あおり運転で「殺人罪」などの判決

あおり運転に殺人罪
しつように車間距離を詰める行為は犯罪

 

 最近、いわゆる「あおり運転」行為が原因となった交通事故に対する厳しい判決がくだされる傾向にあります。

 

 前車との車間距離を危険な近さまで詰めて走行したり、しつように追い上げるといった運転行為が事故に結びついた場合、警察庁は、単なる過失運転致死傷で済ませることなく、重罪である危険運転致死傷罪などの適用を積極的に行うように通達を出しています。

 

 また、交通事故であっても刑事部門と綿密に連携をとり、暴行罪や器物損壊罪なども適用するように指示していますので、厳しい捜査が行われるようになっています(参照)。

 

 今回紹介するのは、そうした方針の背景となった事故の裁判例です。

 

■裁判例1──あおり行為の果ての死亡事故に「殺人罪」で懲役16年

【事故の状況】

 2018年7月2日午後7時35分ごろ、被告Aは大阪府堺市の府道で乗用車を運転中、大学4年の男性(当時22歳)が運転する大型バイクに車の前方に入られたことに腹を立て、車を加速させライトをハイビームにしてクラクションを鳴らすなどしながら約1分間追跡した後、バイクに追突して運転していた男性を死亡させました。

  

【検察・弁護側の主張 

 検察側はAが被害者の男性を死亡させるかもしれないと認識しつつ、故意にバイクに衝突したとして、殺人罪で起訴し懲役18年を求刑しました。

 

 一方運転者の弁護側は、腹を立てて追いかけ回したり追跡したりしたことはないと反論し、ブレーキが間に合わずにバイクに衝突したとして殺意を否定し、過失運転致死罪にとどまると主張しました。

【裁判所の判断】

ながらスマホ事故

■ドライブレコーダーに映像が残る

 

 公判では、Aの車に設置されたドライブレコーダーの映像や音声などが紹介され、以下のような点が指摘されました。

  • 運転映像を記録したメモリーカードは衝突後にレコーダーから抜かれていたが、逮捕後の所持品検査で被告の服のポケットから見つかった。
  • 車を加速させてパッシングをしながら追跡する様子や衝突後に「はい、終わりー」と言う様子が記録されていた。

 

■「運転者の未必の故意」を認定

 こうした事実を踏まえ裁判長は以下のような判決理由を示し、被告に懲役16年の刑を言い渡しました。

「被告は、減速すれば衝突を避けられたのに100キロ以上で走行し、衝突直前には弱いブレーキしかかけていない」(あおり運転と認定)。

「バイクに衝突すれば、転倒で死亡させる危険性は高いことを認識しながら、衝突してもかまわないという気持ちで、あえて衝突した」(未必の故意による殺意を認定)

【大阪地裁堺支部 2019年(平成31年)1月25日判決】 

 

  • 編集部注──被告Aは判決を不服として控訴しましたが、大阪高裁も1審判決を支持して、2019年9月11日に控訴を棄却する判決を言い渡しました。その後、被告はこれも不服として最高裁に上告しましたが、2020年7月31日付けで最高裁第2小法廷は上告を棄却する決定をしましたので、1審、2審判決が確定しました)。 

■裁判例2──あおり行為が原因の事故に「危険運転致死傷罪」を適用

【事故の状況】

 2017年6月5日午後9時半ごろ、被告Bは高速道路サービスエリアで注意されたことに激昂し、ワゴン車を本線上で追跡、神奈川県大井町の東名高速道路の追越車線で被害者の車の前に停止してむりやり停車させ、被害者の胸ぐらをつかんで「なめてんのか。道路に投げつけてやろうか」と暴言をはくなどしていたときに後続のトラックがワゴン車に追突、2名が死亡し、2名が負傷する事故になりました。

  

【検察・弁護側の主張

 検察側は、事故当時Bは車を運転していなかったものの、Bが行った一連の運転行為が危険運転致死傷罪に該当し事故と因果関係があるとして起訴し、また、予備的訴因として監禁致死傷罪を主張し懲役23年を求刑しました。

 一方運転者の弁護側は、腹を立てて追跡したことは認めたものの、停車後の事故には危険運転致死傷罪は適用できないと反論し、車を止めただけで監禁の意思は確認できないとして、無罪を主張しました。

【裁判所の判断】

ながらスマホ事故

■停止中で危険運転が成立するかが争点

 裁判員裁判として実施され、危険運転の認定を巡り注目されました。

 公判中に、法律には「停車中の事故」が明記されていないので、高速道路上で停車させた速度ゼロの状態が危険運転致死傷罪の構成要件の「重大な危険を生じさせる速度」とするのは解釈上無理があると指摘されました。

 

 しかし、裁判長は

「被告が4度の妨害運転後に停止させたのは密接に関連した行為といえる。死傷の結果は妨害運転によって生じた事故発生の危険が現実化したものである」と述べて、被告のあおり運転行為と被害者の死亡に因果関係があると判断して危険運転致死傷罪が成立すると認定し、懲役18年の刑を言い渡しました。

 

 公判では、被告Bが以前からあおり運転などによる交通トラブルを頻発させていたことも多くの証言によって明らかになりました。

【横浜地裁 2018年(平成30年)12月14日判決】

 

  • 編集部注──被告Bは判決を不服として控訴し東京高裁で審理された結果、高裁は「危険運転致死傷罪に該当する」とした地裁の結論を是認した一方で、地裁が公判前整理手続で「危険運転致死傷罪は成立しない」という暫定的見解を表明していたにも関わらず、公判でその見解を翻して同罪の成立を認めた点に問題があるとして、2019年12月6日「改めて裁判員裁判をやり直すべきだ」と結論付け地裁に差し戻されています。判決確定には今後の横浜地裁の再審理待ちとなります。 

※参考記事1

 警察庁は、あおり運転が関係した重大事故が多発する事態を重く見て、2018年1月に全国の警察本部に通達を発し、車間距離を詰めたり執拗な追跡など悪質・危険な運転をする運転者への取締り・指導を強化しました。 

 ■関連通達 → 平成30年1月16日 警察庁交通指導課 丁交指発 第2号等

       「いわゆる「あおり運転」等の悪質・危険な運転に対する厳正な対処について  

 ■警察庁関連WEBサイト → 「危険!あおり運転等はやめましょう 

※参考記事2

 政府はあおり運転関係の法改正を行い、2020年6月30日施行の改正道路交通法により、あおり運転を「妨害運転」と規定して刑罰を大幅に強化しました。また、自動車運転死傷行為処罰法も改正し(同7月2日施行)、あおり運転に関する危険運転致死傷罪の適用類型を拡大しました。 

 ■詳しくはこちらを参照 → 改正道路交通法「あおり運転」厳罰化  

 ■政府関連WEBサイト  → 悪質ドライバーの撲滅を目指す!~「あおり運転」厳罰化

■危険運転致死傷罪などの刑罰

危険運転致死傷罪

 

暴行罪(被害者が負傷しなくても執拗な運転行為で成立する) 

脅迫罪(脅すような発言や何をするかわからない行為等で成立) 

器物損壊罪(物損事故や相手の車を蹴る行為等でも成立する)  

死亡事故  最高は20年以下の懲役

傷害事故  15年以下の懲役

2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留もしくは科料

2年以下の懲役又は30万円以下の罰金

 

3年以下の懲役または30万円以下の罰金もしくは科料


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