運転中にスマートフォン(スマホ)で画面を見たりゲームなどをしたりする「ながら運転」行為は、道路交通法の改正により2019年12月より厳罰化されましたが、依然として交通事故に結びつく行為が多く発生しています。
今回紹介する裁判例は、違反の罰則適用ではなく、死亡事故の責任を問う裁判ですが、控訴審でも実刑判決がくだされるなど、「ながら運転」への厳しい姿勢が受け取れます。
(2020年8月24日名古屋高裁判決)
【事故の状況】
愛知県西尾市で2018年4月14日午前10時15分ごろ、県道を乗用車で走行していた被告A(女性・45歳)は、左手にスマートフォンを持ってスマホ向けのゲーム「ポケモンGO」を見ながら運転してわき見運転となり、道路を横断していた85歳の女性をはね、被害者の女性は病院で死亡しました。
【一審判決は1年4か月の禁錮刑=実刑】
検察は被告Aを過失運転致死罪で起訴し2年の禁錮刑を求刑、2020年3月23日名古屋地裁岡崎支部は、禁錮1年4月の実刑判決を言い渡しました。
判決理由で裁判官は、「現場は見通しの良い直線道路だったが、被告はスマホの画面に視線を向け、衝突まで被害者に気付かなかった」と指摘し、「少なくとも、約108mの距離を7秒余りにわたってスマートフォンの画面に気を取られながら運転していた事実が認められる。被告も事故の危険性を認識していたのに、ゲームを続けながら運転した。たまたまよそ見をしたといった単純な過失事故とは一線を画し、被告の謝罪や反省を鑑みても刑事責任は相当に重い」と非難しています。
■「前方不注視と事故の関係はあきらか」と判断
被告は一審を不服として、前方不注意と事故との因果関係は認定できないなどとして控訴しましたが、今年8月24日の名古屋高裁の裁判長も、次のように述べて一審判決を支持して、控訴を棄却しています。
「現場は直線道路で視界を遮るものは全くなかった」と指摘。「スマートフォン等に脇見をせず前方や左右を注意していれば容易に事故は回避できた」という認識を示しました。
過失運転の場合は、運転者が反省していて、悪質な行為を繰り返していた再犯者でないかぎり、判決に執行猶予などがつくことも多くみられます。
そこを期待して控訴した面もあると思われますが、スマートフォンのゲームを見ていたという行為が単なる過失では済まないという判断があったと考えられます。
○運転中にスマートフォンを見る危険性を
自覚しよう
なお、被告は一審の被告人質問で次のような供述をしています。
『仕事がうまく行かずに引きこもりがちになった。数年前からポケモンGOを始めたところ、外に出る機会が増え、「もう一度仕事を頑張ろう」という気持ちになった』ということです
また、事故当時は、『運転中に「ちょっとくらいなら」と画面を見てしまったということで、「いまはポケモンGOはやっていない。アプリを削除した」』と話していました。
この当時、被告の場合はスマートフォンのゲームに救いを求めたようですが、最近、ますますスマートフォンを心の拠り所としている人が増えていると言われます。
新型コロナウイルスによる在宅勤務やオンライン会議などが続く中で、スマートフォンは様々な情報入手とコミュニケーションの手段として重要な存在になっているからです。
○増えているSNS等の利用状況
最近になってから日本国内でSNSなどの利用率が上がっているというデータがあります(※)。
2019年6月から2020年5月まで、4つのSNS(LINE、Twitter、Facebook、Instagram)について、アプリのユーザー数の変化を調べたユーザー増加率を見ると、Instagramは直近1年で前年比121%と最も数を伸ばしており、次いでTwitterは115%、LINEは106%など右肩上がりとなっています。ただし、パソコン利用者が多い Facebook のみほぼ横ばいの結果となっています。
(※インターネット行動ログ分析ツール「eMark+(イーマークプラス)」による)
ウイルス感染防止の接触確認アプリ(COCOA)なども導入され、スマートフォンは生活の中で手放せないものになっているだけに、運転中にも「ちょっとくらいなら」と手を出してしまいやすい環境となっている可能性があります。
つい最近も(8月12日夜)、福岡県田川市で女子大生(22歳)が車を運転中にスマートフォンでLINEの着信に返信しようとして、42歳の男性を見落として衝突し死亡させる事故が発生しました。
また、最近公表された国土交通省の事故報告書でも、会社では使用禁止と指導されていたものの、高速道路を走行中に降りるインターチェンジがわからなくなり、スマートフォンの地図アプリを操作していて長時間の脇見運転となり、工事規制現場に突っ込んだトラック運転者の死傷事故事例が報告されていました(大型トラックの衝突事故/岐阜県多治見市)。
このような危険性を自覚し、運転中だけはスマートフォン等の携帯端末を後部座席のかばんの中など、自分の手で触れられない場所にしまうように徹底しましょう。
なお、最近は運転中のスマートフォン使用を停止するアプリなども開発されていますので、必要に応じて導入を検討してください。
●判決日 | ●判決内容 | ●事故の概要 |
神戸地裁 2022年 3月4日 |
禁錮2年4月 (求刑禁錮4年) |
2021年4月13日午後6時50分ごろ、兵庫県丹波市氷上町 の自動車道をスマートフォンの画面を脇見しながら時速70 キロで走行。前方の乗用車に追突し、1人が死亡、4人が重 軽傷を負った。 事故発生現場の1.2km手前から、音楽を再生するため助 手席にあったスマートフォンを時々左手で持って画面の注 視を続けていた。 ──「見通しのよい道路に関わらず事故を起こした責任は 大きく、服役により責任を果たさせるべき」と判示 |
新潟地裁 長岡支部 2020年 7月3日 |
禁錮2年 執行猶予3年 (求刑禁錮2年) |
2019年11月4日、長岡市の信号機付き交差点を右折する 際に、非番の警察署員が横断歩道を渡っていた66歳の男性 を見落として死亡させた。 検察は、スマートフォンのゲームを操作した記録がある ことから「ながら運転」の可能性を指摘したが、被告側は 「事故を通報するため、慌ててスマホを操作した」と主張、 ながら運転を否定した。 ──「被告が注意義務を怠った原因がスマホを操作しなが らの運転にあったとまでは認められない」と判示 |
新潟地裁 長岡支部 2019年 8月7日 |
懲役3年 (求刑懲役4年) |
2018年9月10日、関越自動車道でスマホにわき見して いて、前を走るバイクに速度超過で追突し、バイクの女性 (39)を即死させた。 ワゴン車を運転中にスマートフォンで漫画を読みながら 制限速度を時速約20キロ超過する速度で走行し続けて、事 故の約16秒前(衝突の約444m手前)には前方のバイクを 発見することができはずだったが、実際には衝突直前まで その存在に気づかなかった。 ──不注意とは異なり、「特に危険で悪質な運転」と判示 |
横浜地裁 川﨑支部 2018年 8月27日 |
禁錮2年 執行猶予4年 (求刑禁錮2年) |
2017年12月7日、神奈川県川崎市の歩行者専用道路で スマホを操作しながら電動自転車で走行していた20歳の 女子大生が、わき見運転のため77歳の歩行者と衝突し、 女性が脳挫傷で死亡した。 ──飲み物を持った右手で右ハンドルを握り、左手でスマ ホを操作しながらの危険走行だったが、事故当時時速9.3 キロと比較的低速だったことや、被告の家族が加入する保 険で賠償が見込まれる点などを考慮し「執行猶予つきの判 決が相当」と判示。 |
大津地裁 2018年 3月19日 |
禁錮2年8月 (求刑禁錮2年) |
2017年11月21日、滋賀県の名神高速道路上でスマホに わき見して、乗用車などに追突し4人が死傷した。 トラック運転中にスマートフォンを起動して、運行計画 アプリを立ち上げて出発地の入力操作をした後、スマート フォンを床上に落として、これを拾うなど、約10秒間もわ き見運転をし続けた。 ──「求刑を上回る量刑の判決」で注目された |
名古屋地裁 2017年 5月11日 |
禁錮2年6月 (求刑 禁錮3年6月)
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2016年8月11日、愛知県春日井市でスマホの操作をし ようとして自転車で横断中の女性を死亡させた。 自動車運転中に事故の直前までポケモンGOゲームをし ていたため、充電しようとして、著しい前方不注視の状態 となって、横断歩道上の被害者を見落とした。 ──「単純な過失による事故とは一線を画する」と判示 |
名古屋地裁 一宮支部 2017年 3月8日 |
禁錮3年 (求刑禁錮4年) |
2016年10月26日、愛知県一宮市でポケモンGOゲームを しながらトラックを運転し、信号のない交差点の横断歩道 を渡ろうとしていた下校途中の小4男児を死亡させた。 ──「ゲーム操作を継続して最も基本的な注意義務を怠っ た。過失運転致死の事案として非常に犯情が悪い」と判示 |
徳島地裁 2016年 10月31日 |
禁錮1年2月 (求刑 禁錮1年8月) |
2016年8月23日、徳島市方上町の県道交差点でポケモ ンGOゲームをしながら車を運転し、横断中の女性2人を はねて70代女性を死亡させ、60代女性に重傷を負わせた。 ──「被告が反省の態度を示していることなどを考慮して も、執行猶予は相当ではない」と判示 |
(道路交通法第71条第5号の5の規定に違反した場合の罰則)
携帯電話の使用等
(交通の危険)
携帯電話の使用等
(保持)
携帯電話の使用等
(交通の危険)
携帯電話の使用等
(保持)
2019年12月より非反則行為となり
違反者は反則通告制度の対象外。
罰則が適用される
・大型車 25,000円
・普通車 18,000円
・二輪車 15,000円
・原付き 12,000円
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