令和5年1月25日(水)、大阪府立男女共同参画・青少年センター7F「ドーンセンター」ホールにおいて、国土交通省近畿運輸局主催による「第14回自動車事故防止セミナー」が開催されました。
コロナ禍の影響により3年ぶりの開催となった今回のセミナーには130の事業所や団体等が参加し、国土交通省の取組み発表や学識経験者による情報提供、自動車運送事業者の事故防止対策の紹介がありました。
今回は、この中から「事業用自動車総合安全プラン2025」の策定に携わられた、公益社団法人 大原記念労働科学研究所の酒井一博氏による講演内容を紹介します。
・労務管理の常識を疑ってみよう
運輸業は、点呼を受けて出庫すると、ドライバーの一人舞台と思われがちです。でもそれは違います。
人との交流が嫌いだから、一人で仕事ができる「ドライバー」になったという人もいるでしょう。しかし、プロとして生きていくのであれば、自己変革に取り組んでください。
同様に、ドライバーは寡黙が当然だと考えていませんか。でも、それではダメですよ。
点呼を終え、道路に出れば、あとは一人旅ではありません。管理者は運行中も指示を出し、運転者は緊急連絡はもちろん、報告・連絡・相談を行うなど、双方によるコミュニケーションが重要です。
とくに、ドライバーが仕事中に発話する(しゃべる)ことが大切です。しゃべりながら眠ることはできませんし、バスにおいては運転者の声かけが、車内事故防止に効果を上げています。安全運行をするためには管理者による声かけと、運転者の発話を意識してみてください。
・健康診断は第2ステージへ
次に、運輸業界における健康管理の実情についてお話します。健康診断の受診率向上を目指して取り組んできた時期を第1ステージとすると、現在は、診断結果のフォローアップに取り組む第2ステージに入っています。
では、何に取り組むのかというと、それは「死の三重奏・四重奏」を持つハイリスクドライバーを把握することです。
ここでいう「死の三重奏・四重奏」とは、健診項目のうち、高血圧、肥満、糖尿、脂質異常の3または4項目の基準値を超えるものを指し、脳・心臓疾患による過労死等が発症するリスクが非常に高くなります。
実は、脳・心臓疾患による過労死等の労災請求件数と労災支給決定件数は、トラック業界が圧倒的に多くなっています。そこで現在、全日本トラック協会等では、5年間(2018~2022年度)で、脳・心臓疾患による過労死等の発症を20%削減することを目標に活動しており、おおむね、予定通り減ってきています。
何度も言いますが、「死の三重奏・四重奏」を持つドライバーを把握し、そして受診を勧めてください。そのまま放っておくと、監査で「健康管理義務違反」に問われることもあるので注意してください。
・誘惑に勝ち、生活習慣の改善を
肥満は危険な状態であるため、適正体重の維持に努めてください。そのためには、喫煙やドカ食い、糖分摂取を減らしましょう。
逆に増やしてほしいのが、睡眠時間です。睡眠は健康起因事故の特効薬とも言えるほど、重要なものです。最低5時間以上、週に2回は6時間以上の睡眠をとってください。「一括睡眠、夜眠、布団の上」を意識して、睡眠時間を細切れにせず、できるだけ夜間に、運転席ではなく布団の上で寝ることを心がけてください。ベテランのドライバーの方には、睡眠時間は短くても大丈夫という人もいますが、若いドライバーの方々のためにも、環境を整えてほしいと思います。
・体重と血圧の管理から始めてみよう
健康状態を改善するために、まずは体重と血圧を記録し、管理することから始めてみてください。実際に体重管理に取り組んでいる事業者の方からは、体重が減ると、自然と血圧も下がってきたという声も聞かれます。健康を管理するためのアプリを使ってみるのもよいでしょう。
同様に、缶コーヒーを無糖にする、3つ手前のバス停で降りて歩く、ごはんは茶碗に軽く1杯にする等、小さな決めごとを守り続けることが大切です。
・飲酒運転はなぜ減らないのか
飲酒運転による事業用自動車の交通事故は、いろいろなキャンペーンを実施しているにもかかわらず、ゼロにはなりません。なぜなのでしょうか。その原因はいろいろと考えられます。
事故には至らなかったが、飲酒をした状態で運転している事例は、統計はないものの、かなりの数に上ると見なければなりません。
なぜ飲酒が止められないのか、ダメだとわかっていても運転中に飲んでしまうのかというと、それは「依存症」という病気だからです。飲酒運転をゼロにするためには、アルコール依存症にもっともっとメスを当てていかなければいけないと考えます。
飲酒運転がゼロにならないもう一つの理由は、アルコールの分解に時間がかかるという事実を、十分に理解していないということです。個人差はありますが、アルコール1単位を分解するのに約4時間かかると言われます。3単位では12時間もかかるため、「ちょっと飲みすぎたなぁ」という状態で数時間睡眠し、すっきりしたから「大丈夫」と思ってしまうところのギャップに問題があると考えられます。
アルコール依存症については、権威のある研究者の方々も明らかな「病気」であるという見解です。ですので、病気であるのであれば、「ダメだ、ダメだ」というだけではなく、事業所のほうでも依存症の方の治療に協力して取り組んでほしいと思います。
・若い頃と同じように運転はできません
高齢ドライバーの働き方についても少しお話します。2022年中に142件の重大事故が報告されましたが、とくに高齢のタクシードライバーによる事故が多く、健康起因事故も目立ちます。
高齢者の方が、いつまでも現役で働けるということは、非常に素晴らしいことだと思います。ただ、いつまでも若い頃と同じように運転できると考えてはいけません。もちろん、高齢ドライバーの方々には長年運転してきたというプライドもありますので、頭ごなしに「高齢ドライバーは危険」であると決めつけ、健康診断等を押し付けてはいけません。
高齢ドライバー本人が身体能力の変化を自覚し、その変化に対応した安全運転を意識させることが重要です。同様に、事業者の方々には、高齢者に適した運行計画、たとえば短時間勤務や昼日勤中心にするなどを、検討・研究することも重要であると思います。
事故と政策について、最後に少しだけお話します。私自身、国土交通省のいろいろな事業に参画して20年が経ちましたが、とくに直近10年は多くの事故が発生しました。そのたびに再発防止のため、英知を集めて対策してきました。このなかで「総合安全プラン2025」は、事故が起こったからではなく、より働きやすい環境を作り、事故を予防する政策として策定されました。
・事故の原因は常に複合的
事故調査委員会は、その事故がなぜ起こったのか究明する役割と、その再発防止策を検討することの2つの役割があります。
過労運転による居眠り運転事故や、体調の急変等による健康起因事故には、「背景」と「事故に至るプロセス」があります。事故の「背景」には、労務管理や運行管理がずさんであるということが挙げられます。
一方、「事故に至るプロセス」には、「体調急変」や「強い疲労感・眠気」といった「予兆」があるにもかかわらず、「もう少し我慢すれば……」と無理をして運転を継続することで、多くの事故が発生しているのです。
予兆から事故が起こるまでには時間差があります。この時間差のなかで、ICT技術を活用してドライバー等に警告する、運転を止めるなどの対策をとることができれば、事故は食い止められるはずです。異常時には無理をせず、運行を中断してください。
――ご清聴感謝いたします。
第14回自動車事故防止セミナーデータ
・日 時 令和5年1月25日(水)
・会 場 「ドーンセンター」ホール
・主 催 国土交通省 近畿運輸局
・後 援 一般財団法人 近畿陸運協会
・プログラム
◆開会
◆主催者挨拶
国土交通省 近畿運輸局長 金井 昭彦
◆講演
⒈『自動車運送事業者における視野障害対策マニュアルについて』
国土交通省自動車局安全政策課 宮坂 優斗
⒉『安全運行に関し、もっと知ってほしいこと』
~「総合安全プラン2025」の策定に参加して~
公益財団法人大原記念労働科学研究所
主管研究員・医学博士 酒井 一博
⒊『良心が響き合う社会を目指して』
株式会社宮田運輸代表取締役 宮田 博文
◆閉会挨拶
近畿運輸局自動車技術安全部部長 村井 章展
◆閉会