近年、自動ブレーキやレーンキープアシスト機能など、運転を支援する装置が付属した自動車が増えており、自動運転すら可能になってきているようです。ではこのような安全運転支援装置に不良があり、交通事故が発生してしまった場合、その事故の責任は誰が負うのでしょうか。
道路交通法70条は運転者に安全運転の義務を規定しており、「車両等の運転者は、当該車両等のハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作し、かつ、道路、交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない。」としています。
運転している自動車に安全運転支援装置が備わっていたとしても、運転者は同法同条の義務が免れるものではありませんので、運転者には安全運転の義務があります。
また、交通事故における運転者と被害者との間の民事上の不法行為責任、運行供用者責任という損害賠償責任の判断では、まず運転者に過失があったかどうかを検討することになりますが、現在の技術では、安全運転支援装置付きの自動車の場合でも、運転者が全面的に装置に頼った運転行為が可能となっているような事情はありません。
安全運転支援装置付きの自動車を販売しているメーカーも、使用にあたり、道路状況や天候状況等によって、使用できない場合があることを断ったり、運転者の判断で安全運転することを前提としていたりしていることが一般です。
そのため運転者としては、たとえ装置に不良等が存したとしても、事故発生の結果を予見せず、あるいは回避措置を採ることをせず事故を起こした場合には、被害者との関係では、原則として運転者が損害賠償責任を負うことになります。
例えば、自動ブレーキの不良で、ブレーキが効かずに前方の車両に追突したような場合、運転者が自動ブレーキに任せきりにしていたのであれば、現状の技術であれば、運転者に過失が存するといえるでしょう。
現状の自動ブレーキが道路状況や天候等に全く左右されず、どのような状況でも必ず効くとはいえない以上、運転者としては、前方の自動車との車間距離が縮まってくれば、自動ブレーキが効かないこともあることを予測し、自らブレーキを踏んで停止して事故を回避しなければなりません。
そのような場合に運転者が何らの措置を採らず、事故が発生したからといって、メーカーに事故の責任を問うことは基本的には困難といえるでしょう。
以上のように、運転者が装置の使用方法を誤ったり、整備を怠っていた場合には、メーカーの責任を問うこと難しく、また現状の安全運転支援装置では、道路条件や天候等によって装置が働かない場合があるという前提ですので、一定条件下で装置が作動しなかったことだけをもってメーカーの責任を問うことは困難な場合が多いといえます。
しかし安全運転支援装置の不良によって、メーカーが責任を問われる可能性が一切ないというわけではありません。
メーカーが製造した安全運転支援装置に欠陥があり、その欠陥によって生命・身体・財産に損害が生じた場合には、製造物責任法により、メーカーがいわゆる製造物責任を負い、直接損害賠償請求を受けることが考えられます。
製造物責任とは、製造物の欠陥により人の生命、身体又は財産に係る被害が生じた場合に認められる、製造業者等の損害賠償責任です。
ここにいう「欠陥」とは、当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいいますので、具体的にその安全運転支援装置が通常有すべき安全性を欠いているといえるような事情があり、それが原因で損害が発生した場合には、損害賠償責任を負うことになります。
上記の自動ブレーキの不良の例でいえば、自動ブレーキが効かなかったというだけでは、現状の技術からすれば、通常有すべき安全性を欠いているとまではいえない場合が多いと考えられますが、それを超えて、ブレーキシステム自体に不良が生じ、運転者がブレーキを踏んでも止まることができずに追突したような場合には、メーカーの製造物責任を問うことが考えられるでしょう。
以上のように、あくまでも安全運転支援装置は運転者の運転を補助するもので、運転行為自体は運転者の判断で行われるといえるのであり、現状の技術に基づく安全運転支援装置の不良があったとしても、運転者に過失が認められる交通事故によって生じた損害について直ちにメーカーの責任が認められることは困難です。
そのためやはり運転者としては、装置を過信せず、基本的な安全確認や対応は運転者自身で行わなければなりません。
ただ今後、さらに自動車の機能や、あるいはインフラ協調型のシステムの技術開発が進み、自動運転が当然となって運転者が機械やシステムに任せる範囲が大きくなってくると、運転者の過失が認められる範囲が狭まり、メーカーの責任が大きくなることは十分考えられます。
その場合、運転者の義務はどのようなものか、当該装置が「通常有すべき安全性」はどのようなものかという、いわばどこまで装置を信頼してよいかという点は議論となると思われます。
またさらに技術が進み、全てを機械や人工知能等に任せて運転者はただ乗るだけで、運転行為を行わないような場合には、運転免許制度自体や、自動車の運転者の安全運転義務の内容も変わるかもしれません。
そしていずれは上記の自動ブレーキの不良で事故が起きたような場合に,装置に任せていても運転者には過失が認められず、メーカーの責任となるという判断がなされる場合があるかもしれません。
ただし、それでも運転者がコントロールできる範囲がある以上、危険予測や結果回避についての義務は存すると思われますし、より高度な整備義務が課される可能性もあります。
いずれにせよ、運転者は、装置等を過信することなく、危険予測を怠らずに安全運転を心がけなくてはなりません。
(執筆 清水伸賢弁護士)