先日、弊社の従業員が運転中、クラブの試合に向かう途中の中学生に接触し重傷を負わせました。中学生は15名ほどの集団で歩行していましたが、顧問の引率がありませんでした。このような場合、教育委員会を所管する自治体や国に対して、責任を問えるでしょうか?
交通事故が生じた場合、一般的には加害車両の運転者が被害者に対して損害賠償責任を負います。不法行為を行った者が、被害が生じた者に対してその損害を賠償する責任を負うのが基本です。
ただし、事故の発生について、公平の見地や被害者に対する損害賠償を充実させるためや、第三者の行為が原因となって事故が生じたような場合には、第三者の責任を認めるような場合もあります。
第三者の責任が実際の紛争等で主張されることが多いのは、使用者責任や運行供用者責任です。これらの責任は、法律で責任を負うことが定まっており、業務や運行によって利益を生じている主体に、損害も負担させるという公平の見地、及び被害者保護の観点から認められているといってよいものです。
その他に、第三者の行為によって事故が生じたといえるような場合には、第三者に対する損害賠償責任や、被害者側の過失として問題となる場合がありえます。
質問のような場合、中学生が引率の顧問もおらずに集団で歩行していたとしても、交通ルール等を守っているのであれば、加害車両が責任を負うことは明らかです。
しかし、その集団の歩行態様が道一杯に広がったり、突然道を横切ったりするなど、交通ルールに違反するような行動が事故の一因となった場合に、その中学生の責任はもちろん、公立中学校の場合、その活動において安全指導や必要な対応がなされていなかったとして、自治体や国の責任を問うことはできないかというものと思われます。
質問事例では、結局歩行者に接触して重傷が生じていますので、運転者が責任自体を免れることは考えにくいのですが(歩行者が危険な行動をしていたとしても、運転者が走行を続けて事故が生じたといえますので、運転者の責任自体は認められると考えられます。)、歩行者も危険な行動について過失割合で考慮されることは考えられます。
急な飛び出しや、信号無視などがある場合には、相当程度の過失相殺がなされることになります。
また、歩行者とは接触していないが、例えば集団で行動していた歩行者の危険な行為によって、それを避けるために他車との接触事故が生じたとか、避けるためにバイクが転倒して運転者がケガをしたなどの場合には、当該歩行者、及び指導すべきだった自治体等の損害賠償責任を検討すべき場合もありえます。
このうち、運転者の歩行者に対する不法行為責任が認められ、歩行者の行動は過失相殺の対象として検討されるような場合には、運転者から自治体等の第三者の責任を追及することは難しいと思われます。
例え自治体等に落ち度が認められたとしても、指導が不適切だったため損害が生じた、という主張は、運転者の過失を減じることはほとんどないといえますし、結局被害者側の過失として具体的な歩行者の行動において過失相殺で検討されうるものといえます。
そのため、質問のような事例で、運転者から自治体等の責任を追及することを検討するのは、まず前提として、歩行者に運転者に対する損害賠償責任が認められるような場合、すなわち運転者に対する不法行為責任が成立する場合でなければ難しいといえるでしょう。
このような、歩行者が運転者に対して不法行為を行ったといえる場合には、学校の指導等に原因があるとして責任追及することが考えられ、学校の指導と歩行者の行動、及び損害の発生との間に因果関係が認められれば、損害賠償責任を追及できることも考えられます。
しかし、質問のような事例で自治体等の責任が認められるためには、当該事故が発生した際の具体的な状況や指導の内容等を検討し、顧問の教師が同行すべき義務を負うかどうか、当該事故の発生などの危険を予見できたかなど、種々の事情を考慮した上で、顧問の教師や学校、自治体等に義務違反行為が認められる必要があります。
そして同行為と損害との相当因果関係が認められなければなりません。また中学生であれば、通常は交通ルールを守るべきことは知っており、顧問の教師等が同行しなければ過失があるとまでは言いにくいと思われるため、実際に責任が認められるのは困難ではないかと思われます。
ただ、学校側としては、どんな場合でも責任を免れるというものではなく、クラブ活動の際のルートや生徒の行動等を把握し、事故の発生等の危険を予測した上で、適切に指導を行い、必要があれば顧問の教師などが同行するなどの対応をすることが必要です。
京都地方裁判所令和2年10月6日判決では、集団行動の中学生が飛び出してきたことによりバイクが転倒して傷害を負ったと主張された事案であり、原告は、当該中学生、及びクラブ活動に顧問の教諭が同行していなかったとして自治体等の責任を追及しました。
しかし、結論としては、まず当該中学生が原因となった行動をしたかどうかが不明であるとされました。
また、その中学生のうちの誰かが原因であったとしても、本件の中学生のクラブ活動に顧問の同行義務があるかどうかという点について、「道路を通行したり交通機関を利用したりして学校外を移動する際に、交通ルールを守り、他の歩行者や車両の通行等に危険や支障を生じさせないようにすべき義務を負うことは、中学生であればすでに認識理解しているのが通常である。したがって、生徒の能力や属性、移動先の場所的特徴や道路状況などからみて、顧問教諭が同行しなければ、第三者に対し危険や支障を及ぼすおそれのあることが具体的に予見されるような特段の事情のない限り、第三者との関係で、顧問教諭が生徒らに同行する義務を負うことはないと解される」として、責任を認めませんでした。
以上のとおり、まず運転者の責任が認められるような事故の場合には、そもそも自治体等に対して責任追及をすることは難しく、主には過失相殺で検討すべきものと考えられます。
他方、運転者に過失がなく、当該歩行者の行動が不法行為を構成するような場合に、運転者が自治体等の責任を追及することは考えられます。
ただし、そのためには、具体的に危険等の発生を予見できるような事情があったにも関わらず、教師の指導や同行等必要な対応を行わず、それが原因となって事故が生じたといえるような事情を主張・立証する必要があります。
逆に学校側としては、クラブ活動等において事前に危険予測等を行い、適切な指導や対処をすべきということになります。
執筆 清水伸賢弁護士
No.1078 安全管理のトラブルから事業所を守る(A4・16p)
本誌は、事業所の安全管理業務を行うに当たり、様々な法律上のトラブルから身を守るために知っておきたい法律知識を清水伸賢弁護士がわかりやすく解説する小冊子「安全管理の法律問題」の続編です。
経営者や管理者が正しく法律知識を身につけ、対策することで、事業所全体の安全意識の向上へとつながり、交通事故を始めとした様々な法律上のトラブルが発生するリスクも低減することが可能となります。
(2021.12月発刊)
No.1053 安全管理の法律問題(A4・16p)
本冊子は、事故・トラブルとして6つのテーマを取り上げ、使用者責任や運行供用者責任といった事業所にかかる責任の解説をはじめとして、経営者や管理者として知っておかなければならない法律知識を清水伸賢弁護士がわかりやすく解説しています。
法律知識を正しく理解することで、事業所の問題点を把握することができ、交通事故のリスクを低減することができます。
(2017.12月発刊)