さんもご承知の通り、最近、店舗やインターネット上で、「脱法ドラッグ」「合法ハーブ」「お香」「アロマ」等と称して危険ドラッグが販売され、あたかも安全であるかのように販売されているもの、その実態は大変危険です。
従来、ドラッグには、覚せい剤など興奮・覚醒作用(アッパー系)と大麻など鎮静・幻覚作用(ダウナー系)がありましたが、危険ドラッグが恐ろしいのは、この両方の成分を配合しているものがあり、さらに、麻薬や覚醒剤より強い極めて高い依存性がある場合も見られます。
ドラッグを摂取することにより、意識障害、嘔吐、けいれん、呼吸困難等を伴い、運転中の大事故だけでなく、本人が死亡する事例も少なくありません。
アメリカで危険ドラッグにより錯乱した加害者に、被害者が顔を食いちぎられた事例もあります。
なお、運転者が危険ドラッグを所持するだけで、免許停止処分となるだけでなく、事故を起こす前でも過労運転等の禁止に該当し、逮捕される可能性があります。ドラッグを使用して交通事故を起こした場合はさらに重罪であることを運転者の皆さんにも周知してください。
京都府では、全国でも最も厳しい規制をしき、危険ドラッグの「疑いのある物」についても販売等の一時停止命令制度があります。運送事業に携わる皆さんにぜひお願いしたいことは、危険ドラッグが疑われると府が指定した店舗への荷物の配送、店舗からの荷物の発送を自粛するなど京都府の施策にご協力をいただくとともに、配送などで知り得た危険ドラッグ関連情報があれば、ぜひ関係機関への情報提供をお願いします。
続いて滋賀医科大学の垰田和史准教授が、トラックドライバーの健康管理の重要性について解説しました。
★高血圧や心臓疾患のリスクが高いトラックドライバー
垰田 私は、ドライバーを始めとした働く人の健康・安全や労働衛生について主に研究しています。
今日は、トラックドライバーの健康問題について皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
まず、統計的なデータから見てみますと、トラックやバスなど職業ドライバーは心疾患による死亡率が非常に高く、とくに高血圧性疾患による死亡率は、一般の事務職の労働者などと比べて6.4倍という高率であることがわかります。
これは我が国だけでなく、世界的に共通した傾向です。
これらを踏まえてトラックドライバーのリスク要因について考えてみますと、大きくわけて次の3つがあげられます。
一つ目は交通事故ですが、これは、明け方に重大事故が多いことが特徴的です。
二つ目は、先程の脳卒中・心疾患・高血圧などの脳・循環器疾患による死亡率が高く、肥満、糖尿病、痛風などが目立つ職種です。
過労死も多発する職種です。
三つ目は、慢性的な腰痛に悩む人が多いということが上げられます。
★運転中の体調不良の約半数は脳・心臓疾患
垰田 次に、滋賀医大法医学の一杉正仁先生が、運転中に体調不良で運転できなくなった方187人について、その原因疾患を調査したものをご紹介します。
これによると、一番多いのが脳梗塞などの脳血管障害で28.4%です。次が心筋梗塞などの心疾患23.2%、3番目はガクンと減って失神の8.5%、4番目が消化器疾患=腹痛、8.1%などとなっています。
普通の労働者でも業務中、これらの病気を発症することがあります。しかし、工場などであれば、周囲が気づいて病院に運び一命を取り留めるということが多いのですが、ドライバーの場合はなかなかそういうわけにはいきません。
運転中の体調不良が発症後に事故を防ぐことができたか、車種別の分析も行われています。調査結果によると、バスでは55%が事故を回避できていますが、タクシー、トラックでは2割以下と低い割合です。
このため、生存率もバスは90%と高いのですが、タクシーは40%台、トラックはさらに低く30%台です。
つまり、ハンドルを握っているとき脳障害などの体調不良がいったん起こってしまうと、同じ運送業のなかでもトラックでは、そのまま重大事故や死亡に結びつくリスクが非常に高いということがわかります。
★西欧のドライバーはレカロ・シートで腰痛を予防
垰田 次に腰痛についてですが、運送業は休業4日以上の腰痛発症の割合が非常に高く、現在も問題が継続しています。
貨物運送事業の場合は荷役があるので、腰痛が多いと思われがちですが、オペレーター業務だけのバス・タクシーでも腰痛の発生率は高いです。
これは、長時間、車の座席の上でエンジンや路面からの振動にさらされていることが関係しています。
ちなみに、ヨーロッパの職業ドライバーの場合は、腰痛予防としてお客さんが座るよりも格段に上等の特別の椅子を支給されています。ドイツのメーカーで「レカロ」をご存知だと思いますが、レーシングカーのシートではなくて、ヨーロッパではトラック・バス・タクシーなど職業ドライバーの椅子メーカーとして有名で、振動吸収機能など腰痛予防の効果が高いと言われています。
ドイツではドライバーが腰痛になると労災保険でレカロの椅子が支給されるくらいですから、客席の椅子はボロボロの車でも、運転席だけはピカピカのレカロシートといった例をよく見ることができます。
★「休息・睡眠」を削ると動物なら死んでしまう
垰田 ドライバーの健康問題をとらえるときに大切な「健康バネ秤」という考え方があります。
労働などの負荷がかかり下に引っ張られていますが、支えとなるバネの揺れで、また翌日も元気に仕事ができるわけです。バネを支えてくれているのが3つあって、そのなかでも一番大切なのは「休息と睡眠」です。動物の場合、睡眠をしないと死んでしまいますが、人間は我慢をするので問題です。
あとの二つは「体力」「趣味・娯楽」ですね。
ドライバーが最近調子が落ちてきているなと感じたとき、仕事が増えすぎているのか、支えるバネが弱くなって調子が落ちているのか、のいずれかです。
実際には、トラックドライバーの健康問題が顕著に出てくるのは、「休息・睡眠」が非常に難しくてバネが弱っていることが多いのです。人間本来の定期的に寝るという身体のリズムを失っていると危険です。
★「緊張の連続」が強いストレスとなる
トラックドライバーの働き方の特性をみますと、運転において「緊張の持続」「姿勢の拘束(同じ姿勢をとり続けるという負担」「全身に強い振動が持続する」という強いストレスがかかっています。
これに、荷役労働が加わってきます。さらに、長時間の拘束時間と深夜の運転があるので、非常に身体に負担を強いているかがわかります。
このため、過労死が非常に多い業種となっています。