物流会社で働くドライバーです。弊社ではコロナ禍にも関わらず、感染対策に積極的でなくカウンターに消毒液が置いてある程度です。その消毒についても、事業所でルールを定めるでもなく、個人の裁量に任されています。私一人が丁寧に感染対策をしても、周囲の人間が感染対策をしなければ意味がありません。このような場合、私は事業所の管理責任を問えますか?また新型コロナウィルスに感染したときには、労働災害保険の対象になるでしょうか?
まず、事業所で働く従業員が新型コロナウィルスに感染した場合には、それが業務に起因して感染したものであると認められる場合には、労働者災害補償保険(いわゆる労災保険)の給付の対象となります。
給付対象とされる場合には、生じた損害の内容に応じて療養補償給付、休業補償給付、遺族補償給付などが給付されることになります。
労災保険が給付されるためには、業務と災害との関連性(業務起因性)があることが必要です。しかし新型コロナウィルスの感染の場合、必ずしも感染経路が判明しないような場合もあります。
厚生労働省によれば、このような場合でも、複数の感染者が確認された労働環境下での業務、顧客等との接触の機会が多い労働環境下での業務など、感染リスクが高いと考えられるような業務に従事していた場合には、潜伏期間内の業務従事状況や一般生活状況を調査し、個別に業務起因性を判断するとしています。
ただし、事業所の業務に起因して労災が生じたら常に事業所自体が責任を問われるという訳ではありません。不可抗力による事故などにまで事業所の責任を認めることはできないためです。
故意または過失により、他人の権利を侵害した場合は、又は法律上保護される利益を侵害した場合は、その損害を賠償しなければなりません。事業所も社会的に実在する者であり、故意や過失で他人の権利を侵害等した場合には、不法行為責任を負います。
労災が生じた場合でも、事業所の故意や過失が認められ、それによって労災が生じたといえるのであれば、事業所が責任を負うことになります。
なお、同責任を問うためには、損害の内容や因果関係、事業所の過失などを請求者(従業員側)が証明する必要があります。
また、事業所に安全配慮義務違反行為があり、それが原因で労災が発生した場合には、事業所の責任が認められる場合があります。
これは、事業所が従業員の生命や身体等を保護すべき義務を怠ったことによる債務不履行責任です。
労働契約法5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と規定されています。
安全配慮義務は、「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきもの」(昭和50年2月25日判決)として判例等で認められています。
雇用関係においても、「事業所は労働者が労務提供のために設置する場所、設備もしくは器具等を使用しまたは使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負う」(最判昭和59年4月10日判決)とされてきました。
同法同条の規程は、これらの判例や実務に沿う形で安全配慮義務を明文化したものと解されます。
また、労働安全衛生法3条1項では、「事業者は、単にこの法律で定める労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない。また、事業者は、国が実施する労働災害の防止に関する施策に協力するようにしなければならない。」と規定し、労働者の保護を図っています。
このように、事業所は従業員の生命、身体等の安全を確保すべき義務を負っています。
具体的には労働条件を適正に保ったり、メンタルヘルス対策も含めて労働者の心身の健康状態を把握し、健康管理に努めたり、労働者の心身の状況に応じた業務配置を行ったり、病気や怪我をした場合に適切な看護や治療を行ったりする義務があるといえます。
以上のような安全配慮義務の違反があり、それによって労災事故が発生した場合には、事業所は損害賠償の義務を負うことになります。
なお安全配慮義務違反の場合でも、事業所の安全配慮義務の内容を特定し、事業所にその違反があったことについては、従業員側で主張して証明する必要があり、立証の負担は不法行為の場合とあまり変わらない面があると言われています。
また、事業所は契約その他の債務の発生原因及び、取引上の社会通念に照らして事業所の責めに帰することができない事由であることを証明すれば責任を免れます。
以上のように、事業所には従業員に対する安全配慮義務がありますので、新型コロナウィルスについても、業務を行うに当たっての感染防止策等を十分に行う必要があります。
質問のような場合、事業所に対して感染防止策を徹底するよう求めることは可能です。
ただ、上記のとおり感染について従業員が事業所の責任を問う場合には、事業所の故意又は過失、あるいは安全配慮義務違反の内容や因果関係について、従業員側で立証する必要があるといえます。
この点現在のように、一般社会にウィルスが存在し、日々感染者が出ているような状況においては、いつ、どこで、どのような原因で感染したかについての立証や、事業所がどのような義務違反を行い、どのような因果関係があるかについての立証は困難なことが多いと思われます。
現状で事業所の責任が認められるのは、例えばいわゆる3密のいずれかが生じるような業務環境の下、事業所が感染防止策をほとんど採っておらず、さらに職場でクラスターが発生しているにもかかわらず何の措置も採らないことにより被害が拡大したような場合など、少なくとも事業所の義務違反の内容と、感染の因果関係が明らかといえるような事情が必要と考えられます。
(執筆 清水伸賢弁護士)