今回は、横断歩行中の歩行者に乗用車が衝突した人身事故について、乗用車の「所有者」ではあるものの名義変更を指示した人物が、運行供用者責任を負うかどうかが争われた裁判事例を紹介します。
所有者は、刑事事件のため収監中であり、長期間にわたって乗用車を実質的に使用しておらず、また車を運転者に譲渡する指示をしていたので、事故の運行供用者責任は負わないと考えていましたが、裁判所の判断はどうだったでしょうか。
【事故の状況】
平成28年2月15日午後8時ごろ、名古屋市にある交差点を西から東に横断歩行中のAに、同道路を南進してきたBの運転する乗用車が衝突しました。
この事故で、Aは右急性硬膜下血腫、脳挫傷、頸椎骨折及び左骨盤骨折を負い、同日入院して頭蓋内血腫除去術、気管切開術等を施行しましたが、同年4月5日死亡しました。
Aの妻であるDらは、乗用車の所有者であるCは運行供用者に当たり、事故について自賠法3条に基づく責任を負うと主張しました。
これに対してCは、平成27年3月頃に覚せい剤取締法違反で逮捕されて以降は乗用車を使用しておらず、同年4月頃にBが面会に来て乗用車を使わせてほしいと頼んできたことから「好きに使っていいぞ」と伝えるとともに、乗用車の名義変更をするように指示もしており、乗用車の運行を監視、監督すべき立場にはなかったため運行供用者責任を負うことはないと反論しました。
【裁判所の判断】
裁判官は、
「乗用車の登録名義を変更するためには譲渡証明書、印鑑登録証明書等の書類を準備して所要の手続を行う必要があるところ、Cが(中略)上記の書類をどのように準備するかなど、登録名義の変更についてBと具体的なやり取りをした事実は何ら認められない」
「Cが身柄拘束されていてBと連絡を取ることが容易ではなかったことを踏まえても、Cの乗用車に対する運行支配はその後も継続していたとみるのが相当である」
などとして、事故を起こした乗用車に対し、Cが運行供用者責任を負うと認めました。
(名古屋地裁 令和2年3月25日判決)
【教訓】
車両の名義の変更は、譲渡手続きの書類準備などがあって初めてその意図を証明できます。口約束だけでは名義が変更されていることにはならないので、自分自身が運転していなくても、車の保有者は運行供用者責任を負います。他人に車を貸す場合は、事故発生時の責任も引き受けるという覚悟をもって対処しましょう。
※この裁判例は、事故防止メルマガ「Think」/Vol.276にも掲載しました