前回に引き続き、運転者のストレスについて考えます。今回は道路で運転中のストレスでなく仕事のストレスについてです。
10月の第1週は「全国労働衛生週間」ですが、ストレスチェックなどメンタルヘルス面での調査を実施した会社も多いと思います。事業所のドライバーのメンタル面はどうでしたか?
厚生労働省の発表によると、仕事の強いストレスなどが原因でうつ病などになったとして令和2年度に労災と認められた人が608人いることがわかりました。
前年度より99人増えて1983年度に調査を始めてから最も多くなっています。
業種別の内訳はコロナ禍の影響もあり、「医療、福祉」が最も多く148人、次いで「製造業」100人となっていますが、「運輸業・郵便業」は「卸売業・小売業」と並んで3位の63人と決して少なくありません。
認定の理由は、全体では「上司などからのパワハラ」が99人と最も多く、「悲惨な事故や災害の体験」が83人、「職場でのいじめや嫌がらせ」が71人、「仕事量や内容の大きな変化」が58人などとなっています。
トラックやバスのドライバーが適応障害、うつ病などで労災認定される事例でも、単に労働時間が長くて心身のストレスが高いというだけでなく、先輩や上司からのパワーハラスメント、セクシャルハラスメントなどが原因となっているケースがあります。
【運転者同士による執拗な電話攻撃】
最近、運送業でも増えてきた女性ドライバーですが、ある新人トラックドライバーの適応障害事例では、先輩の執拗な電話攻撃に心身のバランスを崩してしまった例があります。
ドライバー同士、電話で連絡し合う必要性があるので、電話をすること自体は禁止されていませんでした。
ところが、指導的立場の先輩男性ドライバーは、新人女性ドライバーに対して1日中電話で会社の上司や同僚の悪口など業務とは関係ない話を聞かせてストレスを発散していました。
運転中に電話に出ることを強要したり、ライン等のSNSへの返答を強要していると、安全運転を阻害する恐れがあり重大事故にも結びつく恐れがあります。
この事例では、他の新人も被害にあっていたため会社に情報がもれ管理者が調査したところ、先輩ドライバーとそのグループから女性ドライバーが逆恨みされて個人攻撃にさらされます。「女が生意気を言う」という意識があったものと思われます。
そうした経緯で精神が追い詰められて、自律神経失調症と不安障害を発症し、業務を休まざるを得ない状況に追い込まれたのです。
【「教育」の名のもとにいじめ行為】
ある市バスの事業所で、上司が運転者に対してパワーハラスメントを行い、バスドライバーが自殺した事例があります。
この上司は約4か月もの間、ドライバーが身に覚えのない乗客からの苦情を指摘したり、添乗指導で「葬式の司会のようなアナウンスをやめるように」といった教育を行っていました。
さらに、他のドライバーが原因となった乗客転倒事故の調査でドライバーは上司に「事故を起こしたことはない」と伝えましたが、上司は拙速な処理でこのドライバーを警察へ出頭させ、車内事故の届け出を促しました。
ドライバーがこれらの心理的重圧でうつ病を発症し自殺したことから、遺族が市バス側を安全配慮義務違反で提訴、地裁が6,300万円の損害賠償を命じる判決を言い渡しました。
乗客とのトラブルは、バスドライバーにとって最も心理的なストレスが大きいといわれています。会社が盾になってくれないと感じると、ショックはより大きくなります。
この事例のように間違った措置がまかりとおるようでは管理者失格です。思込みや好き嫌いで判断しないで、日頃から現場の正しい情報を公平に集めるよう努めましょう。
【長時間労働のストレスからパワハラ】
ある大手物流会社の下請けをする中小事業所で、先輩が部下に暴行や暴言を行ったため、精神疾患や怪我を負い、労働基準監督署が労災認定をした事例があります。
ある新人ドライバーが先輩に翌日の業務連絡をしようとしたところ、忙しくて電話がつながらず、会社の事務所にいる上司へ電話で先輩への伝言を依頼しました。
しかし、先輩は上司への伝言を告げ口と勘違いして「てめえ、何上司にチクってんだ。オラァ」と帰社後の後輩に詰め寄って背中をトラックへ叩きつけるなどの暴行を行い、同僚が止めに入らなければ、大怪我になる恐れもありました。
この事件のショックで、新人は心身の不良から休職をせざるを得なくなり、全治2週間の怪我で警察署に被害届を提け出ました。その結果、先輩は起訴され罰金刑が確定しましたが、結局、社内では先輩におとがめがなかったので、新人ドライバーが孤立して退社を余儀なくされました。
このような職場のパワーハラスメントが深刻になる要因の一つは、過剰な長時間労働によるストレスの蓄積ではないかと分析されています。さらに、先輩や上司のパワハラを直訴することで被害者のドライバーが孤立してしまうような企業風土にも問題があります。
職場のパワハラ・セクハラが見逃されることがないように、管理者は日頃から現場にアンテナを張っておくことが大切です。
職場のパワーハラスメント(パワハラ)とは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や⼈間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・⾝体的苦痛を与える⼜は職場環境を悪化させる⾏為をいいます。パワハラは運転者に大きなストレスを与えます。
以下のような行為が職場で見過ごされていないか、チェックしましょう。
(下表は、厚生労働省作成の研修資料「職場でのハラスメントの防⽌に向けて」より引用)
パワハラの行為類型 | 典 型 例 |
①身体的な攻撃(暴行・傷害) |
・ 叩く、殴る、蹴るなどの暴行を受ける。丸めたポスターで頭 を叩かれる。 |
②精神的な攻撃(脅迫・名誉毀 損・侮辱・ひどい暴言) |
・同僚の目の前で叱責される。他の職員を宛先に含めてメールで 罵倒される。必要以上に長時間にわたり繰り返し執拗に叱る。 |
③人間関係からの切り離し (隔離・仲間外し・無視) |
・1人だけ別室に席を移される。強制的に自宅待機を命じられる。 送別会に出席させない。 |
④過大な要求(業務上明らかに 不要なことや遂行不可能なこと の強制、仕事の妨害) |
・新人で仕事のやり方もわからないのに、他の人の仕事まで押し つけられて、同僚は、皆先に帰ってしまう。 |
⑤過小な要求(業務上の合理性 なく、能力や経験とかけ離れた 程度の低い仕事を命じる、仕事 を与えない) |
・運転者なのに営業所の草むしりだけを命じられる。 ・事務職なのに倉庫業務だけを命じられる。 ・優秀な営業マンなのにシュレッダー専用係をさせられる。 |
⑥個の侵害(私的なことに過度 に立ち入ること) |
・交際相手について執拗に問われる。妻に対する悪口を言われる。 出身地域などへのヘイト攻撃を受ける。 |
職場のセクシュアルハラスメント(セクハラ)とは、職場における性的な言動に対する他の従業員の対応等により その従業員の労働条件に関して不利益を与える行為、または性的な言動により他の従業員の就業環境を害する行為をさします。以下のような行為が職場で見過ごされていないか、チェックしましょう。
(下表は、厚生労働省資料「「職場におけるセクシュアル・ハラスメント対策について」より作成)
セクハラの行為類型 | 典 型 例 |
①性的な言動 |
・性的な事実関係を尋ねる ──恋愛相手/婚約者/配偶者との関係なども含む ・性的な情報(噂)を流す ──相手の容姿・体型、服装、異性交友の情報など ・性的な冗談、からかい──「胸大きいね」などと言う ・食事、デート、遊技店への同行などの執拗な誘い ・個人的な性的体験談などを話す行為 |
②対価型セクシュアル ハラスメント |
・上司が部下に個人的付き合いを求める → 拒否される → → 部下に不利益な配置転換 ・出張中などに身体的接触 → 抵抗すると → 仕事で嫌がらせ ・上司が公然とセクハラ発言 → 部下が抗議すると → 降格処分に |
③環境型セクシュアル ハラスメント |
・職場で他の社員の身体をたびたび触るのを黙認 → やる気が 著しく低下する ・休憩所内にヌードポスター等を掲示 → 苦痛を感じて、女子 がその部屋に入れない ・パソコンのスクリーンセーバーにヌード画像を使用 → 不快で 業務に支障が生じる |
④性差別型 ハラスメント |
・女性運転者や女性事務職にだけお茶くみを要求する ・「女性にはできない仕事だ」「男のくせに、女のくせに」と言う ・女らしさを強調し「職場の華」などと一方的に決めつける |
この記事は以下のサイトを参照にしました。
・令和2年度「過労死等の労災補償状況」/厚生労働省
・メンタルヘルスの管理に悩んでいます(安全管理法律相談)
・運転者のストレスに配慮していますか(危機管理意識を高めよう)
生活や業務の中で生じるストレスとの付き合い方がうまくいかないと、イライラしたり身体にも不調が現れ、事故やトラブルの遠因となるなど、日常的に様々な悪影響が出てきます。
その一方で、ストレスにうまく対処し付き合っていくことで、やる気を取り戻し、心身への負担を軽くすることも可能です。
本冊子では、ストレス構造の仕組みを知るとともに、仕事やプライベートで感じやすい6つの代表的なストレス要素について、ストレスにうまく対処し、付き合っていく方法を学ぶことをねらいとしています。(監修:金光義弘川崎医療福祉大学名誉教授)