近年は豪雨や地震など自然災害が多発していますが、災害発生時に生じた交通事故(地震でバランスを崩して車両が転倒、冠水によるエンジンストップで後続車に追突される等)は、損害賠償責任が軽減されるのでしょうか?
交通事故によって生じた損害賠償責任の根拠となる条文は、まず不法行為を定める民法709条です。
同法同条は、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」としており、不法行為責任が成立するためには、故意又は過失が必要とされています。
わざと損害を生じさせた場合や、必要な注意をしなかったことにより損害が生じた場合には、その者に損害を賠償をさせるべきとされているのです。
そして交通事故では、故意(わざとすること)に事故を起こす場合より、過失で事故が生じる場合が圧倒的に多く、過失の有無や内容が問題となります。
過失の定義にはいくつか見解がありますが、一般的には、「必要な注意をしなかったこと」とか、「結果の発生を認識すべきであったにも関わらず認識しなかったこと」などと言われており、結果を予見できたのにせず、または予見した結果が回避できたのにしなかった場合に過失が認められるとされます。
なお、運行供用者責任を定める自動車損害賠償保障法3条も、交通事故の場合の損害賠償責任の根拠となりますが、同法同条はその但書で「自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと」という、過失がないことを損害賠償責任を免れる要件の一つとして挙げています。
このように、損害賠償責任が生じるのは過失がある場合であり、交通事故が生じたとしても運転者に過失が無いような場合、例えば不可抗力によって損害が生じた場合には、損害賠償責任は生じないことになります。
また、不可抗力とまではいえず、責任自体は認められる場合でも、特別な事情が存在した場合には、過失割合の判断で斟酌(※しんしゃく)されることも考えられます。
※斟酌(しんしゃく)…その時の事情や相手の心情などを十分に考慮して、程よくとりはからうこと
損害賠償責任を負うのは、少なくとも過失がある場合ですので、質問のように、地震でバランスを崩して車両が転倒した場合や、冠水によるエンジンストップで後続車に追突された場合などは、それらが不可抗力で避けられないような状況であれば、運転者の過失を認めることはできず、運転者は損害賠償責任を負わないといえます。
地震で車自体が転倒したり、突然の冠水でエンジンがストップするような事態は通常予見することができず、また予見できたとしても、結果を回避することができないため、運転者の過失とするのは酷であるといえます。
ただし、災害発生時に生じた事故なら全て免責されるというわけではありません。
災害発生時であったとしても、損害の発生等を予見することができたにもかかわらず予見せず、また結果を回避することもできたのに、適切な対応をせずに回避しなかったのであれば、その結果事故による損害が生じた場合には、運転者に過失が認められる場合もありえます。
質問の例でいえば、地震が生じた直後、まだ余震などが生じることが想定しうるのに、転倒が予測できる状況の道路をあえて走行して転倒が生じたとか、前方の道路が冠水状態にあることが明らかであり、そのまま進めば水に浸かってエンジンがストップしてしまうことが容易に想定できたのに、あえて走行を続け、急停止してしまったこと等により追突事故が生じたような場合には、運転者に過失が認められる場合があると考えられます。
ただ、過失が認められる場合でも、災害時は現場の状況が異常な事態となっていることもあり、予見したり結果を回避したりすることが容易ではないような場合も考えられます。そのような場合には、過失割合の判断においてそれらの事情が相当程度斟酌されることは考えられます。
以上のとおり、災害時の交通事故の場合、必ず責任が軽減されるというわけではありませんが、その時の状況等により、損害賠償責任が生じなかったり、その程度が軽減される場合はあるといえます。
(執筆 清水伸賢弁護士)