道路交通法施行規則の改正により、令和4年4月から安全運転管理者選任事業所でも、酒気帯びチェックが強化され、点呼の実践化(※)がすすむと考えられます。
運行前に運転者の状態を確認する上で、酒気帯びのチェックと並んで重要な点は睡眠不足のチェックです。
というのは、運転にとって「睡眠不足は飲酒運転に匹敵するほど危険」と言われ、
事故のリスクが非常に高まるからです。
このため、国土交通省は2018年に省令を改正して、点呼時のチェック事項として酒気帯び、疾病・疲労とともに、「睡眠不足により安全な運転をすることができない恐れの有無」を追加し、睡眠不足の運転者は乗務させないように指導してきました。
しかし、依然として職業ドライバーの睡眠不足による事故は少なくありません。これはとくに、コロナ禍を経てトラック物流などの人手不足、長時間労働の改善がすすんでいないこととも関係しています。
白ナンバー青ナンバーを問わず、運転者の点呼業務がすべての事業所で実践される時代を迎えたことを契機に、アルコール濃度チェックと並んで、運転者の睡眠不足や疲労・疾病の有無などをきちんとチェックする体制を整えておきましょう。
飲酒運転に匹敵する危険度
米国の自動車協会(AAA)交通安全基金が2016年12月にまとめた運転者の睡眠時間と事故との関係を調べた調査研究によると、7時間以上の睡眠をとっている運転者の場合と比べて、睡眠時間が6時間未満~5時間と1~2時間少ないだけで運転者が交通事故を起こす危険が約2倍に増加するということです。
さらに、睡眠4~5時間では4.3倍に急増し、4時間未満の運転者では、なんと11.5倍の事故リスクがあることがわかりました(*1)。
調査を実施した研究者は「5時間以下の睡眠で運転することは飲酒運転の危険性に匹敵する」と結論づけて、運転にとっていかに前夜の睡眠が重要かを強調しています。
居眠運転の危険は公式統計よりはるかに高い
また、AAAがその後に眠気と事故の関連性を調べた別の継続的な研究(2018年)では、700件の衝突事故から採取した車載カメラ映像をもとに運転者の衝突3分前における顔の表情などを分析したところ、衝突事故全体の9.5%、重大な損害をもたらした事故の10.8%に眠気が関与していると判断できたそうです。
分析に携わった研究者は、「居眠運転の危険性が、公式な推定値よりはるかに高いことが確認された(米連邦政府推計では眠気は事故の1〜2%に関与)」と強調しています(*2)。
(*1 AAAFTS Report: Acute Sleep Deprivation and Risk of Motor Vehicle Crash Involvement)
(*2 AAAFTS Report: Drowsy Driving: Don’t Be Asleep at the Wheel /PDF本文)
5人に1人が事故の危険を経験
総合人事・人財サービスを展開するアデコが、全国のトラックドライバー400人(長距離運転者200人、短距離運転者200人)を対象にした働き方に関する調査によると、全体の約20%の人が睡眠不足や疲労が原因で「事故を起こしたりその危険があった」と回答しています。
調査によると、「体を休める十分な睡眠や休憩の時間を取れていると思うか」という質問に、トラックドライバーの約44%が「取れていない」と回答しています。
さらに、「取れていない」と答えたドライバーのうち、約5割が「睡眠不足や疲労が原因で事故を起こしたこと、もしくは起こしそうになったことがある」と回答しています。これは全体で2割強の割合となります。
5人に1人のドライバーが、睡眠不足などで事故の危険にさらされていることになります。
自動車運送事業のドライバーは改善基準告示の特例により、休息期間が8時間以上あれば、次の業務につくことができます。しかし、実際に8時間の休息では5時間の睡眠をとるのが精一杯で、自宅への通勤や食事・入浴時間等をひくと、3時間程度しか眠れない運転者も少なくありません。
眠気を我慢して居眠死傷事故を起こす
2019年6月13日午後1時10分頃、滋賀県竜王町の名神高速道路で、大型冷凍車が居眠運転のため渋滞中の乗用車などに追突して3台が巻き込まれ、3人が死亡、3人が重軽傷を負う事故が発生しました。
運転者は事故の15分ほど前に眠気を感じたものの、すぐ目前のPAで休憩せずに「少し先のよく知っているPAまで頑張って休憩しよう」と考えながら運転し続けているうちに、単調な状態で居眠運転に陥ったものとされています(国土交通省の事業用自動車事故調査委員会報告書による)。
この事故の背景としては、
などの問題点が同省の調査委員会より指摘されています。
また、午後の眠気を生じやすい時間帯であったことも、居眠運転事故の発生に関係していると分析されています。
国土交通省は、貨物自動車運送事業輸送安全規則・旅客自動車運送事業運輸規則などの省令を2018年6月に改正し、トラックやバス・タクシー運転者の乗務禁止事項に「睡眠不足」を追加し、点呼時の確認報告事項にも「睡眠不足」を明記しました。
【確認のポイント】
自家用自動車の点呼項目には、上のような睡眠不足を明記した規定はありませんが、十分な睡眠がとれているかを確認することは極めて重要です。
■睡眠時間が「何時間必要」という基準はない
睡眠時間が何時間あれば十分かは個人差があるため、睡眠時間が一定以下であった場合は乗務させてはならないなどといった基準は、事業用自動車に対しても規定されていません。
そこで、国土交通省では、「運転者からの申告の他、運転者の顔色、仕草、話し方も含めて普段の様子と違うところがないか等、総合的に確認してもらうことが重要」とアドバイスしています。
■6~7時間睡眠をとるように指導しよう
一方で同省の「指導実践マニュアル」では、従来から6~7時間以上の連続した睡眠をとるよう指導することを推奨していますので、このあたりが一般的な指導のラインといえます。
→ 詳しくは国土交通省のWEBサイトを参照
■「短めの仮眠」や早めの休憩を指示する
明らかに睡眠不足の様子が見て取れ「危険」を感じる運転者を乗務させることができませんが、安全な運転ができないとまでは言えない場合は、昼食後の20分~30分以内の仮眠や、早めの小刻みな休憩を指導しましょう。早めの休憩や短い仮眠をとることで眠気を解消できる場合があり、事故を未然に防ぐことができます。
ただし、30分以上の少し長い仮眠をとった場合は覚醒直後に「睡眠慣性」という状態に入って再び眠りに入ろうとする状態が現われて、かえって居眠り運転を引き起こしてしまう危険があります。そこで、目が覚めた後、強い光を浴びて十分に眠気を覚ます体操をするなどの注意が必要になります。
■「勤務間インターバル」の観点から、睡眠時間の確保に努めよう
なお、我が国では個人的な理由ではなく、前日の残業など業務の都合から睡眠不足が誘発されるケースが少なくありません。EUなど欧米先進国では「勤務間インターバル」規制があり、原則として前日の業務終了から11時間未満の勤務を認めていません(日本では努力義務*)。
つまり、欧米では前日23時まで残業した人の業務開始時間は10時以降ということになります。必要なインターバルを取らないと、睡眠時間が十分にとれないという実態を踏まえたものです。事業所の運転者が残業し帰宅が遅くなった場合は、翌日の出勤時間を繰り下げる体制づくりが必要です。
(*平成30年6月29日に成立した「働き方改革関連法」により「労働時間等設定改善法」が改正され、平成31年4月から勤務間インターバル制度を導入することが事業主の努力義務となりました)
●下図は、厚生労働省のバス運転者に対する調査から引用しました。休息時間が8時間を下回る運転者の場合、63.2%の運転者が5時間以下の睡眠しかとれていません。また9時間以下でも、50%の運転者が十分な睡眠をとれていないことがわかります。
・改善基準告示の見直しについて(参考資料)/自動車運転者労働時間等専門委員会バス作業部会
道路交通法施行規則には、安全運転管理者の業務として以下の9項目が定められています。5項目目に「点呼」も挙げられていますが、事業用自動車のように、定められた点呼義務等について違反しても罰則や行政処分が規定されているわけではありません。
このため、安全運転管理者選任事業所のなかでは、実態として点呼を毎日行わない事業所が少なくないと考えられますが、今回、酒気帯び確認とその記録が義務化されましたので、業務運転中の飲酒事故等が発生した場合は、警察から事業所に対してチェック記録の捜査が入ることになります。
点呼やアルコールチェックをしていなかったことが判明すると、厳しい社会的な批判を受けることは必至ですから、今後は点呼を行う事業所が増えて実践化が進むことが期待されています。
●安全運転管理者の業務(道路交通法施行規則 第9条の10──2022年4月1日施行)
1・運転者の適性等の把握──運転者の適性、技能及び知識並びに運転者が法令の規定等を遵守しているか把握するための措置をとる
2・運行計画の作成──最高速度違反、過積載、過労運転、放置車両等の行為の防止、その他安全な運転を確保するために自動車の運行計画を作成する
3・交替運転者の配置──長距離運転又は夜間運転となって、疲労等により安全な運転が継続できないおそれがあるときは交替するための運転者を配置する
4・異常気象時等の措置──異常な気象、天災その他の理由により、安全な運転の確保に支障が生ずるおそれがあるときは、運転者に安全確保に必要な指示その他安全な運転の確保を図るための措置を講ずる
5・点呼、日常点検、運転者の状態把握──運転しようとする運転者に対して点呼を行う等して、日常点検整備の実施及び過労、病気その他の理由により正常な運転をすることができないおそれの有無を確認し、安全な運転を確保するために必要な指示を与える
6・酒気帯び有無の確認──運転しようとする運転者及び運転を終了した運転者に対し、酒気帯びの有無について、当該運転者の状態を目視等で確認する(新設*)
7・酒気帯び確認の記録と保存──前号の規定による確認の内容を記録し、及びその記録を1年間保存する(新設*)
8・運転日誌の備付、記録──運転者名、運転の開始及び終了の日時、運転した距離その他運転状況を把握するため必要な事項を記録する日誌を備え付け、運転を終了した運転者に記録させる
9・安全運転指導──運転者に対し、自動車の運転に関する技能、知識その他安全な運転を確保するため必要な事項について指導を行う
(*改正道路交通法施行規則 2021年11月10日改正/2022年4月1日施行)
この記事は以下のサイトおよび文献を参照しました。
・道路貨物運転手を対象にした働き方に関する調査/アデコグループwebサイト
・Acute Sleep Deprivation and Risk of Motor Vehicle Crash Involvement(PDF)/AAA.org
・Drowsy Driving: Don’t Be Asleep at the Wheel(fulltext,PDF)/AAA.org
・事業用自動車事故調査委員会・公表済みの報告書/国土交通省
・睡眠不足に起因する事故の防止対策を強化します/国土交通省
・「睡眠不足」の有無を点呼確認項目に追加(運行管理者のための知識)
・マイクロスリープの危険(「居眠り事故防止策」の講演・取材レポート)
・事故に結びつく健康リスクを意識しよう⑦ ──睡眠の重要性(特集記事)
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点呼は運送事業者の義務であり、事業存続の生命線といわれますが、いざ、ドライバーと向き合ったときに何を話せばいいのか、戸惑う管理者も少なくありません。
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