従業員の過失による事故について、使用者である会社が支払った損害額の一部を従業員に対して求償することはできますが、全額を求償できるわけではありません。
今回は、駐車車両が動き出して同僚に衝突してケガを負わせた事故で、使用者が運転者に損害額の支払を求めた事例を取り上げます。
【事故の状況】
平成21年5月6日午前10時50分ごろ、運転者のAは神戸市内の路上に冷蔵飲料を運搬する普通トラックを止めて、荷物の積み下ろしのために車を離れたところ、トラックが動き出し、前方で作業をしていた同僚のBに衝突しました。
この事故で、Bは両側大腿骨骨折、右踵骨骨折、顔面挫創等の重傷を負い、最終的に約2年4か月後の平成23年9月30日に症状固定の診断を受けましたが、併合6級の後遺障害が残りました。
【約1740万円を会社が補償し、3分の1額を運転者に求償】
トラックに締結されていた自動車保険は、同僚間災害については免責事項になっていました。また上乗せ労災保険にも加入していなかったため、AとBの使用者である健康食品を販売するC社は、被害者Bが自賠責保険や労災保険から支払いを受けた損害賠償金を除く不足額約1,744万円をBに支払いました。
会社側は、トラックが動き出したのは運転者Aが車を離れるときにエンジンを切らなかったこと、シフトレバーをドライブモードに入れたままであったことなどの過失があり、支払った損害額の3分の1にあたる約581万円を支払うように求め、民事訴訟を提訴しました。
これに対して、運転者Aは「エンジンを切らなかったのは冷蔵機能を維持するためであり、サイドブレーキも十分引いていた。1年分給与の153万円をすでに会社に弁済したのでこれで求償債務は果たした」と主張しました。
裁判所は、次のような理由から、被害者に発生した損害の4分の1を限度として会社側の求償を認める判決を下しました。
○運転者の過失は大きい
この事故は、エンジンを切らずにシフトレバーをドライブに入れたまま、サイドブレーキを十分に引かなかったという運転者として基本的な注意義務を怠ったことにより発生したもので、運転者Aの過失は大きいと言わなければならない。
○エンジン停止の指導は不徹底
しかし、冷蔵機能を保つためにエンジンをつけて停車させる行為は他の運転者も行っており、使用者であるC社はエンジンを切るように強く指導した形跡がなく、輪止めの使用もさせていなかった(この事故が発生してから輪止めの指導を実施した)。
○公道への駐車も常態化
作業中に駐車する際には公道ではなく、敷地内駐車場に車両を建物に向けて駐車させるというルールについても指導が徹底されていなかった。
○被害者が従業員であることも考慮
被害者がC社の従業員であったことも考慮すべきである。
《認定額 約436万円(うち153万円弁済済み)》 → Aの弁済残額 283万円
(神戸地裁 平成26年9月19日判決)
※判決文は、交通事故民事裁判例集 第47巻第5号 1202~1209頁より引用しました。
民法第715 条第3項の定めにより、会社の車を運転中に事故を起こした場合、第三者に損害賠償をした会社は、従業員に対し求償することができるとして求償権が認められています。
ただし、企業が利益を上げるために行っている活動から生ずる損害全てを従業員に負担させるというのは必ずしも公平とはいえませんから、使用者から従業員に対する求償については、損害の公平な分担という考え方で認められる限度が求められています。
最高裁判所は、タンクローリーを運転中の社員が起こした事故により損害を被り、かつ、第三者に対する 損害賠償義務を履行したことによっても損害を被ったことから、使用者が事故を起こした社員に対し損害賠償及び求償を求めた事案で、損害額の4分の1を限度として賠償及び求償を請求しうるに過ぎない、と判示しています(最高裁判所民事判例集 第30巻7号689頁)。
これが「判例」として一つの目安となっていますが、それぞれの条件をもとに判断するので、実際には従業員への求償を全く認めなかったり、2分の1を認めた裁判例もあります。
最高裁判決 昭和51年7月8日
求償しうる範囲は
損害の4分の1を限度とする
※経費節減のため対物賠償保険
と車両保険に未加入
※特命により臨時的に乗務した
※運転者の勤務成績は普通以上
であった──などの事情を考
慮して判示
⇒ 損害の公平な分担という見地から、以下の事情に照らし、信義則上相当と認められる限度において求償を認めるべきである。
・事業の性格、規模、施設、車両整備等の状況、
・従業員の業務の内容、労働条件、勤務態度、
・加害行為の態様(事故における過失の内容)
・加害行為の予防や損失分散についての使用者の配慮
・従業員に同情すべき事情(初心運転者だった等)
──などの程度その他諸般の事情
【求償について注意すべきポイント】
●企業活動から生ずる全ての損害を従業員に転嫁することは、公平とは判断されません。
●事故防止のため管理・指導の努力をしていたか、損害軽減のために保険付保をしていたか等、企
業のリスク管理の姿勢が問われます。
●長時間労働の事実や深夜勤務中の事故などであれば、従業員に同情すべき事情となります。
●「事故のペナルティとして、社員は会社に弁償する」といった社内規則があっても、強制的に給与
等から損害賠償額を天引きすることはできません。