高速道路では後席のシートベルト着用が義務化されていますが、一般道では努力義務となっています。そのためか、まだまだ一般道における後席のシートベルト着用率は低迷したままです。万が一、後席のシートベルトを使用していない車と事故をした場合に、後席の乗員の損害について全て賠償しなければいけないのでしょうか?
道路交通法71条の3は、普通自動車等の運転者が遵守すべき事項として、シートベルト等の着用義務を定めています。
具体的には、同条第1項では、自動車の運転者は座席ベルトを装着しないで自動車を運転してはならないとして運転者自身のシートベルト着用義務を定め、同条第2項では、自動車の運転者は座席ベルトを装着しない者を運転者席以外に乗車させて自動車を運転してはならないとし、運転者の義務として、助手席や後部座席の者にシートベルトを着用させなければならないと規定されています。
疾病で着用が療養上適当でない場合や、バックでの走行、一定の業務、その他やむを得ない場合等の例外も定められていますが、運転者としては、原則としてどの座席であっても、シートベルトを着用し、着用させる義務があると考えておくべきです。なお、同法同条3項はチャイルドシートについても定めています。
ただ、同法同条の違反については罰則が規定されていないため、シートベルト着用義務に違反しても、刑事処罰は受けません。行政処分の違反点数は定められていますが、高速道路における全座席、及び一般道路での運転席、助手席のシートベルト着用義務違反は1点であり、一般道路での後部座席については0点となっています。
そのため、後部座席にはシートベルトの着用義務がないという誤った理解がされることもあり、後部座席の着用率は低いのが現状です。
しかし、事故により車内の者に対して伝わる衝撃自体は、前の座席と後部座席で大きく異ならず、後部座席でも傷害を負ったり車外に投げ出されたりする危険はあり、後部座席の乗員が前方の運転席や助手席にぶつかれば、前方の乗員をエアバッグとの間で圧迫し、傷害を負わせたり、傷害の程度を重くすることにもなります。
本年9月以降を目処に、自動車の後部座席の乗員がシートベルトを着用していない場合に警告音が鳴るような仕様とされる予定等もあるようですが、そのような装置がなかったとしても、また、罰則の有無等にかかわらず、自己及び他人の安全のためには、どの席でもシートベルトを正しく着用すべきです。
以上のように、刑事罰は規定されていないものの、シートベルトの着用は運転者の義務とされており、通常、車に乗る時はシートベルトを着用すべきといえます。
またシートベルトは、車に乗る者自身の安全のための装置です。そのため、特に例外事由等もなく、自らシートベルトを着用しない状態で事故に遭った場合、シートベルトをしていなかったために被害が生じ、あるいは拡大等した場合には、その被害者側の過失として過失相殺がなされます。
よって、後部座席の乗員がシートベルトをしていなかった場合には、その損害について全額を賠償しなくても良い場合があります。
過失相殺される割合は、各事案における具体的事情によって変わりますが、裁判例等をみると、後部座席のシートベルト非着用が被害者側の過失と認められた場合、概ね5%から10%くらいの割合が減額されている事例が多くなっています。
裁判においても、シートベルト着用義務違反について過失相殺が主張され、争いとなることがあります。
しかし、道路交通法の改正により、後部座席のシートベルトの着用義務が定められて施行されたのは平成20年6月1日であり、それ以前は後部座席でシートベルトを着用していなかったとしても、過失と認めない裁判例もみられました。
例えば東京地裁平成25年7月16日判決は、タクシーの自損事故の乗客が損害賠償した事案で、事故当時(平成20年5月30日)は、後部座席シートベルト着用の義務化が迫り、その旨の周知がされている状況にあったとはいえ、未だ義務化されていなかったとし、客としてタクシーに乗車していたという事情も考慮して、過失相殺を認めませんでした。
また、シートベルトを着用していなかったとしても、その事実と損害の発生や拡大との間に因果関係が認められない場合には、減額されません。しかし、同改正以降は、過失相殺を認める裁判例が多いといえます。
名古屋地裁平成24年11月27日判決は、事故日以前に後部座席のシートベルト着用が義務づけられたことも理由として、過失相殺を認めています。
以下では、後部座席でシートベルトをしていなかった場合に、過失相殺が認められた裁判例を簡単に紹介します。
このように、後部座席のシートベルト未着用者に対しては相応の過失割合が課されています。
以上のように、後部座席でも、シートベルトを着用していなければ、被害者側の過失とされる場合があります。後部座席に関する事例ついては、タクシー乗車時の事例も多く、誰の車であろうとシートベルトは着用すべきです。
また今後は、後部座席でのシートベルトの着用が当たり前になっていくことが予想され、ますますシートベルトを着用していないことは被害者側の過失とされる可能性が高いと考えておく必要があると思われます。
まずは自分自身の安全のためにも、自動車に乗るときには、誰の車であっても、どの座席であっても、シートベルトを正しく着用することが大切です。
(執筆 清水伸賢弁護士)