運転者から企業への事故の逆求償を認める

社員から会社への逆求償

 

 企業の使用する車が事故を起こした場合、企業が損害賠償をするの普通は当たり前です。

 この損害賠償額の一部を事故を起こした社員に求償することは一定程度の割合で認められていますが、まれに従業員自身が損害賠償を行って従業員が会社に対する求償権を行使する、いわゆる「逆求償」をすることがあります。

 

 逆求償が認められた下級審判例もあれば、棄却した例もありましたが、このたび、最高裁判所はトラック運転者として運送会社に勤務していたドライバーが起こした死亡事故で、ドライバー自身が被害者遺族に損害賠償をした後、使用者に対して求めた逆求償権を認める画期的な判決を下しました。

 

■自転車への衝突事故で死亡した被害者の遺族に、運転者自身が補償

福山通運への逆求償・最高裁

【事故と補償の概要】

・2010年7月26日、運転者A(女性)は信号のない交差点を右折中に、交差点に入ってきた自転車と接触、自転車の乗員は転倒し、死亡しました。

・Aの務める運送会社は大手企業ですが、任意保険には加入していませんでした。

 

・この事故をめぐって、運送会社は亡くなった被害者の相続人の1人(次男)に治療費や和解金を支払いましたが、もう1人の相続人(長男)はこれを不服として加害者側を提訴しました。

・民事訴訟により、追加で1,552万円余りの損害賠償が認められ、運転者はこれを相続人に支払いました。

 

・運転者は、会社の事業執行としてトラックを運転中に起こした交通事故に関し、第三者に加えた損害を賠償したことにより会社への求償権を取得した等の主張で、使用者に対して求償金等の支払いを求めました。 

■損害の公平な分担からみて、相当でない(最高裁第2小法廷/令和2年2月28日)

福山通運勤務の運転者の求償

【原審─2018年4月の大阪高裁判決】  

■運転者の会社への求償請求を棄却

 

 2017年9月の一審・大阪地裁判決は「使用者も相応の責任を負うべき」として逆求償の権利を認め、運送会社に約840万円の支払いを命じていました。

 しかし、その控訴審である2審=大阪高裁の判断(最高裁からみて原審)は、

・被用者の起こした事故の損害賠償責任は、事業の遂行中であっても、不法行為者である被用者(運転者)自身が負担すべきもの

・民法715条1項は、損害を被った第三者が被用者から損害賠償金を回収できない事態に備えたものに過ぎない

──という見解で、会社への求償権を認めませんでした(※注1)。

 

 これを不服として、運転者は上告しましたが、上告審である最高裁の判決が今年2月にくだされ、逆転して運転者の会社に対する求償権を認め、本件を大阪高裁に差し戻しました。 

 

【最高裁第2小法廷──2020年2月の判決】

■「損害の公平な負担」を踏まえ、求償権を認める

 最高裁は、使用者責任制度の趣旨と理念を踏まえて以下の様に判示しました(※注2)。

 

  • 民法715条1項が規定する「使用者責任」は、事業活動による利益や事業が社会に与える危険性を拡大していることに着目し、損害の公平な分担という見地から事業者に賠償を負担させている
  • 被用者との関係においても、損害の全部又は一部について負担すべき場合がある
  • 使用者が被害者に損害賠償をした場合、信義則上相当と認められる限度でその一部を被用者に求償できるとされているので、被用者が賠償した場合も同様に解すべき
  • 損害の公平な負担という見地から、被用者の求償権は当然認めるべきである

 

 最高裁の判決文は、原審の論点を理解していないとよくわからない場合がありますが、今回は、判決に関わった裁判官の詳しい補足意見があり、判決の意図がよく理解できます。

 以下にそのポイントを箇条書きで紹介します。 

■原審に差し戻した理由を述べる最高裁裁判官の補足意見

  • 使用者である企業は、大手の貨物自動車運送業者で上場会社であるのに対し、被用者は事故当時、トラック運転者として会社の業務に継続的かつ専属的に従事していた自然人である。
  • 通常の業務において生じた事故による損害について被用者(運転者)が負担すべき部分は、僅少なものとなることが多く、これをゼロとすべき場合もあり得ると考える
  • 企業が自家保険政策を採用(任意保険に未加入)したのは、企業規模の大きさ等に照らした上で、そうすることが事業目的の遂行上利益となると判断したことの結果。
  • 他方で、運転者は会社が自家保険政策を採ったために、企業が損害賠償責任保険に加入している通常の場合に得られるような保険を通じた訴訟支援等の恩恵を受けられなかった
  • 運転者本人は、事故で自動車運転過失致死罪として執行猶予付きながら有罪判決を受け、事故当時の収入が22万円ないし25万円であったのに対し、本件事故に際して「罰則金」なる名目で運送会社から40万円を徴収された。運転者の勤務態度は真面目で事故が起きるまで別段の問題を起こしたことはなかったが、事故後に退職することになった。
  • 運転者は事故に関して被害者遺族から損害賠償請求訴訟を提起され、保険会社からの支援を得られないまま、長年にわたり訴訟への対応を余儀なくされた。
  • このように運転者が事故に起因して様々な不利益を受けていることからすれば、本件は、加害者としての負担金額が矯正的正義の理念に反するほどに過少だったり、今後他の運転者が注意を尽くして行動することを怠る誘因となるほどに過少な状況とは言えない。
  • 使用者が経営判断等から任意保険を締結せずに自らの資金で賠償を行うとしながら、運転者にその負担をさせるということは、損害の公平な分担という見地からみて相当でない。
  • 多くの運転者をかかえ運送業など事故発生頻度がある程度予測できる会社は、損害を見込んだ計画を立てるべきであり、損害の100%を会社に負担させるべき場合もあり得る
福山通運勤務の女性ドライバーの求償判決例

■最高裁判例から学ぶべきポイント

★「事故の責任は運転者だけにある」という姿勢は、もはや通用しない

 ──運転者の業務で利益を上げている企業は、損害に対する責任も負担するべきです。

★会社が運転者に損害賠償を求償することはできるが、相当な範囲に限られる。運転者も相当な

 範囲であれば会社に逆求償ができる

 ──被害者に支払ったのが会社であっても運転者であっても、それぞれ負担割合は差違を生じ

   させるべきではありません。

★運転者が会社に損害賠償を求償できる範囲は、事業の性格、規模、施設の状況、業務の内容、

 労働条件、勤務態度、事故予防の配慮・措置などに応じて、相当な範囲が認められる

 ──事業用自動車、上場企業、真面目な運転者、悪質な違反のない事故の場合であるほど、

   会社側の負担範囲は大きく、運転者の負担割合が小さくなります。

★運送事業者は許可を受ける際、全ての車で保険に加入するなどして十分な損害賠償能力を持つ

 ことが求められる

  ──運送事業では多い「自家保険政策」も運転者の負担を増やすことになれば、運送業の許可

   基準や使用者責任の趣旨、損害の公平な分担からみて適当ではありません。

※注1──原審判決文要旨(平成30年4月27日大阪高裁判決)

「……被用者が第三者に損害を加えた場合は、それが使用者の事業の執行についてされたものであっても、不法行為者である被用者が上記損害の全額について賠償し、負担すべきものである。

 民法715条1項の規定は、損害を被った第三者が被用者から損害賠償金を回収できないという事態に備え、使用者にも損害賠償義務を負わせることとしたものにすぎず、被用者の使用者に対する求償を認める根拠とはならない。また、使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合において、使用者の被用者に対する求償が制限されることはあるが、これは、信義則上、権利の行使が制限されるものにすぎない。

 したがって、被用者は、第三者の被った損害を賠償したとしても、共同不法行為者間の求償として認められる場合等を除き、使用者に対して求償することはできない。」

※注2──最高裁判決文要旨(令和2年2月28日 第2小法廷判決)

「……民法715条1項が規定する使用者責任は、使用者が被用者の活動によって利益を上げる関係にあることや、自己の事業範囲を拡張して第三者に損害を生じさせる危険を増大させていることに着目し、損害の公平な分担という見地から、その事業の執行について被用者が第三者に加えた損害を使用者に負担させることとしたものである。

 このような使用者責任の趣旨からすれば、使用者は、その事業の執行により損害を被った第三者に対する関係において損害賠償義務を負うのみならず、被用者との関係においても、損害の全部又は一部について負担すべき場合があると解すべきである。

 また、使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対して求償することができると解すべきところ、上記の場合と被用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで、使用者の損害の負担について異なる結果となることは相当でない。

 以上によれば、被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え、その損害を賠償した場合には、被用者は、上記諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について、使用者に対して求償することができるものと解すべきである。」

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