平成28年8月2日、国土交通省は事業用自動車調査委員会の調査報告書を公表しました。
その中の一つは、昨年4月に熊本県南小国町で発生した貸切バスの路外逸脱事故の詳細な調査報告です。
報告は、わき見運転とハンドル操作ミスという「うっかり事故」の原因分析を行うとともに、背景要因として、貸切バスで現在問題になっているきめ細かな運転者指導や運行指示の不徹底、そして乗客がシートベルトを着用していなかった問題点などを指摘しています。
貸切バス事業者にとって参考になる内容となっていますので、その一部を紹介します。
【事故の概要】
平成27年4月22日午後2時ごろ、韓国からの観光客21名を乗せて熊本県の国道212号を走行していた貸切バス(本社・福岡県)の運転者(71歳)が、道路脇の観光地案内看板を注視(わき見)していて、ガードパイプと接近したため驚いて右にハンドルきり、今度は対向車が正面に見えたことから慌てて左にハンドルを切りすぎて、道路左側のガードパイプの支柱に衝突し路外に逸脱、樹木に衝突して停止しました。
この事故で、乗客がシートベルトを装着していなかったために、添乗員を含む乗客21名のうち、19名が負傷しました(そのうち3名が骨折などの重傷)。
【事故の背景要因】
事故の直接原因は、標識へのわき見ですが、背景要因として、以下の問題点が指摘されています。
・運行指示書にない突然の経路変更
運転者は、1日目に福岡市内のホテルを出発した直後に旅行会社の添乗員から、1日目と2日目の経路を大幅に変更するよう要望されています。
こうした経路変更は以前からよくあり、運行管理者に連絡しても現場で対応するよう指示されることがあったので、運転中でもあり、運転者は管理者に連絡することなく運行指示書と異なる経路の運行を承知しています。
貸切バス事業は旅行会社の立場が強く、経路変更も受け入れざるをえない面があるのかも知れませんが、運転者が長い時間標識にわき見した点には、こうした突然の経路変更が関係している可能性があります。
報告書では、「事業者が、運行指示書に従って運行することの重要性や、運行指示書と異なる経路を運行する場合は、運行管理者に報告し運行の安全を確保するための指示を受ける必要があることについて、運転者に対して指導教育を行っていなかったことも事故の背景にあると考えられる」と指摘されています。
・ハンドル操作のみで危険回避しようとした
運転者が、危険を感じたときブレーキを踏まず、ハンドルを右左に操作することだけで危険を回避しようとしたことが衝突を招きました。
報告書では、運転者への指導が適性診断(高齢適齢診断)に即した指導だけであり、それ以外の指導教育は実施していなかった点を指摘し、
「運転者に対し、わき見運転の危険性を十分に理解させるよう個別に指導するとともに、 危険予知訓練やヒヤリハット体験を活用し、ハンドルの操作のみで危険回避をせず危険を感じたら直ちにブレーキを操作し、停止することなどの実践的教育に積極的に取り組む必要がある」としています。
報告書はシートベルト非着用が乗客の被害を大きくした可能性があるとしています。
運転者は、出発のたびごとに乗客のシートベルトの装着状況を確認していませんでした。
また、バス会社の社長は旅行会社に対して、添乗員から韓国語で乗客にシートベルト着用案内をしてもらうように伝えていましたが、運転者は添乗員が着用案内をしたかどうか確認していませんでした。
そこで、報告書ではシートベルト着用率を上げる対策として次の点を指摘しています。
1 乗客のシートベルト装着案内、装着状況の確認
運転者や乗務員が出発のたびに着用を確認することはもちろん、とくにインバウンドなど外国人の乗客が多いバスでは、旅行添乗員による装着案内の有無を確認しておくことを繰り返し指導して、徹底します。
2 外国人乗客への着用案内を工夫する
また、乗客に対しシートベルトの装着を依頼する際、特に外国からの観光客に対しては、旅行会社の添乗員に委ねるだけでなく、乗客が理解できる言葉(複数の外国語表示)をモニター画面に表示したり、車室内の張り紙など視聴覚をもって案内ができるよう車内放送、掲示物などのツールを工夫し、普及するよう取り組む必要があります。
※国土交通省・警察庁作成の着用啓蒙リーフレットは、国土交通省WEBサイトから入手が可能です。
※事故事例は、国土交通省「事業用自動車事故調査委員会の調査報告書 No.1591202 」より引用しました。
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