物流企業の経営者です。近年の働き方改革の流れから、物流業界にも労働時間削減が求められるようになり、2024年に改善基準告示が改定され労働時間が短縮されます。現在の改善基準告示でも理解が難しいのですが、改定されると付帯事項が多くなりさらに難解になると聞いています。改定後の改善基準告示について詳しく教えてください。
2018年6月、「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」に基づき労働基準法や労働安全衛生法等、関連する種々の法律を改正する、いわゆる「働き方改革関連法」が成立し、2019年4月から順次施行されています。
同改正の適用について、貨物運送事業者等のいくつかの業種には、猶予期間が設けられていましたが、その猶予期間が終わり、2024年4月からは、時間外労働の上限規制が貨物運送事業者にも適用されることになり、またそれに併せて改善基準告示も改定されます。
この適用や告示の改定は、物流業務に大きく影響するものであり、2024年問題といわれています。
時間外労働の上限については、働き方改革関連法により、一般にはいわゆる36協定を締結するにあたり、臨時的な事情がある場合の「特別条項」について、
とされました。
貨物運送事業者の自動車運転業務については、その適用に猶予期間が設けられていて、2024年4月から適用されますが、適用は上記1だけであり、またその上限時間は年960時間とされており、上記2~4のその他の制限は適用がありません。
ただし、既に大企業において適用されていた、月60時間超の時間外割増賃金率を25%から50%に引き上げる規定が、2023年4月1日から、中小企業にも適用されますので、中小企業では時間外賃金は上がることになります。
また、以上の時間外労働の規制に違反した場合、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金という罰則の適用もあります。
改善基準告示とは、「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」という厚生労働大臣告示のことをいいます。
労働者の労働時間(拘束時間)や休憩時間等の条件について、法律よりも細かい基準を定めるものであり、労働者の健康の確保のみならず、国民の安全確保の観点から、自動車運転者の長時間労働を防ごうとするものです。
今回の改善基準告示の改正の施行は上記の法律と同じく、令和6年4月1日からです。
改善基準告示は法律ではなく、現状では罰則はありません。ただし、同告示に違反する場合には、労働基準監督署から是正勧告や指導を受ける可能性はありますし、同告示は厚生労働省だけでなく、国土交通省告示にもなっているため、違反の状況によっては車両停止処分などの行政処分の対象にもなります。
改定された同告示は第1条から第6条まであり、第1条で一般的な原則を定めたうえで、第2条と第3条は一般乗用旅客自動車運送事業に従事する運転者(主にタクシー、ハイヤーに乗務する運転者)について定め、第4条で貨物自動車運送事業に従事する運転者(主に貨物トラックに乗務する運転者)について、第5条で一般乗用旅客自動車運送事業以外の旅客運送事業に従事する運転者(主にバスの運転者)についてそれぞれ定め、第6条で必要な細目は厚生労働省労働基準局長が定めるとしています。
1・使用者等の留意事項(第1条3項)
これまで、使用者は臨時に労働時間を延長し、休日に労働させる場合には、「時間数または日数を少なくするよう努める。」と規定されていた点について、使用者だけではなく、延長し,休日労働させるための労働協定をする場合の労働組合または労働者の代表者についても含めて「労使当事者」として対象とされました。
そして告示では、労働基準法の限度時間の規定(原則延長が1か月45時間、1年360時間まで、臨時の場合でも年960時間までなど)を具体的に挙げたうえで、労使当事者は「十分留意しなければならない」とされました。
2・運転者の拘束時間(第4条1項1号、2号)
改定前は労働者の拘束時間は、1ヶ月293時間を超えないものとするとされ、労使協定がある場合は1年のうち6ヶ月までは、1年間の拘束時間が3,516時間を超えない範囲において、320時間まで延長できるとされていました。
今回の改定では、まず拘束時間は1ヶ月284時間を超えず、かつ1年について3,300時間を超えないものとするとされました。そして労使協定により、1年について6ヶ月までは、1ヶ月について310時間まで延長でき、かつ1年について3,400時間まで延長できるとされています。
さらに、労使協定で延長する場合でも、1ヶ月の拘束時間が284時間を超える月が3ヶ月を超えて連続してはならず、かつ1ヶ月の時間外労働及び休日労働の合計時間数が100時間未満となるよう務めるものとされました。
このように、改定により労働者の拘束時間は短くなったといえます。
3・1日の拘束時間(第4条1項3号、4号)
1日の拘束時間は、これまでは13時間を超えないものとし、延長する場合であっても最大拘束時間が16時間とされており、1日の拘束時間が15時間を超える回数は1週間に2回以内とされていました。
今回の改定では、1日13時間を超えないとする点は変わりませんが、延長する場合の最大拘束時間は15時間とすることを原則としました。
その上で、運転者の1週間における運行が全て長距離貨物運送(事業所を出てから帰着するまでの走行距離が450㎞以上)であり、一つの運行における休息期間が運転者の住所地以外の場所における場合には、1週間について2回に限り最大拘束時間を16時間とすることができるとされました。
ただしその場合でも、使用者等は1日の拘束時間が14時間を超える回数を出来るだけ少なくするよう努めるものとされています。
4・休息時間(第4条1項5号)
改定前の休息時間については、勤務終了後、継続8時間以上与えるとされていましたが、今回の改定では、時間自体も長くなり、内容も詳細に定められました。
すなわちまず、勤務終了後、継続11時間以上の休息時間を与えるよう務めることを基本とし、継続9時間を下回らないものとされました。
ただし、上記(3)の1週間の運送が全て長距離貨物運送で休息期間が運転者の住所地以外の場所における場合には、その1週間に2回に限り、休息期間を継続8時間とすることができるとされています。ただその代わり、その場合一つの運行が終わったら、継続12時間以上の休息時間を与えなければなりません。
5・運転時間(第4条1項6号、7号、8号)
運転時間自体については、2日を平均し1日当たり9時間、2週間を平均し1週間当たり44時間という定めは改定前後で変わりません。
連続運転時間(1回が連続10分以上で、かつ合計が30分以上の運転を中断することなく連続して運転する時間)については、改定前は4時間を超えないものとされており、改定後も変わりません(なお、連続運転時間の定義が、「1回がおおむね連続10分以上・・・」と変わっています。)。
ただし、改定により高速道路等のサービスエリアやパーキングエリア等に駐車できないためやむをえず4時間を超える場合には、4時間30分まで延長することができるとされています。
また、運転の中断時には原則として休憩を与えるものとされました。
6・その他の時間に関する改定
その他新たに、休息時間を与えることを前提に、予期し得ない事象への対応時間を拘束時感や運転時間から除くことができる旨が定められました(第4条3項)。
7・例外規定
拘束時間や休息時間について、改定前は厚生労働省労働基準局長の定めるところにより例外が認められていました。今回の改定では、その内容が具体的に告示に記載されています(第4条4項)。
1・休息時間分割の例外
改定前は「業務の必要上、勤務の終了後継続8時間以上の休息期間を与えることが困難な場合」とされていた規定が、改定後は原則「勤務の終了後継続9時間以上の休息期間を与えることが困難な場合」とされました。
さらにその場合には、以下の要件を満たすものに限り、当分の間1ヶ月を限度とする一定期間における全勤務回数の2分の1を限度に、休息期間を拘束時間の途中及び拘束時間の経過直後に分割して与えることができるとされました。
その要件は、
の3つです(第4条4項1号)。
2・運転者が2名以上乗務する場合の例外
運転者が同時に2人以上乗務する場合にも、告示に例外の内容が詳しく記載されました。
例外が認められる場合について、車両内に身体を伸ばして休息できる設備があるときは、最大拘束時間を20時間まで延長するとともに、休息時間を4時間まで短縮することができます。
ただし、当該設備が運転者の休息のためのベッド又はこれに準ずるものとして厚労省労働基準局長が定める設備に該当する場合で、かつ、勤務終了後、継続11時間以上の休息期間を与える場合は、最大拘束時間を24時間まで延長することができます。
そしてこの場合、8時間以上の仮眠を与える場合には、当該拘束時間を28時間まで延長することができます(第4条4項2号)。
3・隔日勤務の場合の例外
また、運転者が隔日勤務に就く場合についても告示に条件が定められており、業務の必要上やむをえない場合に、当分の間、2暦日についての拘束時間が21時間を超えず、かつ勤務終了後、継続20時間以上の休息期間を与える場合に限り、運転者を隔日勤務に就かせることができるとされています。
そしてこの場合さらに、厚労省労働基準局長が定める施設において、夜間4時間以上の仮眠を与える場合には、2週間についての拘束時間が126時間を超えない範囲で、その2週間について3回を限度に、2暦日の拘束時間を24時間まで延長することができるとされました(第4条4項3号)。
4・フェリーに乗船する場合の例外
最後に、運転者がフェリーに乗船する場合についても告示に内容が定められています。
運転者がフェリーに乗船している時間は、原則として休息期間とし、上記までに定められた与えるべき休息期間から乗船している時間を除くことができるとされています。
ただしその場合、上記の乗務員が2人以上乗務する場合(第4条4項2号)でなければ、乗船時間を除いた後の休息期間が、フェリーを下船した時刻から終業の時刻までの時間の2分の1を下回ってはならないとされています(第4条4項4号)。
以上の各法改正、告示の改定は、これまで慢性的な長時間労働という、運転者の労働環境の改善に役立つことになります。他方、労働時間の減少により、問題が生じる可能性が指摘されています。
すなわち、まず単純に事業者の売上、利益が減少する可能性があります。
上記の改正、改定により、1日に運べる荷物の量がどうしても減ることになるため、そのままでは収入が減少します。さらに中小企業では割増賃金率の増加に伴い、人件費も増加することが見込まれます。
そのため、運賃の値上げが考えられますが、荷主の理解が得られるかどうかは不透明といえます。また、事業者だけではなく、労働時間の減少によって運転者自身の収入が減少することも考えられます。
収入が低くなると、ドライバーのなり手がいなくなり、労働力不足に拍車がかかる可能性が指摘されています。そしてこれらの事業者の利益減少、ドライバー不足などは、物流業界に深刻な影響を与え、結局運賃の値上げという形で一般の顧客にも重大な影響が生じる可能性があります。
ただ逆にいえば、今までこれらのデメリットがなかったのは、ドライバーの労働環境を犠牲にしていたためともいえます。
コンプライアンスの必要性が高まっている現在、業務や運行体制等の見直しにより、上記の各種規制に沿った対応ができれば、従業員の安全と共に会社の利益も図られると考えて、対応していく必要があるでしょう。
執筆 清水伸賢弁護士
No.1078 安全管理のトラブルから事業所を守る(A4・16p)
本誌は、事業所の安全管理業務を行うに当たり、様々な法律上のトラブルから身を守るために知っておきたい法律知識を清水伸賢弁護士がわかりやすく解説する小冊子「安全管理の法律問題」の続編です。
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No.1053 安全管理の法律問題(A4・16p)
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(2017.12月発刊)