私はルートセールスの会社の社長ですが、ある若手の従業員から「他の従業員にいじめられています」と相談がありました。具体的には、「話しかけても無視される」、「辛い仕事ばかり廻される」といった内容です。どこの会社でもよくある話とは思うのですが、会社としてこういった問題を放置していると、どういったリスクが考えられますか?
職場のいじめといっても、それぞれの勤務体制や業務内容、構成員などにより、その態様はさまざまです。
いじめの定義も、児童の場合には、いじめ防止対策推進法という法律がありますが、社会人の場合には、特に明文で規定されているものではありません。
不当解雇などの不当労働行為はもちろん、誹謗中傷や嫌がらせなど他人の人格を否定し、社会通念上許容される限度を超えた肉体的、精神的苦痛を与える行為がいじめであるといえ、パワーハラスメント、セクシュアルハラスメント、マタニティハラスメント、モラルハラスメントなど、その態様によって呼び名が変わることもあります。ただいずれにせよ、いじめは許されるべきものではありません。
職場のいじめに関する会社の責任は、具体的ないじめの態様や主体等によってかわってきますが、大きく「不法行為責任」と、「債務不履行責任」があります。
不法行為責任は、まず会社が良好な職場環境を整備・維持し、改善するなどの配慮を行う義務を怠っていじめが生じた場合や、会社自体が職務上従業員に対するいじめを行っているような場合、会社が責任を負う場合が考えられます。
また、職場のいじめの多くの場合は、会社の業務の執行において、従業員間でいじめがあるような場合(従業員である上司が部下をいじめているような場合)であると思われますが、その場合には直接いじめを行っている従業員自身が不法行為責任を負うとともに、会社は、民法715条の使用者責任を負うことになります。
債務不履行責任については、会社が良好な職場環境を整備・維持し、改善するなどの配慮をすることを、雇用契約に付随する義務、すなわち会社が行うべき債務として構成し、その債務に不履行があったとして責任を問うものです。
しかし実際にはいじめかどうかの判断は困難なことがありますし、本来業務に必要な注意や指導までいじめであるとされ、あるいは会社としては可能な限りの配慮を行っていたにも関わらず、いじめが起きてしまったような場合にまで、会社の責任を問うことは正当ではないといえます。
ただいずれにせよ会社としては、職場において、社会通念上許容される限度を超えた態様で他者の人格が否定されるような事態を防止し、いじめ等があったら速やかに解消するよう対応しなければなりません。
職場のいじめに関し、会社が行わなければならない行為は様々ですが、大きく分けると、事前のいじめの発生防止と、事後的ないじめが発生した、あるいは発生した疑いがあるような場合の適切な対応を、それぞれ定めておくことが必要であるといえます。
いじめの発生防止のために、会社として考えなければならないことは、労働条件や業務内容、勤務体制などにより、従業員の間で不当な差別や不適切な業務、配転等が生じていないかという点に留意する必要があります。
また、普段の業務において、従業員同士のコミュニケーションの方法や、職場の雰囲気等にも配慮をすべきです。
従業員に対しても、いじめなどがないように教育したり、健康診断等、一定の健康管理をして精神的な悩みがないかを早期に発見したりすることも考えられます。
さらにまた、職場のいじめ防止のために、具体的な規定を作成し、いじめを生じさせた場合の懲戒処分を定めておくことも有用といえます。
いじめが生じた、あるいはその疑いがあるような場合に備え、職場のいじめに関する相談や苦情等を受け付ける窓口を定め、その担当者や手続等を定めることが考えられます。
当然従業員のプライバシーに配慮し、また相談等をしたことで不利益に扱わないことも周知しておくべきです。
いじめの相談があったり、いじめが発生していると疑われたりするような場合には、会社として事実調査を行う必要があります。
必要な注意や指導なのか、他者の人格を害するようないじめなのかを適切に判断し、いじめであった場合には、当該行為を行っている者に対して指導し、また会社の体制等が原因の一端となっているような場合には、その改善も検討すべきでしょう。
また、同窓口の担当者が、同時に研修等の従業員の教育も担当することも考えられます。
実際にいじめが原因で損害賠償請求等が認められるかどうかは、具体的な事案によりますが、裁判でも会社におけるいじめが問題になった事例はあります。
例えば、従業員が置かれた会社内の立場に加え、上司の「新入社員以下」「馬鹿」というような具体的な言葉によってうつ病に罹患したという事案において裁判所は、「上司の言動は本件従業員に対する注意又は指導のための言動として許容される限度を超え相当性を欠くものである」とし、会社の使用者責任が認められた例があります。
質問においては、「話しかけても無視される」、「辛い仕事ばかり廻される」といった内容の訴えが、どこの会社でもよくある話だと考えているようですが、まず会社としてそのような意識をもっていること自体が妥当ではありません。
もちろん、事実調査をしてみると、訴えている従業員の行動に問題があったり、業務量等が他人と変わりがないのに、辛い仕事ばかり廻されると思い込んでいるだけだったりすることもあるかもしれません。
しかし、それならそれで、会社としては従業員に必要な指導をしたり、改めて業務について理解を得るよう、協議したりしなければならないでしょう。
会社は従業員に対してより良い職場環境を与えられるように配慮する義務が存するので、このような訴えが行われたのに放置し、特にそれが原因で同従業員が精神的疾患などを発症したような場合には、会社には損害賠償責任を認められるリスクがあります。
また、このような訴えへの対応が遅れると、職場の人間関係が悪化し、改善不可能な状態となることも考えられます。そのような職場環境では、当然業務の効率も低下するでしょうし、会社の外部的な評判が低下する可能性もあります。
このような事態にならないよう、会社としては、事前、そして事後的な対策を検討しておくべきです。
(執筆 清水伸賢弁護士)