意識喪失による交通事故の責任

近年、意識喪失による交通事故が目立つようになりました。このような事故を防ぐには、運転者の健康管理が重要なのは分かっていますが、費用の関係上、意識喪失に関係がある脳の検査までは手が回っていません。万が一、意識喪失による事故が発生した場合、事業所による健康管理の有無でどれくらい責任が変化するのでしょうか?

■運転者の意識喪失による交通事故の責任

 自動車の運転中、突然疾患が生じたり、意識を喪失する症状の持病の発作が出たりして、ブレーキ操作等が出来ずに交通事故が起きる場合があります。

 

 このような事故の場合、運転者本人に意識がなく、危険回避の行動が一切出来ないため、大きな被害が出ることもあります。

 

 このように、自動車の運転中に運転者が精神上の障害で意識を失うなどして事故を起こした場合には、民法713条の適用が問題となります。

 

 同条本文は、「精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。」と規定しており、精神上の障害で意識を失ったような場合、原則として運転者は損害賠償責任を負いません。

 ただし、同条但書は、「ただし、故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りでない。」と規定し、そのような状態に陥ったことに故意又は過失があった場合には、運転者に責任が認められるとされています。

 

 意識を喪失したことが原因で生じた事故も、その態様はいろいろですが、例えば突然のくも膜下出血や心臓麻痺のように、運転者を始め誰も予想できなかったような疾患が生じた場合には、運転者の責任は認められません。

 

 他方、例えば意図的に大量の飲酒や薬物の摂取をしたために意識障害が生じたような場合や、持病があり、正しく服薬をしなければ意識を喪失するような症状が出る場合があることを分かりながら、服薬せずに症状が出てしまったような場合には、責任が認められることになります。

■会社の責任

(1)使用者責任

 従業員が会社の事業の執行中に交通事故が生じた場合、会社は民法715条により使用者責任を負います。

 

 ただし、被用者(従業員)に不法行為責任が認められない場合にまで使用者責任だけが認められるものではありません。

 

 上記の民法713条本文で運転者個人の責任が認められないような場合には、会社の使用者責任は認められないことになります。

 

 他方、同条但書の適用があり、運転者本人に責任が認められる場合には、会社には使用者責任が認められます。

(2)運行供用者責任

 しかし、運転者に民法713条本文の適用があり、使用者責任を会社が使用者責任は負わないとされる場合でも、運行供用者責任(自動車損害賠償保障法3条)については、会社はその適用を免れないとするのが裁判例です(東京地方裁判所平成25年3月7日判決、釧路地方裁判所平成26年3月17日判決など)。

 

 そのため、会社が同責任を免れるためには、運行供用者責任の免責事由が必要であり、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があったこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかったことを証明する必要があります。

 

 運行供用者責任の免責事由を証明することは相当難しいことが多いですが、少なくとも会社としては、従業員の健康状態を把握し、その対策を十分採っていたといえる事情がなければならないといえます。

■事業所における健康管理

 運行供用者責任は被害者保護の観点から認められているものであり、会社が健康管理をしていても会社の責任が認められる場合は多いといえます。

 

 しかし、必要な健康管理をしていなければ、より会社の責任は認められやすくなります。

 

 労働安全衛生法にも健康診断等、会社が行うべき従業員に対する健康管理の内容が定められており、会社はその内容を遵守する必要があります。

 

 またそもそも、従業員の健康管理は、事故が生じた場合の責任の軽重の問題という観点よりも、従業員の健康、安全を確保し、事故の発生自体を未然に防止する、リスクマネジメントの観点から非常に有用なものですので、会社としては積極的に対応すべきといえます。

 

 会社として、定期的な健康診断や、各従業員の持病や治療状況、服薬状況等の把握も可能な限りしておくべきです。

 

 内容は各都道府県によって異なりますが、各トラック協会においても、従業員の一定の健康診断や、脳MRI検診、脳ドッグ、心臓(心血管)ドッグなどを受診する場合の費用の一部を助成する制度がありますので、会社としてはそのような制度も有効に利用すべきでしょう。

執筆 清水伸賢弁護士)

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