先日、弊社のドライバーが、昔流行したスポーツカーに追突してしまいました。スポーツカーの運転者は、「この車は愛着があって、エンジンや足回りにも高額の改造費を使っている。」として、スポーツカーの値段に比較すると高額の損害賠償を求めてきました。このような場合、スポーツカーの時価以上の金額を賠償する義務はあるのでしょうか?
民法709条は、不法行為を行ったものは、その損害を賠償する責任を負うと定めています。
また、同法710条は、「他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。」としており、財産以外の損害に対する賠償責任も認められています。
しかし、その「損害」とはどのようなものをいうか、あるいはどこまで認めるのか、という点については、法律の条文上で明確に定まっているわけではありません。また、損害賠償は金銭で支払うことが原則となりますので、財産以外の損害、例えば精神的損害に対する損害賠償(いわゆる慰謝料)などの場合に、その損害額の評価をどうすべきかについては、明確な定めがありません。
そのため、不法行為に基づく損害賠償責任が発生する場合に、具体的な損害の内容や損害額をどのように算定するかという点が争いになることは珍しくありません。
不法行為に基づく損害賠償責任における「損害」については、その不法行為がなかったとした場合の被害者の財産の状態と、不法行為があったことによる実際の財産の状態とを比べて、その間の差額が損害であるとする見解があります。また、発生した「事実」そのものを損害と考えるべきだという見解もあります。
いずれの見解にしても、具体的な事件において、具体的な損害額をどのように算定するかという点についての結論に大きな差がないことが多く、裁判例も、前者の考え方に近い立場に立ちつつ、後者の考え方を取り入れているような面があります。
質問のような物損の交通事故において、具体的に損害額が争いとなることがあるものとして、概ね以下のようなものが考えられます。
・自動車の修理費用か自動車の時価か
この点については、原則として修理が可能であれば修理費用相当額が損害であり、いわゆる全損であれば、事故前の時価相当額が損害です。ただし、修理は可能であるが、修理費用が事故前の時価相当額を上回るような場合には、事故前の時価相当額が損害とされることが多いといえます。
また、修理可能であった場合でも、評価損(事故車として価値が下がった金額)をどう評価するかについて争いになることがあります。
さらに、クラシックカーなどの場合、全損ではないがパーツがないために修理ができないような場合や、質問のように、高額の改造費をかけていた場合の評価額が問題になることもあります(改造費については後述します。)。
・その他の費用
修理や購入までの間の代車費用も損害といえますが、その代車を一般的な普通車とする場合と高級車とする場合で、その合計金額が大きく変わることもあり、争いになることがあります。
また、損害を負った自動車が営業に使用されていたりした場合は、その自動車が使用できなかったことによる損害も請求されることがあります。
・物損事故の場合の精神的損害(慰謝料)
物的損害については、原則としてその「物」が壊れたことによる持ち主の精神的損害の請求は認められません。
基本的には、物は代替できるものですし、また持ち主の物に対する愛着の程度などは、客観的に明らかではないことが多く、評価が困難であることが否めません。
なお、裁判例には、金額的にはそれほど多額ではありませんが、物損の対象が,例えばかわいがっていたペットであったり、墓石であったりした場合に慰謝料を認めたものがあり、また自宅の玄関が壊されたりしたために居住できなくなったり、その生活環境が大きく変わったような場合にも、数十万円程度の慰謝料が認められた事例はあります。
しかし、通常の物的損害に止まる限り、一般的には慰謝料までは認められないといえます。
このような不法行為における損害についての考え方からすると、質問の請求には、以下のとおり検討しなければならない点があります。
もし被害者が、昔のスポーツカーを長年乗っているという点から、精神的損害まで請求しているのであれば、これは物損に基づく慰謝料請求ですので、他に特別な事情が無い限り、原則として認められないことになります。ですからこの金額が上乗せされている場合には、質問者としては拒否すべき場合が多いでしょう。
まず、今まで当該自動車にかけた高額の改造費については、改造費そのものを請求できるわけではありません。
既に述べたように、基本的には損害としては、修理費用か自動車の時価額が検討されるところ、当該自動車に高額の費用をかけて改造したとしても、必ずしも自動車の修理費用が高額になったり、事故前の時価自体が上がったりするとは限らないからです。
洗車費用やメンテナンス費用など、自動車を保有するにあたっては必ずしも価値が残存するわけではない支出があり、それと同様に、事故までに自動車にかけていた費用であっても、事故前の時価や修理費用に影響がないものは原則として損害とされないと考えるべきでしょう。
ただし、その改造によって自動車の価値が上がり、その価値が事故前にも残存しており、時価額にも影響があるような場合には、価値を含めて時価を計算することもありえます。すなわち、改造を施さない同種の自動車に比べて、明らかに価値が上がっているといえるようなものなのであれば、その時価が損害とされる場合は考えられます。
そのため、質問のような場合、同種のスポーツカーと比べてその改造車の時価がどのようなものかを検討することになります。そして、修理可能で金額が時価より低額であれば、修理費用と評価損の問題を検討することになります。
修理不可能、あるいはさらに修理費用が高額になるような場合には、その請求額が適正な時価といえるのであれば、請求に応じなければいけない場合もありえるでしょう。
以上のように、質問のような場合には、いかにスポーツカーの運転者が自分の車に思い入れがあったとしても、原則として慰謝料請求は認められません。
また、高額な改造費をかけていたとしても、価値が残存していない限り、損害として賠償しなければいけない範囲は、修理費用、あるいはその当時の同スポーツカーの時価の範囲に止まるといえます。
執筆 清水伸賢弁護士)