不幸にも弊社の従業員がひき逃げの被害に遭いました。現場は一方通行の狭い住宅街で、夜間の帰宅途中に被害に遭いました。幸い、従業員の命に別状はありませんでしたが、加害者は救護もせず現場から逃走しました。先日、ようやく逮捕されて安堵しましたが、加害者はどのような罰を受け、被害者としては加害者にどのような損害賠償を求めることができますか?
道路交通法72条1項は、交通事故が生じた時の車両等の運転者が行うべき義務を規定しています。
同条同項では、事故が生じた場合、「当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員」は、「直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない」とされています。
またこの場合において、当該車両等の運転者は、警察官が現場にいるときは当該警察官に、警察官が現場にいないときは直ちに最寄りの警察署等の警察官に対し、「当該交通事故が発生した日時及び場所、当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度、当該交通事故に係る車両等の積載物並びに当該交通事故について講じた措置」を報告しなければならないとされています。
すなわち、
【1】車両等の運転を停止すること
【2】負傷者を救護すること
【3】道路における危険を防止する等必要な措置を行うこと
【4】警察官に対して事故の内容等を報告すること
が義務として規定されていることになり、同条同項に違反した場合には、罰則も定められています。
さらに警察官は、報告をした運転者に対し、現場に到着するまで現場を去つてはならない旨を命ずることができます(同条2項)。
また現場の警察官は、当該車両等の運転者等に対し、負傷者を救護し、又は道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るため必要な指示をすることができますので(同条3項)これらの警察官の指示に従うことも義務といえます。
なお、上記【1】~【3】の各義務の主体は、「運転者その他の乗務員」であり、運転者だけではなく、その他の乗務員もその義務を負うことになります。
また、同条同項後段では、【4】の義務の主体について、「運転者(運転者が死亡し、又は負傷したためやむを得ないときは、その他の乗務員。)」。とされており、警察官への報告義務は、まず運転者にありますが、運転者が死亡し、又は負傷したためやむを得ないときは、その他の乗務員の義務ということになります。
さらに、同条1項は「当該交通事故に係る車両等の運転者等」と規定しているため、同義務は当該交通事故に関係する車両の運転者等の義務であり、自分の運転が原因で事故が生じた場合に限りません。
このように、交通事故が生じた場合には、運転者等が行わなければならない義務が定められていますが、事故を起こしてその場から逃亡してしまうと、上記の各義務を行うことは出来ないため、同条に違反するということになります。
いわゆる「ひき逃げ」の定義は必ずしも法律で定まっているわけではありません(概ね人身事故を起こして逃亡した場合に「ひき逃げ」といわれ、物損事故を起こして逃亡した場合は「当て逃げ」といわれることが多いようです)が、いずれにせよ逃亡により主に上記【1】~【4】の義務に違反することが問題となるものといえます。
交通事故の刑事責任については、まず交通事故を起こして人が死傷したこと自体によって、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律の適用があります。
通常の事故の場合、同法5条で「自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、7年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる」と規定しており、この自動車運転過失致死傷の罪が適用されます。
運転の態様が危険運転と評価されるものである場合には、危険運転致死傷罪(同法1条)が適用され、負傷の場合は懲役15年以下、死亡の場合は1年以上20年以下の罰則となります。
飲酒や薬物、あるいは一定の疾病の影響で、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転し、よって、その影響により正常な運転が困難な状態に陥って事故が起きた場合には同法3条が適用され、負傷の場合懲役12年以下、死亡の場合は懲役15年以下です。
さらに、これらの事故を生じさせた者が無免許運転だった場合には、さらに刑が加重されます(同法6条)。
そして、いわゆるひき逃げ(人の死傷が生じている場合について)の場合、この死傷の結果に伴う罰則に加え、さらに道路交通法72条違反の刑事責任が生じます。
上記の同法同条1項前段の違反については、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金(同法117条1項)であり、人の死傷が当該運転者の運転に起因するものである場合には、その刑は10年以下の懲役又は100万円以下の罰金と重くなります(同法同条2項)。
また、人が死傷していないような場合でも、上記【3】(道路における危険を防止する等、必要な措置を行うこと)の違反について1年以下の懲役又は10万円以下の罰金となります(同法117条の5第1項1号)。 上記【4】(警察官への報告)の違反についても、3月以下の懲役又は5万円以下の罰金という罰則が定められています(同法119条1項17号)。
民事上の損害賠償責任については、被害者が被った損害を賠償する責任を負います。
その賠償金額は、被害者が被った損害の内容によって変わりますし、ひき逃げをしたからといって基本的に事故自体から生じた損害額(ケガの治療費等)の内容が変わらなければ、ひき逃げ行為によって直ちに賠償額自体が変わるわけではありません。
ただし、事故自体に加えて、救護義務違反によって治療が遅れて損害が拡大したり、危険防止措置等を怠ったことでさらに被害が生じたりした場合など、いわゆるひき逃げ行為と損害との間に相当因果関係が認められるような場合には、損害賠償額が増加することがあるといえるでしょう。
また、ひき逃げ行為に悪質性が認められるようなケースでは、訴訟になった場合、裁判官の心証に運転者にとって不利な影響を及ぼす可能性があります。
後のひき逃げ行為から運転者の運転行為自体の不当性が推測されたり、運転者の言い分が信用されなかったり、損害額の算定が厳しくなったりすることもあるかもしれません。
以上のとおり、いわゆるひき逃げ行為を行ってしまうと、刑事責任、及び民事責任の双方が重くなるといえます。
まずは交通事故を起こさないようにすることが大事ですが、事故が生じた場合には、即時に停車して、必ず上記の4つの義務を果たさなければなりません。
この点、一旦その場から離れてしまうと、しばらくしてから事故現場に戻ってきたり、警察に出頭したりしても、法律上は上記の各責任が生じることになります(情状等として考慮されることはあります)。
「何かに当たったかも」とか、「何か引いたかもしれない」など、はっきり事故を認識できなかったような場合でも、きちんと停車して確認することが必要です。
執筆 清水伸賢弁護士
No.1078 安全管理のトラブルから事業所を守る(A4・16p)
本誌は、事業所の安全管理業務を行うに当たり、様々な法律上のトラブルから身を守るために知っておきたい法律知識を清水伸賢弁護士がわかりやすく解説する小冊子「安全管理の法律問題」の続編です。
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(2021.12月発刊)
No.1053 安全管理の法律問題(A4・16p)
本冊子は、事故・トラブルとして6つのテーマを取り上げ、使用者責任や運行供用者責任といった事業所にかかる責任の解説をはじめとして、経営者や管理者として知っておかなければならない法律知識を清水伸賢弁護士がわかりやすく解説しています。
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