事務用品販売会社の安全運転管理者です。先日、営業のためにワンボックス車を運転していた弊社の従業員が、後方から走行してきた乗用車に追突されました。幸いにも弊社の従業員は軽傷で済みましたが、追突した乗用車のドライバーは、事故時に疾病による発作を起こしていたとのことでした。このような疾病が原因の相手と事故を起こした場合、お互いの過失はどうなるのでしょうか?
本件のような事故の場合、前方の車が停車してはいけないところで停車していたり、急ブレーキをかけたりしたような事情がなければ、通常は後方から追突した自動車に一方的に過失があるとされます。
ただし、交通事故における民法上の損害賠償責任は、不法行為責任であり、故意または過失により、他人の権利を侵害したといえる場合に成立しますので、後方の自動車の運転者に責任が認められるためには、少なくともその運転者に過失があり、責任を負うことができる必要があります。
この点、民法713条本文は、「精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。」と規定しています。
すなわち、疾病によって予兆もなく突然意識が無くなって事故を生じさせた場合などには、民法では、後方の自動車の運転手に損害賠償責任を免れさせる規定を置いているのです。これは、精神上の障害により、運転者自身に落ち度が無いような事故の場合に、その運転者に責任を認めることは酷であるため規定されているものです。
この場合には、後方の自動車の運転者も民法上は責任を負わないということになりますので、お互いの過失を論じることにはなりません。
逆にいえば、精神上の障害が原因だったとしても、運転者の故意または過失によって、一次的にそのような状態になった場合には、運転者の責任を認めても良いと考えられます。
そのため民法713条但書では、「故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りでない。」と規定しており、責任を負うことも規定されています。
運転時や運転前に自らの疾病に関する、服薬や体調等の管理、発作等が生じる予兆があるのにあえて何の対応もせずに運転をしたなど、運転者に注意義務違反等が認められる場合には、過失があるとされます。
このような場合には、原則に戻って、後方から追突した運転者に一方的に過失が認められることになります。
以上は民法の規定に基づくものであり、民法713条の規定によって責任を認めなかった裁判例も存在します。
しかし、同法の不法行為の規定は、自動車事故に限ったものではありません。そのため、自動車事故については、民法の特別法といえる自動車損害賠償補償法、特に同法3条の運行供用者責任について、別途考慮が必要です。
そもそも同条は、運行供用者に対して人身の損害については実質的な無過失責任を負わせているものであり、民法とは要件も異なるものです。
そのため運行供用者責任については、疾病による発作等が原因であった場合でも、運行供用者の責任が認められる場合があります。
裁判例には、「自賠法3条但書は、自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかったことを証明しなければ運行供用者は免責されないとしているところ、人の心神喪失も、車両の構造上の欠陥又は機能の障害と同様、車両圏内の要因・事情ということができるから、このような場合に運行供用者の免責を認めるのは相当でないというべきである。」とし、自賠法3条の運行供用者責任については、同条の要件を満たさない限り、免責されないと判断するものがあります(大阪地裁平成17年2月14日判決)。
また、「自動車の運行に伴う危険性等に鑑み、被害者の保護及び運行の利益を得る運行供用者との損害の公平な分担を図るため、自動車の運行によって人の生命又は身体が害された場合における損害賠償責任に関し、過失責任主義を修正して、運行を支配する運行供用者に対し、人的損害に係る損害賠償義務を負わせるなどして、民法709条の特則を定めたものであるから、このような同条の趣旨に照らすと、行為者の保護を目的とする民法713条は、自賠法3条の運行供用者責任には適用されない」と判断する事例もあります(東京地裁平成25年3月7日判決)。
従って、本件においても運行供用者責任が認められることがあります。運行供用者責任は物損に対して適用されるものではありませんので、人身に関する損害賠償について過失割合が検討されることになり、本件では原則として後方からの追突車に過失があるとされると考えられます。
執筆 清水伸賢弁護士
No.1078 安全管理のトラブルから事業所を守る(A4・16p)
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