■相次ぐ健康起因事故
ドライバーの突然の体調不良が影響した事故が増えています。
昨年末の12月17日午後8時50分ごろ、北九州市戸畑区で74歳のタクシー運転者が運転中に心不全で意識を失い、車が電柱に衝突して運転者と乗客の2名が死亡する事故が発生しました。
また、2021年1月4日午後7時すぎには、東京都渋谷区で73歳の男性が運転するタクシーが横断歩道にいた歩行者6人をはね、49歳の女性が死亡しました。運転者がくも膜下出血などを起こし、意識を失っていたと指摘されています。
さらに、今年2月11日沖縄県浦添市でダンプカーが中央分離帯を越えて対向車線に進入、若い母親と幼子の2人が死亡し、4人が重軽傷を負う多重事故が発生しました。
ドライブレコーダーなどの映像により、運転者は衝突する少し前から意識を失っていた可能性があります。事故の後、病院で運転者は脳内出血していたことがわかりました。
事故原因は調査中ですが、路面状況による影響は考えにくく、車両からも事故を誘発するような故障などは確認されていません。
■7年前の2・4倍に増加
国土交通省は、事業用自動車の運転者が疾病が原因で事故を起こしたり、運転を中断したりしたケースを2013年から2019年までの7年間にわたって分析した結果を公表し、健康起因事故が増加傾向であると警鐘を鳴らしています。
2019年の健康起因による人身事故は23件、物損事故が66件発生し、事故には至らなかったものの運転を中断したケースは238件と合計で327件になり、2013年(平成25年)の2.4倍に増加しています。
また2019年までの7年間に事故を起こしたり、運転を中断したりした運転者は、合わせて1,891人にのぼり、病気の内訳は心臓疾患が15%(275人)、くも膜下出血など脳疾患が13%(253人)、大動脈瘤などが3%(65人)、呼吸器疾患が6%(116人)、消化器疾患が5%(87人)、その他と原因不明が58%(1,095人)でした(詳しくは同省のWEBサイトを参照)。
国土交通省の統計は事業用自動車に限ったものですが、一般の事業所においても、運転者の高齢化がすすみ体調不良に伴う事故が増加する傾向にあることは十分に考えられます。運転者の健康管理を積極的にすすめることが重要です。
■脳ドッグ事業の分析
健康起因事故を防ぐ対策として同省は、事業用自動車の運転者に脳の検診を受けてもらうスクリーニング検査のモデル事業を2018年度から実施していますが、その分析結果も公表しました。
分析によると、2019年にモデル事業に協力した運転者4,068人のうち、脳検診や精密検査で動脈瘤など「緊急性の高い異常な所見あり」とされた人は27人いました。
事業者が運転者の業務を近距離運行や別業務に変えるなど制限や配慮をしたケースが9件、受診指導や定期的な面談をしているケースが14件ありますが、残る4件について対応していないという結果でした。
「緊急性はないものの異常な所見あり」とされた人は200人いて、このうち53%(107人)は受診から半年以内に精密検査を受けましたが、42%(83人)は検査を受けていません。
また、2018年度から追跡調査をしている人では、「緊急性はないものの異常な所見あり」とされた人97人のうち36%(35人)は、受診からおよそ1年半がすぎても精密検査を受けていませんでした。
同省では、脳ドッグなどの取組みは運転者の意識向上や会社の健康管理の取組み増進につながると評価する一方、診断結果を受けての対応が容易ではなく、従業員の受診管理が難しいなどの問題点があると課題を指摘しています。
■図は「自動車運送事業者への脳健診普及に向けたモデル事業の結果」国土交通省より
脳ドッグなどで初診の検査結果が「異常所見=緊急性あり」の場合は、精密検査などへの受診割合は高いのですが、一方で「異常所見=緊急性なし」では5割程度に落ちてしまいます。さらに、「異常所見の疑いあり」では、何らかの対応をした事業者は5%にしかすぎません。
事業者が対応できない原因として同省のアンケート調査が参考になります。事業者の回答では
などが上位を占めています。
脳ドッグや心臓の精密検査など、定期的な健康診断とは別にMRIを実施したり医師への受診を促す活動を運転者とともに続けていくのは容易ではありません。しかし、貴重な運転者という人材を守るためには、必要な予算をとって健康管理について真剣に取り組むことが重要です。
全日本トラック協会では、積極的に従業員の健康管理に取り組んでいるトラック運送事業者の優良事例を紹介した、『健康職場づくり-事業者訪問』シリーズを発行しています。
(※資料PDFの入手先は → こちら)
資料などに掲載された他社の実践具体例を参考にすれば、自社の健康経営を伸ばすヒントが見つかると思われます。
以下、その一部を紹介します。
■脳梗塞事例を契機に改善
(車両37台/運転者36名)
■従業員全員の健診結果を「見える化」
(車両50台/運転者35名)
■PCネットワークによるIT健康指導
(車両300台/従業員415名)
新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、健康診断への受診控えが進み、2020年1月~9月の全国の受診数(約1400万人)は前年(2100万人)に比べて33%も減少しています(日本総合健診医学会と全国労働衛生団体連合会の共同調査による)。
冒頭で紹介した戸畑区のタクシー運転者事故は、担当医への事情聴取で運転者に心疾患の持病があったことが判明しています。さらに運転者の死亡を確認した医師が「衝突前に心不全で意識を失った」と診断していて、持病の悪化が事故につながったとみられます。
運転者が勤務していたタクシー会社によると、会社は持病を把握しておらず事故当日の点呼では「健康に異常はない」と答えていました。ただし例年9月に実施する健康診断は新型コロナの影響で延期していたそうです。このため持病の悪化が見過ごされた可能性があります。
心電図健診で不整脈がみつかる人の中に「心房細動」があります。症状は個人差があり、脈が飛ぶ、息苦しいなどの自覚症状はない人もいますが、放置すると脳梗塞など重要な脳の病気につながることもあり、注意が必要です。
脳梗塞は動脈硬化によって起こる、あるいは脳健診で発見できると考えがちですが、心房細動により心臓の中の血液がよどんで血栓ができやすくなります。この血栓が脳に流れていって脳の血管に詰まることで、脳梗塞を引き起こす場合も少なくありません。
不整脈のある方は心房細動の精密検査を定期的に受けて、必要に応じて血栓をできにくくする薬剤を服用するなど、適切な治療を受けることが求められています。
また血糖値の高い人の脳梗塞リスクも健康な人の2~4倍と言われ、糖尿病の方は血糖値の管理のため継続的な受診を怠らないことが重要です。
【外部サイト・参考ページ】
この記事は以下のサイトを参照にしました。
・国土交通省「事業用自動車健康起因事故対策協議会 資料掲載ページ」
・全日本トラック協会『「健康職場づくり」事業者訪問part2』を作成
・日本総合健診医学会「新型コロナ感染拡大による健診受診者の動向と健診機関への影響」
【当サイト・参考記事】
・バスドライバーの健康管理をテーマに講習会を開催(取材レポート)
・トラックドライバーの健康管理をテーマにセミナーを開催(取材レポート)
・薬剤は車の運転にどのような影響を与えるか?(取材レポート)
・健康起因事故防止のために健康管理の徹底を(運行管理者のための知識)
・プロドライバーの健康起因事故は決して少なくない(運行管理者のための知識)
・確実ですか? 朝礼・点呼・健康観察(危機管理意識を高めよう)
・健康管理を徹底していますか?(危機管理意識を高めよう)
・従業員の健康問題についての指導(安全管理法律相談)
・事故に結びつく健康リスクを意識しよう──高血圧の危険(特集記事)
本チェックテストは、日頃の健康管理を振り返り、48に質問に「ハイ」「イイエ」で答えていただくことで、どの程度、安全運転に必要な健康管理ができているかを簡単に知ることができる自己診断テストです。
具体的な健康管理の弱点を知ることができますので、自身の健康を守り安全運転に活かしていただくことができます。