昨年12月より一定規模以上の事業所には、従業員のストレスチェックが義務付けられましたが弊社は小規模なのでストレスチェックを行っていません。しかしながら、自殺のニュースなどを見ていると従業員のストレスの度合いが心配になると同時に、万が一、業務過多などが原因で自殺者等が自社から出た場合には、会社はどのような責任を負うのでしょうか?
いわゆるストレスチェック制度は、労働者に対し、心理的な負担の程度を確かめる検査と、その結果に応じた面接指導などの対応を行うものです。
これは、平成26年6月の労働安全衛生法の改正により、平成27年12月から従業員が50人以上の事業所に対して心理的な負担の程度を把握するための検査等が義務づけられることになったものです。
従業員にチェックを受ける義務はありませんが、会社が受けさせないように働きかけることはしてはなりません。
実際にストレスチェックの検査を実施するのは事業者ではなく、産業医などの外部の専門機関です。同機関が従業員に対して調査票によるストレスチェック検査を行い、従業員は自分自身のチェック結果を確認することになります。
そして、同調査で高ストレス状態にあると判断された従業員が希望する場合には、個別に医師による面接指導が受けられます。事業者は面接を希望した従業員などに対し、それを理由として不利益な扱いをしてはいけないと定められています。
事業者は、その義務として1年に1回、ストレスチェックを実施しなければなりません。検査結果は従業員本人にのみ通知され、本人の同意がなければ事業者に伝えられることはありません。
事業者は、従業員それぞれのチェック結果を確認するのではなく、ストレスチェックの実施者に同チェックの結果を集計・分析してもらい、その結果をふまえて職場環境の改善を行うことになります。
この集計・分析は、一定規模の集団(部、課、プロジェクトチーム等のグループ)ごとに行ってもらうことができます。それにより、例えば一部の部署に過剰にストレスがかかっていることを発見し、業務改善に繋げていくことになります。
ただし、同集団の規模が10人未満の場合には、個人が特定されるおそれがあるため、この場合の事業者は、同集団の全員の同意がない限り結果の提供を受けてはいけません。
労働契約法第5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」とし、会社が従業員の心身の健康面への配慮をすべき義務を負っていることを明らかにしています。同安全配慮義務には、メンタルヘルス対策も含まれると解されています。
会社がこの安全配慮義務を怠った場合には、不法行為責任(民法709条)や使用者責任(同715条)が問題となり、また労働(雇用)契約における会社の義務を怠ったものであるため、債務不履行責任(同415条)も問われることになります。
会社における従業員の心身の健康を確保するため、労働基準法、労働契約法、そして今回のストレスチェック制度を定めた労働安全衛生法等のような法律の定めがあり、また厚生労働省も種々の指針等を出しています。
「事業場における労働者の健康保持増進のための指針」、「労働者の心の健康の保持増進のための指針」、「健康診断結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針」などがあり、またストレスチェック制度を受けた「心理的な負担の程度を把握するための検査及び面接指導の実施並びに面接指導閣下に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針」も出されています。
会社は、法律の規定だけではなく、これらの指針の内容もふまえ、従業員のメンタルヘルスのケアを行っていくべきです。
なお、以上のような各種規定や指針等がありますが、実際に従業員に被害が出た場合、会社が従業員の心身の健康への配慮に関する法令や指針等を完全に実施していなかったことで、直ちに責任が問われるというわけではありません。
具体的な事件によっては、業務との因果関係が認められないような場合はありますし、法令や指針に沿うものではないが、具体的に会社が同従業員に対して行っていた対応には問題がないとされる場合も考えられなくはありません。また逆に、各種規定や指針を形式的に遵守していたとしても、被害が生じた以上は何が足りなかったのかを追及されることはあるでしょう。
しかし、実際に各種規定や指針を遵守することにより、被害の発生自体を抑制することは期待できますし、全く遵守していない会社は、きちんとこれらの遵守をしている会社に比べて重い責任が認められるといえます。会社としては、できる限りの対応をすべきです。
従業員が心身の健康を損なった事件において、実際に会社の責任を認めたものは多数あります(最高裁判所第二小法廷平成12年10月13日、同平成12年3月24日など)。
裁判例などによれば、たとえば使用者は「労働時間、休憩時間、休日、休憩場所等について適正な労働条件を確保し、さらに、健康診断を実施した上、労働者の年齢、健康状態等に応じて従事する作業時間及び内容の軽減、就労場所の変更等適切な措置を採るべき」、「使用者はその雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う」などとされています。
これらの裁判例の傾向からすれば、正当な理由なくストレスチェックを実施していない会社において、業務上のストレスによる自殺者が出たような場合には、会社の責任は認められやすくなるといえるでしょう。
精神障害による労災請求件数は年々増加しており、職場でのメンタルヘルス対策の強化の要請も強くなっています。会社が従業員の心身の状況を漫然と見過ごし、従業員の心身の健康に対する対策を採らないような状況で、従業員がストレスによる精神的疾患や、いわゆる過労死等となった場合には、会社への非難は避けられず、会社の責任も重くなるといえます。
会社としては、各種指針等を再度確認し、できる限り対応しておくことが求められます。
(執筆 清水伸賢弁護士)