以前、この欄では運転者の過重労働や重い疾病などが原因となる居眠運転・意識喪失事故の危険について訴えてきました。
しかし、そうした深刻な要因の潜むケースだけでなく、健康な運転者がちょっとした生理的な眠気に陥っても、運が悪ければ大きな事故に陥る危険があります。
このたび国土交通省が公表した事業用自動車事故調査報告書(※)では、4件のうち3件がバス・トラックなどプロ運転者の居眠運転を扱っていましたが、そのうち2件は、事業者の健康管理や運行スケジュール管理では特段の問題がない環境で、運転者の甘い認識により発生した事故であり、どの事業所でも起こりうる事態です。
改めて居眠運転防止には運転者個々への配慮ときめ細かい指導が重要であると示しています。
今回は、これらの事例分析を紹介し私達が学ぶべき点がないか考えてみましょう。
(※「事業用自動車事故調査委員会」の報告書は、 → 国土交通省のWEBサイトを参照)
■トンネル内で居眠り、側壁に衝突
2017年2月26日13時53分頃、長野県佐久市 の上信越自動車道八風山(はっぷうさん)トンネル内で、44歳の男性運転者が運転する大型貸切バス(乗客19 名乗車)が片側2車線の第1通行帯を走行中、トンネルに設けられた非常駐車帯出口部の側壁に衝突しました。
この事故で乗客1名と交替運転者の計2名が重傷を負い、乗客10 名が軽傷を負いました。
重傷を負った交替運転者はシートベルトを着用していませんでした。
運転者は現場手前の別のトンネルを通過前に眠気を感じ、さらに事故を起こした八風山トンネルに入るとき強い眠気を感じたにもかかわらず、そのまま運転を続けたため、居眠運転に陥って起こしたものです。
■交替運転者には申告せず
トンネルの手前にチェーン脱着所があり、休憩や運転交替ができることに気づいていましたが、交替予定のサービスエリアまで30キロ程度なので「頑張ればなんとかなる」と考え、交替運転者にも眠気を告げないで無理をして運転を続け、居眠衝突事故を起こしました。
■運行計画に問題はなし
事故を起こした運転者の1か月間の勤務は、拘束時間が1日平均9時間48分などという勤務で、改善基準告示に違反する内容はみつかりませんでした。
当日の乗務前点呼では異常がなく、前日の睡眠時間は7時間でした。休憩後の中間点呼でも異常なしです。
交替運転者を配置した運行スケジュールで、2時間程度で交替していて、休憩もとっています。
■運転を交替して約1時間後の事故
午前7時23分から午前9時まで運転して一度交替しその後は交替運転者が運転していました。
11時30分頃に昼食を取って休憩し、再度この運転者が交替して運転を始めた時刻は12時59分です。
事故はその約1時間後に起こっています。
■初任運転者のため、運転中の眠気を甘く考えた
事故を起こした運転者は前年の春に選任された初任運転者で、大型貸切バスの運行経験はまだ7か月あまりでした。事故調査委員会はこの事故の要因と対策を以下のように分析しています。
■「だるい」感じをおして運転業務につく
2017年8月18日15時45分頃、北海道清水町の国道274号で、大型貸切バス(乗客47名乗車)の運転者(58歳)が居眠状態となり、徐々に進行方向左側に斜行して道路の左側端の縁石を乗り越え道路左側約3m下に転落しました。
この事故で乗客10 名と乗務員(バスガイド)1 名の計11 名が重傷を負い、乗客32 名が軽傷を負いました。重傷を負った乗客の一部と乗務員はシートベルトを着用していませんでした。
運転者の事故日前4週間の勤務で改善基準告示違反はなく、問題はありませんでした。しかし本人は、「事故前1か月は疲れが溜まってだるい」感じが続いていて、事故当日も起床時に「まだ寝ていたい」ような体のだるさを感じていました。
■身内の不幸があり、疲れていた
なお、この運転者には10日ほど前に身内の不幸があり、葬儀や新盆などの対応で溜まった疲れが取れず、周囲が思う以上に疲れていました。
こうした疲労状態があったまま運転をしたことで、居眠りをするなど意識が低下した状態での運転につながったと考えられます。
■上司や同僚の前では元気に振る舞う
一方、点呼時の健康観察では運行管理者は運転者が特段の疲労をしているとは感じなかったと述べています。
管理者は、普段は無口な運転者が当日はわりと話しかけてくれていたことから、健康状態には問題ないものと判断したようです。
また、同乗したガイドの乗務員も、「普段と変わった様子もなく、眠いとも言っていなかったので安心していた」、「今日は眠いなぁとか言ってもらえれば、眠くならないように話しかけることもできたのに」と話していました。
■ベテランも無理をする傾向があり、管理者は過信しないことが重要
事故を起こした運転者はベテランで指導的立場にあり、管理者は運転者を信用して任せきりにし、指導・監督や心身の状況に対するケアが十分に行われていませんでした。これらが事故の背景にあるとして、事故の要因と対策を以下のように分析しています。
事例2の運転者はベテランで指導職も務める立場にあったため、「だるい」とか「眠い」といった弱音が吐けない心理状態にあったようです。
このため、管理者やガイドの前ではしっかりした姿を見せるなど無理をしていました。
しかし、親しい人が亡くなるのはストレスの中でも最大のものです。葬式などは非常に気疲れがして、そのあと眠りの浅い日が続いたと思われます。盆休みがあっても疲労が残っていたのは当然でしょう。
こんなときは、ベテランが通常の運転業務をこなす過程であったとしても、事例のような事態が発生する恐れがあり、管理者側からの温かい配慮が必要です。
人手不足のなか皆で頑張っている多くの事業所において、いつでも起こりうる事故です。
こうした事態を防ぐためには、管理職が「眠くなったら、迷わず休む」ことを口を酸っぱくして指導するとともに、「眠くなることは恥ではない」「安全を優先することこそ尊い」という雰囲気づくりを進めて、率直に申告して休んだり交替することができるようにしていく必要があります。
前述のように昼食後の時間帯は、人間のもつ体内リズムの関係から健康な人でも強い眠気に襲われることが多くあります。
そこで、居眠防止と午後からの仕事の効率を高めるため、30分以内の仮眠を奨励している企業が増えてきました。
三菱地所(株)は本社に設置した仮眠室を使用し、仮眠した従業員の生産性向上や夜間の本睡眠の質を調べる効果検証実験を行ったところ、67%の人が仮眠によって「午後の生産性が高まった」と感じ、58%の人は「午後の眠気が改善した」と回答しています。
厚生労働省も午後の早い時間の短時間仮眠を奨励していますが、次のような仮眠のポイントを紹介しています。
★参考ページ★
→ 「過労による事故の危険」を意識していますか? (危機管理意識を高めよう)
→ 過重な運転労働をさせていませんか (危機管理意識を高めよう)
→ 睡眠不足の運転者は乗務禁止に (運行管理者のための知識)
→ 無理な運行計画を指示していませんか?──貸切バスの追突事故
→ 車両の不具合を軽視していませんか──貸切バスの追突事故