垰田 和史
滋賀医科大学社会医学講座 衛生部門 准教授
まず講演1として、滋賀医科大学の垰田和史准教授が、バスドライバーの健康管理の重要性について、医学的な観点から具体例をあげて解説しました。
垰田 私は、呼吸器内科における臨床医師の仕事を経て、大学の労働衛生研究分野のなかで、仕事と健康に関する教育・研究を30年近く続けてきました。
研究の課程では、プロドライバーの健康管理に関する実地調査などをする機会もあり、運輸関係で働いている方々の健康問題は一般企業の労働者とは違って、責任や社会的影響が非常に大きいと考えてきました。
皆様が日常的に会社で運行管理をしながら、従業員のドライバーの方々の健康管理を通じて安全な運輸業務を担当されているということを前提に、研究の成果などをご紹介しながら、医師としての意見を述べさせていただきたいと思います。
垰田 まず、厚生労働省の統計を紹介します。人口10万人当たりの心臓疾患で亡くなる方の率をみると、事務職の人は40人ぐらいで済みますが運輸業では120人ぐらいになります。
この3倍の差が、運輸関係で働いている方々が心臓疾患で命を落とすリスクの大きさを表しています。同じように太っていて、心筋梗塞や狭心症、糖尿病などの疾病があるとしても、どの仕事につくかで死亡するリスクが違うということです。
★警察や自衛隊に比べて極めて危険
さらに高血圧性疾患になるともっと差が出てきて最大で6.4倍です。
死亡率が一番少ないのは警察とか自衛隊などの「保安関係」です。保安関係の職業に比べると運輸・通信業は6.4倍で、最も高血圧性疾患で亡くなるリスクが高い。ここが、今日お話しする「ドライバーの健康管理」をする重要性、リスク管理の重要性の1つの根拠となっています。
しかし上手に管理をすれば、この6.4倍を一般の働いている人並みに減らしていくことができるということです。
★体温が下がり最も身体機能が落ちる時間帯
では、高い職業上の死亡リスクを抱えたドライバーの皆さんに、実際にはどんな健康上の問題が起こっているのかを見ていきましょう。
1番目にまず事故ですが、統計的に見て未明から明け方に重大事故が起こっています。
我々人間は、本来は昼間活動する動物ですから、昼間体温が高くなって、判断力・行動力が上がってきます。一方夜中の2時~3時というのは、最も身体機能が落ちて体温も下がり判断力も落ちてきます。単に眠くなるというレベルだけではなくて、行動能力そのものが落ちてしまうのです。
ですから、夜中はどこか安全な場所で体を休めるのが昼間活動する動物の基本的な姿ですが、人間は仕事の関係で真夜中や明け方にいろいろな仕事をしなければならなくなっています。
なおかつ、能力が一番落ちる時期に危険な状況にさらされる、あるいは高度な判断とかとっさの判断をしなければならないような場面に遭遇してくると、やっぱり事故が起こってしまう。
リスク管理上から見て、最も困難な状況になっているのです。
2番目に、職業ドライバーの方は、先ほど述べたように脳卒中とか心臓病、高血圧などの脳・循環器疾患の割合が高く、これに関連して過労死の発生が目立っています。
労働災害として過労死への救済を求める申請も、平成26年の厚生労働省統計でみると、業種・職業別では運転労働者が168件で一番多いのです。実際に過労死認定された事例も運輸関係が92件で一番多くなっています。
3番目に、腰痛が目立ちます。これは世界的傾向ですが、自動車ドライバーは腰痛リスクが非常に高いのです。
トラックドライバーの場合は、重量物を取り扱う関係もあって腰痛が発生しやすいとよく説明されていますが、タクシーやバスのドライバーも、通常は運転をしているだけですが他の職種に比べて腰痛の発生リスク、有訴率が高くなっています。
これは、運転席でずっと同じ姿勢をとり続けているということ、それから特に車体から伝わってくる振動に常にさらされることで腰痛が起こっています。
そこで西欧、特にドイツなどでは、職業運転者が腰痛になりましたら、「レカロ」など高級シートメーカーが製造している特別な防振機能のついた椅子が労災保険で給付されます。
そのぐらいヨーロッパなどでは職業ドライバーの腰痛対策が大きな課題になっています。
★ドライバーの椅子なども快適な環境を支える
日本だとお客さんの椅子が一番よくて、ドライバーの椅子はさほど上等ということもないと思うのですが、ヨーロッパなどに行ってバスに乗ると、客用の椅子は案外プラスチックみたいなお尻が痛い椅子であっても、ドライバーの椅子は非常に立派で、吸振装置付きのシートに座っていることに気がつきます。
ドライバーの皆さんが働き続けるためには、このように快適に運転できる環境というのはすごく大事なことだと思っています。身体的な負担が少ないということで安全な運転に集中できますし、判断力が上がってきます。
運転者の働き方の特性を今いちど整理しますと、運転は非常に緊張を持続させなければいけない業務なので、精神的な疲労などの影響で循環器、心臓等に対する負担が非常に強くなります。
姿勢の拘束や振動による腰痛の発生だけでなく、長時間の拘束が過労死の原因になっています。
深夜運転なども多く、何時に起きて何時に寝て、何時に御飯を食べてなどのリズムが仕事に規定されてしまいます。
非常に変則的な働き方に対して身体を適応させていかなければいけない、とても厳しい負担があります。
ですから、もう腰も痛いし、体もしんどいし、なおかつ夜中に運転しているというのは、リスクが幾つも上乗せされていくことになるのだと思います。
さて、ここで健康管理の基本的な考え方を「健康バネ」という図でご説明します。
労働の負担と労働外の負担があり、私たちの身体は、体力、睡眠、それから趣味・娯楽、主にこの3つが基本になって、負担に対して支えられ、疲労からの回復のバランスがとられています。
朝起きたときは元気ですが、夜寝る前になると疲れてくるので、このバネが下に下がってきます。オモリ(仕事の負荷)が重過ぎると、同じ体力であって、同じ睡眠時間をとっていて、同じように気分転換をしていても、バネは下に下がります。
逆に、仕事そのものは全然変わらないんだけども、体力が弱くなっているとか、睡眠時間が短くなっているとか、それから十分気分転換するような、ストレスを解消するような行為が行われていないと、精神的な健康とか全体の健康のバランスが崩れます。
健康管理をされている皆さんも、この考え方で従業員の健康状態を判断していただきたいのです。「最近あいつは疲れているな」と感じた時、仕事がきつ過ぎるのか、それとも体力が弱っているのか、睡眠時間がとれてないのか、あるいは休日等が何か違うことでつぶれていて十分休めてないのか、ここのところでバランスをとっていくことになります。
私自身、産業医として幾つかの事業所で仕事をしていますが、従業員の話を聞くときにも、仕事の変化がないのに最近少し健康状態が落ちているとか、周りから見て気になるのでちょっと面談してくれませんかというとき、やはりこういう観点で聞いてみます。
例えば上司は仕事を増やしていない、負担は全然変化はないと言うけれど実は違うということがあります。よく聞いてみると、派遣社員が増えて今まで正規職員2人に派遣5人でやっていたところを正規が異動になり、自分だけ正規職員であとは派遣の非常勤ばかりになっている。
相方の様子が変わっているため責任の重さが増して、仕事の後始末などの負担がずっと続いているという話なので、同じように見えても仕事の負担はすごく増えています。上司の人に、実は負担が増えていますよという話をして、調整をしてもらうという形になります。
反対に、例えば女性の場合で、子どもの受験が近づいてきて、夜食をつくらなければいけないから寝る時間が削られ睡眠時間が短くなって疲れているとか、親の介護が必要になって月に2回ぐらい遠距離を行くようになり休みがとれなくなっている、というような仕事外の負担が増えている例もあります。
これでは回復バネ力が落ちて、同じ仕事を同じようにさせていたらどこかで破綻してしまうことになりますから、会社側が少し配慮してあげて下さいと話をしていきます。
これが基本的な考え方で、ドライバーの健康管理もそこが大きなポイントになると思います。特にこの睡眠の問題は後でも触れますが、ドライバーにとって非常に大きいと思います。
これは、滋賀医科大学の法医学の一杉先生が調査されたデータで「運転中に体調不良で運転できなくなった」187人の内訳です。一番多いのは脳血管障害で、その次が心疾患、3番目は失神の8.5%です。
失神とは何らかの理由で一過性に意識がなくなるような状態です。
次が消化器疾患、腹痛や下痢などでトイレに行きたいが運転中で我慢しているうちに冷や汗が出る状態になって、最後には意識がなくなるというようなことも起こります。
同じ調査で、乗務開始後どのぐらいの時間で体調不良が起こったかをみると、バスドライバーは3時間ぐらいで起こっていますが、タクシー・ハイヤーやトラックはもっと長くなっています。
これは、体調不良が現れても、タクシーやトラックはある程度自分のペースで運転したり、少し休んでトイレなどに行ったりできますが、バスの場合、路線バス・長距離バスにしても、簡単に自分で途中でバスをとめてトイレ休憩というわけにいかないので、逆に早い段階で具合の悪さが顕在化してくるのだと思います。
早めに対応の取れるバス事業者の生存率は高い
ただし、体調不良出現後の生存率は、早く具合が悪くなり早く対処するので、バスは生存率90%です。一方、タクシー・ハイヤーは我慢して何とかごまかし乗務するので、その結果生存率は50%に落ちます。具合が悪ければ早く対処したほうが命にはかかわらないで済むということになります。
体調不良出現後の事故回避率も、バスは回避率は高くてタクシーやトラックは回避率が低いのが特徴です。
乗客や添乗員が具合の悪くなったことに気づいたり、路線バスのように早目に対応をとれる体制をとっているところも多く、その後も事故を回避できているわけです。
怖いのは我慢して乗客を巻き込む事態
怖いのは、このバスとタクシーを組み合わせたような状態です。
バスなんだけど、具合が悪くなったときに、路線バスのように言えなくて対応できなくて、タクシー並みに我慢に我慢を重ねて、もう最後意識がなくなるまで運転しているといったときには、生存率50%になります。
バスのドライバーが生存率50%の状態になるということは、後ろにたくさんの乗客が乗っていますから、重大事故の発生につながってしまうということになります。
実際に、ドライバーが運転しているときに血圧や心拍数がどう変化するのかを、北海道の長距離トラックドライバーの方々に協力を得て、我々の研究室で調査したことがあります。
11月の調査でしたが、雪が降り出し、まだ冬タイヤになっていませんので、トラックの下に潜ってこうやってチェーンを巻いておられます。大変な仕事です。
荷物も手積みされていたので、これも重労働ですが、そうやって北海道の中を3日も4日も連続運行する運転者さんのデータをとりました。
調査でわかったことの一つは、血圧や心拍数の大きな変化です。
気持ちよく運転しているとき、心拍数は60ぐらいで安定してますが、交差点でヒヤリ事故があって対向車が車線をはみ出してきたので、他車が急ハンドルをちょっと切ったのを見た後、不整脈がどんと出て心拍数は140ぐらいまで上がる例がありました。
これは、もう全力疾走したような心拍状態ですが、それがヒヤリ・ハット事故を体験した後数10分も続くのです。それまで出ていなかった不整脈もボンボン出るようになってしまいます。
また、血圧が休日に148ぐらいで、高血圧すれすれぐらいの人でも運転中は162を超えて優に高血圧という人がいました。
休日は血圧が140以下で問題ない人で、運転していると血圧が190まで上がってしまうという人がいることもわかりました。こういう高血圧状態のときには、脳血管障害、クモ膜下出血とか脳梗塞が一過性に起きてしまうリスクが非常に高くなります。
健診のとき血圧を測って大丈夫という人でも、運転中にこれだけ高血圧になり、心拍数もどんと増えるような非常に高い負荷が、職業ドライバーにかかっているということがわかります。
普通の会社勤めの人だったらこの血圧は放置しますけど、運転者ならば要注意になるという方がおられるということがわかりました。
また、タクシーのドライバー対象に実施した調査でも、食事や仮眠のときには血圧が下がっていて、運転するときだけやはり血圧が上がるという例があります。さらに、ほかは出ないのに運転中だけ不整脈が出てくる。
不整脈のタイプによっては、それが原因で脳梗塞を起こしてしまうとか、心臓機能が低下して意識をなくしてしまう発作も起きかねないのです。
運転中だけ不整脈が出ているケースはなかなか健診ではつかまりにくいのですが、本人は運転しているときに何か胸苦しいとか、変な動悸がするんだ、ということは言われます。
そういった自覚症状がある場合は、ぜひ循環器の先生に診てもらったほうがいいとアドバイスしています。
ドライバーさんには肥満や糖尿病、メタボ関係の人が多いのですが、なぜ多くなるかというと、ずっと椅子に座っていますから、あまりエネルギーを消費しないんですね。
ただし、頭で運転しながら、周りを見ていろいろな判断をしていきますから、脳は使います。
脳を使うと、糖分が脳のエネルギーになりますから、一定の空腹感は出てきます。
ところがしっかり決まった時間に食べることが難しいので、我慢をしてどこかでがっつり食べる、油物とかラーメンライス的なものをとって、一時的にすごくカロリーがオーバーになって、血糖値が上がりやすく、肥満や糖尿病が起きやすくなります。
さらに、最近、事務職の人はスポーツジムに行く人が増えていますが、勤務が不規則で長時間働く人はスポーツジムに行って定期的に自分をトレーニングするということがなかなかできにくく、運動習慣が非常に身につきにくいと言われています。
仲間と休みが合わないと、集団スポーツなどで運動習慣を維持することもできなくなります。
さらに、不規則勤務をしている人の危険性として薬がうまく服用できないことがあります。
例えば医者が高血圧のお薬を1日3回食後という風に出す場合は、1日普通に朝昼晩の御飯を食べて、そのときにお薬を飲んでもらうことが前提になっています。
24時間を通じて血液の中のお薬の濃度がずっと維持でき、その効果が持続するということです。
ところが、ドライバーの方が朝御飯を食べた後にお薬を飲み、その後ずっと運転していて次の食事は非常に遅くなるとしたら、飲む間隔が非常に長くなります。すると、血中の薬の濃度が医者が期待しているよりもうんと低くなって効かなくなってしまう。血圧が高くなる、そのときだけ不整脈が出やすい状態や血糖値が高い状態になるなど、いろんな変化が起こってきます。
種類によっては食後3回とは目安であって、何時間おきに飲んでもらいたいというお薬もありますので、どの時間帯で薬を飲む必要があるのか、主治医の先生と働き方等をきちっと相談した上で、別に食事しなくてもこの時になったら飲むなど、指示を受ける必要があります。
また、夜中にハンドルを握って一晩中走っていくような人について、医者が知らないと、夜の間は寝ているので血圧が上がらないことを前提に、血圧の薬は夜は必要がないと判断しているわけです。
しかし、実はその人が夜中に一番血圧が上がるような状況にさらされているので、高血圧のお薬を飲むとしたら、夜中にこそちゃんと飲んでおかないといけないわけです。
どういう運転の仕事の仕方をしているのか、この時間になったら飲んだほうがいいよという指示を受けることが必要な人がいるということです。
さきほど、脳・心疾患での過労死の多い業界だといいましたが、残業時間だけの問題ではなくて、睡眠時間が短くなることが問題です。
医学調査からもわかってきたことは、睡眠時間が6時間を切ると、鬱病が増えるだけでなく、心筋梗塞や脳出血などの重大疾病のリスクが増大します。これは世界中の調査で明らかです。
1か月に80時間を超えて残業している人は、1日6時間の睡眠が確保できていないので、その人が心筋梗塞を起こしたり、脳梗塞とか脳出血を起こしたら、それは過労死というふうに判断してもいいだろうというのが、過労死モデル「睡眠6時間」の考え方となっています。
仮眠を取るだけでも血圧などが下がることが研究で明らかになっています。仮眠で不整脈の出現も下がってくるので、そういうリスクのある人はどこかで交替要員を確保して交替で運転ができるような管理の仕方、工夫の仕方が必要になってきます。
少なくとも幾つかの法律で、事業主に対してドライバーの安全運転とか過労運転を禁止しているのですね。それだけ公共性の高い重大な仕事をしているからです。事業主には安全配慮義務があって、無過失責任の義務があるということを自覚していただきたいのです。
[講演の最後に、垰田准教授は、会場で資料として配布されたドライバー向けの小冊子「健康管理と安全運転」を示して、ドライバー自身が健康管理の必要性を理解するうえで役立ててほしいと強調しました]
垰田 私が監修させてもらっていますが、内容として、高血圧の既往のあるバスドライバーが三重県で突然死した事故の事例や、花粉症薬には副作用があるので、薬局で確認することを教える事例、健康診断の結果を放置しないなどの事例がマンガで表現されています。
たとえば、定期健康診断で不整脈が出て精密検査の指示があった場合、一般の事業所だったら従業員のために保健指導をして、それ以上突き詰めて追及はしないのですが、運転者を雇用している皆さんの場合は違います。
それを放置しておくと、従業員自身のためにならないだけではなくて、リスクの高い運転者がハンドルを握ることを放置することになる可能性があるので、すごく大事な情報だということです。
忙しいからといって精密検査を先送りにして、会社都合で運転させて、もし事故が起きたときには、健診で不整脈とわかっていたのに「会社が精査を受ける指示をしなかった、受診保障をしなかった」という話になります。
やはり、何曜日のこの時間に勤務を離れてよいから、医者に行ってきなさいという1つの業務命令に近い形で「精密検査を受けてこの問題についてクリアして」「専門医に相談してきなさい」という指示が必要な状況、場面があるということです。
冊子の中にはチェックリストもあり、ドライバーがご自分でチェックしていただくようになっています。
「長時間運転が多くて、決められた時間に薬が飲めなくて困る」といった問題点を自分でチェックして、主治医などに相談してみなければいけない、といったことに気づくことができます。
最後に、皆さんにお聞きしたいのですが、事業所では産業医を選任しておられますか?(ほとんど全員が「はい」の答え)。
本日来られた事業所は一定の規模で、産業医を選任されているようですが、産業医の先生にうまく相談をして、こういうときはどうすべきかということはアドバイスしていただきたいと思います。
また、規模が小さく産業医を選任していない事業所や、産業医に聞いてもよくわからない場合は、地域に産業保健総合支援センターや地域医師会の運営する産業保健センターがありますから、そこに相談すれば支援する体制が整っています。
困ったときには、そうした医師などにぜひ相談して、従業員の安全を通じて安全な運行が進むことを願っております。
ドライバーの健康管理はバス会社の安全管理に直結します。ドライバー教育の場でもお互いに確認して、今後のリスク管理を進めていただきたいと思います。
ご静聴、ありがとうございました。