弊社の従業員が、先日事故を起こし、怪我をした相手方とは示談をしたのですが、3ヶ月ほどしてから「後遺症で膝が曲がらない」などとして治療費を求める損害賠償請求を受けました。一度示談をしているのも関わらず、被害者に損害を賠償することはあるのでしょうか?
いわゆる示談とは、民事の紛争について裁判外で当事者間に成立した合意のことを指します。
程度の違いはありますが、示談はお互いの主張を譲り合った内容になることが多く、この場合は民法上の和解契約に当たることになります。
ただ、公序良俗に反しないような内容であれば、両当事者の合意によって、当事者の片方だけが一方的に義務等を負うような内容にすることも可能です。
このように、いわゆる示談は、民事上の紛争について、お互いの合意によって債権債務の内容を定め、その紛争を解決するというものです。
このように示談は、それによって紛争を解決するためのものですので、それぞれの請求のうち、示談の内容に含まれなかったものは、当事者それぞれが放棄したと解されます。
通常の示談書等には、同合意に定めるもの以外にはお互いに債権債務はないことを確認する条項が入ることが一般的です(清算条項といいます。)。
よって、示談が成立した後は、同示談による合意の内容以上に、債権者がさらに請求をすることはできませんし、また債務者がさらに支払を行う必要はないことになります。
ただ、一定の場合、示談成立後であっても、損害賠償請求が可能となる場合があります。
まず、示談の内容自体に、将来別の損害が発生した場合の損害賠償請求を可能とする内容の合意がされていれば、当事者の意思として、後に発生した損害については示談の内容に入れていないことが明らかですので、同損害についての賠償請求は可能です。
とくに交通事故による傷害などの場合、治療が長期に及ぶことがあり、将来後遺症が残り、後遺障害を認定されるかどうか不明な状態で、現状の損害について示談を行うことは、珍しくはありません。
そのような場合には、後遺障害による損害賠償請求については、発生後に別途請求する、あるいは別途協議するなどの文言を示談書に記載しておくことになり、後日、事故と因果関係が認められるような後遺障害等が明らかになった場合には、損害の賠償を請求することが可能です。
示談の内容に、上記のような後の損害に関する当事者の合意がないような場合には、当事者はその件についての紛争は同示談の内容で解決する意思であったと解されるため、示談成立後に別の損害について賠償請求することはできないといえます。
判例(最高裁判所昭和43年3月15日)も、「一般に、不法行為による損害賠償の示談において、被害者が一定額の支払を受けることで満足し、その余の賠償請求権を放棄したときは、被害者は、示談当時にそれ以上の損害が存在したとしても、あるいは、それ以上の損害が事後に生じたとしても、示談額を上回る損害については、事後に請求しえない趣旨と解するのが相当である。」として、示談成立後にさらに損害賠償請求はできないことを原則とします。
しかし、どのような場合でもこの結論を維持すると、予想もしていなかったような後遺症等が発生した場合、示談をしていれば何も請求できないとすると、被害者にとって酷な場合もあります。
そのため一定の場合、示談成立後であっても損害の賠償請求を認めるべきと考えられます。
この点、上記判例も、示談成立後には損害賠償請求ができないことを原則としつつも、「全損害を正確に把握し難い状況のもとにおいて、早急に小額の賠償金をもつて満足する旨の示談がされた場合においては、示談によって被害者が放棄した損害賠償請求権は、示談当時予想していた損害についてのもののみと解すべき」として、「その当時予想できなかつた不測の再手術や後遺症がその後発生した場合その損害についてまで、賠償請求権を放棄した趣旨と解するのは、当事者の合理的意思に合致するものとはいえない。」として、示談が成立したとしても、その後に新たな損害が判明した場合、一定の場合には損害賠償請求できるとしています。
以上より、質問のように、後日後遺症が出たとして損害賠償請求がされたとしても、原則として示談によって解決済みであり、請求に応じる必要はないことになります。
ただし、示談書の内容で後遺障害が除かれていたり、「膝が曲がらない」という後遺症の発生が当時予想し難かったなどの事情で、示談の内容が後遺障害についての賠償請求権まで放棄されていないと認められる場合には、請求内容を検討し、事故との因果関係等があれば請求に応じる必要があるといえます。
示談を行う場合には、加害者の場合は、後に請求されないかどうかという視点をもって検討しなければなりませんし、他方被害者の場合には、後に損害が発生した場合請求できるかという点に注意して合意しなければなりません。
(執筆 清水伸賢弁護士)