先日、狭い道路でイヤホンで音楽を聴きながら歩いている女子大生に接触してしまいました。イヤホンさえしていなければ、こちらの接近を感知して回避してくれたと思うのですが、このような事故の場合、イヤホンで音楽を聴いていた歩行者の過失は重くなるのでしょうか?
自動車と歩行者との間の事故では、基本的には自動車に過失があるとされ、歩行者側に過失があった場合は、過失割合によって調整することになります。
例えば、歩行者が意図的に急に飛び出して、自動車が急停止したことにより運転者が負傷したような場合などは別ですが、自動車と歩行者の接触事故の場合には、原則として自動車に責任があるとされます。
また、狭い道路で歩行者がいるような場合について、自動車は、「歩道と車道の区別のない道路を通行する場合その他の場合において、歩行者の側方を通過するときは、これとの間に安全な間隔を保ち、又は徐行しなければならない。」とされており(道路交通法18条2項)、これに違反した場合には三月以下の懲役又は五万円以下の罰金の罰則も定められています(同法119条1項2号の2)。
しかし、罰則はありませんが、道路交通法は道路を通行する場合の歩行者の義務も定めています。
例えば同法12条1項は、「歩行者は、道路を横断しようとするときは、横断歩道がある場所の附近においては、その横断歩道によつて道路を横断しなければならない。」とし、また同法2項は、「歩行者は、交差点において道路標識等により斜めに道路を横断することができることとされている場合を除き、斜めに道路を横断してはならない。」と定めています。
また同法13条1項は、横断歩道や信号等に従って横断する場合を除いて、「歩行者は、車両等の直前又は直後で道路を横断してはならない。」としていますし、同条2項では「歩行者は、道路標識等によりその横断が禁止されている道路の部分においては、道路を横断してはならない。」と規定されています。
さらに、これらの規定違反以外にも、裁判によって歩行者の過失として考慮される事由があります。ケースバイケースですが、具体的な事由としては、自動車の直前や直後を横断することが許された場合でも、途中で特段の理由もなく突然立ち止まったり、後退した場合、あるいは歩行者が予想外に大きくふらついたり、車両の状況等を注視せずに急に飛び出したりして車道に出てきた場合などには、その他歩行者に事故に関係する著しい過失があった場合歩行者側の過失割合が高くなる事由となりえます。
歩行者がイヤホンによって周囲の音が聴き取れないような状態も原因となって事故が生じたような場合や、スマートフォンを注視しながら歩いていたことにより大幅に道路にはみ出したために接触したような場合にも、歩行者の過失割合が高くなることはありえます。
ただし、考慮される場合の過失割合としては、5%~10%程度であると思われます。
この点、裁判においても、歩行者の過失が主張されることは珍しいことではなく、運転者、あるいは歩行者がイヤホンで音楽を聴いていた事実が申し立てられることもあり、質問のように、歩行者がイヤホンによって自動車に気づかなかったという事実の有無が問題となったり、同事実があった場合に歩行者の過失として検討するか否かが争いになったりする場合もあります。
例えばさいたま地方裁判所平成30年9月14日判決は、道路をランニングしていた被害者が、後方から進行してきた自動車に衝突されたという交通事故の事案です。
同判決では、事故の態様を検討し、被害者が通行するのに十分な幅員を有する路側帯をランニングしていたこと、両耳にイヤホンをつけて音楽を聴いていたため、車両のクラクションによる注意喚起に気づかず、車両が直近に近づいた時点で後方確認せず、センターライン付近まで車道内に大きく進入して衝突したことなどから、被害者にも相当な落ち度があるとし、他の事情も加味して、結論として自動車と歩行者の過失割合を60:40としました。
同事件では、歩行者のイヤホン装着も過失割合の決定には理由とされています。
他方、歩行者がイヤホンをして音楽を聴いていたとしても、事故の発生に関係ないような場合には、過失相殺の事由として考慮されないこともあります。
例えば、運転者がイヤホンを聴いていたという事件ですが、大阪地方裁判所平成28年12月8日判決は、音楽を聴きながら車を運転していた点も考慮すべきとの被害者の主張に対し、「これが本件事故の発生に寄与したとは認められないから主張は採用できない」と判断しています。
以上のように、歩行者がイヤホンで音楽等を聴いていたことが原因の一つとなって事故が生じたような場合には、これが歩行者側の過失として検討されることはあります。
しかし、自動車は歩行者と「安全な間隔を保ち、又は徐行しなければならない。」のであり、歩行者がイヤホンをしていようがしていまいが、事故の責任自体は、運転者が負わなければならないと考えるべきです。
運転者としては、歩行者の側に自動車の接近を感知して回避することを期待するのではなく、まずは歩行者に危険が及ばないように注意して運転を行うことが必要です。
(執筆 清水伸賢弁護士)