最近、バス運転者が運転中に意識を失うなど中高年ドライバーの健康問題に起因する交通事故が多発し、国土交通省に報告された事故だけでも毎年200~300件発生しています。
運転中に意識を失って制御不能になると大きな事故に発展する危険を生じますが、事故の損害賠償責任をめぐっては、責任を認める例と否定する例があります。
今回は、赤信号で停止していた車に追突した事故で、追突する前に運転者が「脳こうそく」を発症した事例です。使用者が運転を控えさせるべき義務違反の過失があったか等の点が民事訴訟で争われ、使用者側の賠償責任が否定された判決例を紹介します。
【事故の状況】
平成20年5月26日午前0時42分ごろ、運送会社A社の運転者Bが大型トラックで静岡県沼津市の国道1号バイパスを走行中に脳こうそくを発症し、赤信号で停止していた大型トラックCに追突、そのはずみでC車は前方の大型トラックに玉突き追突しました。
病気を発症した運転者Bは、事故後に病院に搬送されましたが死亡しています。
【追突されたC側の会社が損害賠償を請求】
この事故で、追突されたトラックC車の積荷を所有・管理する会社が、追突した運転者Bに対して前方注視・停止義務違反と運転を控えるべき義務違反の過失、A社と運行管理者に対して労務管理上の過失を主張して、積荷である電柱用備品の再調達価格など約2,167万円の損害賠償を求めました。
■運転者の脳こうそく追突事故について使用者の責任を認めず
これに対して、裁判所は次のように述べて、追突した運転者とA社の労務管理上の過失を認めませんでした。
○運転者の前方注視・停止義務違反に
ついて、責任能力を否定
裁判長は、「Bは、ブレーキをかけないまま、後ろから追突したものであるが、追突する前に脳こうそくを発症させて、右不全麻痺となり、運転を制御できない状態となったものであって、事故発生時、自己の行為の責任を弁識する能力(責任能力)を欠いていたものと認められる」として、心神喪失者の行為の責任は追及できないという認識を示しました。
○運転者自身が運転を控える義務違反に
ついても責任を否定
「Bは、高血圧症、高脂血症等で要治療とされ、たびたび胸部圧迫感等の症状があり狭心症の疑いの診断もされたが、これらの基礎疾患があるからといって、直ちに心原性脳こうそくになるものではない、……また、脳こうそく等の既往歴や過去に意識障害、見当識障害、注意障害等に陥ったこともない」
「これらの諸事情に鑑みれば、自己が運転行為に及べば、脳こうそく等の脳血管疾患、心筋こうそく等の虚血性心疾患などによって運転不能な状態に陥るとの蓋然性を予見しえたとは認められない」
「したがって、運転を控えるべきであったのに、運転行為を及んだ過失があるとして、不法行為が成立するものとみることはできず、また自らの過失によって一時的に責任無能力の状態を招いたものとみることができないから、民法715条に基づく損害賠償責任を負わない」として運転者の賠償責任を否定しました。
○使用者・運行管理者の労務管理上の過失を認めず
裁判長は、
「事故を起こした運転者の健康状態に対しては、健常の運転者よりも多くの注意が払われなければならなかったが、A社の運行管理者らは特別の配慮をしていなかった」としながらも……
「しかし他方、脳血管疾患や虚血性心疾患の既往はなかったうえ、事故時までに健康、疲労、体調等の問題から運転行為に何らかの支障を来たしたこともない。
半年に1回の定期健康診断を受け、通院していた医院からも本人ないし運行管理者に対して、運転を控えるべきとか、時間・回数等を減らすべきなどといった意見を述べられたこともない」
「①これらの諸事情を総合考慮すれば、労務管理に携わる運行管理者が事故を起こした運転者の健康状態を積極的に把握できなかったことが著しく不相当であるものとは認めがたい。
②そして、健康診断個人表に記載されている程度の高血圧症等の症状や当時の就労状況(仮眠等はある程度取れていたこと、運転時間は改善基準告示を下回っていたことなど)の認識だけでは、運転中に突如運転不能になるという事態までは予見することができなかった。
したがって、運行管理者には不法行為が成立せず、これを前提とする会社の使用者責任は認められない」
として、C社の損害賠償請求を棄却する判決を言い渡しています。
【名古屋地裁 2011年(平成23年)12月8日判決】
※判決文は、交通事故民事裁判例集 第44巻第6号 1527~1541頁より引用しました。
2011年4月18日に栃木県鹿沼市で発生したクレーン車の暴走により幼児6人が死亡した事故に対して、事故の遺族11人が運転者の男とその母親、勤務先だった重機リース会社に対し総額で3億7,770万円の損害賠償を求めた民事訴訟では、3者の責任を認めています。
宇都宮地裁は2013年4月24日の判決で 、被告3者に対して共同で合計1億2,500万円の損害賠償金を支払うように命じました。
ここでは、運転者が持病のてんかんを隠して免許を取得し、医師の指示にも従わずに運転を続け、事故前夜に薬を飲まないなど注意義務を怠った結果、発作で事故を起こしたと認定した刑事裁判の判決(懲役7年で確定)も影響していると考えられます。
重機会社は賠償責任を認めていて、争点となったのは母親の責任ですが、母親に成人である男性の内服管理責任を認めた点は従来あまり見られなかった判決内容です。
母親側は「薬を服用するかどうかは本人の責任で、親に注意義務は無い」、「仮に制止しても、本人はクレーン車の運転を決行していただろう」と反論していましたが、判決理由では「重大事故発生を予見でき、会社に通報するなどしていれば事故を回避できた」として、母親の責任を認めました。
■人身被害と物損被害の違いも
鹿沼クレーン車事故は多数の犠牲者が出た死亡事故であり、一方、今回の判決例は加害者の方が亡くなっていて損害賠償請求は物損被害であり、訴訟の性格が違います。
また、運送会社の労務管理責任を認めなかった理由として、「6か月毎に定期健康診断を受診していた」「2週間平均の1週間あたりの運転時間が改善基準告示の44時間を下回る」「出庫してから4時間後の事故で、出庫前には52時間以上勤務についていなかった」点なども考慮されています。
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