さる6月18日、北海道で乗客を乗せた高速バスと畜産会社のトラックが正面衝突し、双方の運転者と乗客を含む5人が死亡、乗客12人が重軽傷を負う事故が発生しました(※文末に事故概要)。
トラックは緩い左カーブで突然、対向車線にはみ出しており、事故の背景にはトラック運転者の体調が急変した可能性があると考えられます。
運転者の健康起因による事故について、警察庁の明確な統計はなく、正確な推移はつかめません。ただし、国土交通省が自動車運送事業者の報告を踏まえた発生数を毎年公表していて、10年前と比べて多発傾向にあることは間違いありません。
運転者の高齢化がすすんでいますので、一般の事業所でも中高年運転者の健康起因事故に留意が必要です。
全国安全週間の機会に、今一度、社内のチェック体制を見直しておきましょう。
●70歳運転者がガードパイプに衝突
さる2023年5月30日午後9時20分ごろ、長崎県長与町で70歳の男性が軽乗用車を運転中に体調不良となり、車を制御できない状態になってがガードパイプに衝突しました。
●大動脈解離で運転者が電柱に衝突し死亡
同じく5月30日午後11時ごろ、大阪府枚方市で乗用車を運転中に大動脈解離を発症したと思われる64歳の男性が、左カーブを曲がり切れずに反対車線側の電柱に衝突し、死亡しました。
●路線バスがマンション花壇に衝突
さる5月28日午前6時20分ごろ、千葉県船橋市で乗客20人を乗せた路線バスがマンションの花壇に接触し、そのままゴミ捨て場や電柱に衝突しました。この事故で、乗客2人と運転者のあわせて3人が軽傷を負いました。
62歳の運転者は「意識が飛んだ」と話しています。
●クシャミで気が遠くなり、歩道に突っ込む
さる3月1日午後2時50分ごろ、大阪市生野区の国道で逆走した乗用車が歩道に突っ込み、高齢の女性2人が死亡する事故が発生しました。逮捕された運転者(71歳)は「現場手前でくしゃみをして一瞬、気が遠くなった」と供述しています。
●体調不良をおして運転し、高速道路で追突
さる2022年12月4日午前6時ごろ、浜松市浜北区の新東名高速道路上り線で、高速バスが大型トラックに追突し、乗客等9人が病院に搬送され、1人が重傷を負う事故が発生しました。
バス乗務員2人が2時間おきに交代し運転する態勢をとっていましたが、44歳の運転者が運行中に体調不良が生じているにもかかわらず、運行管理者に報告することなくそのまま運行を継続したものです。
●貧血のような症状で記憶がとび、路線バスが暴走
2022年11月18日午後8時20分ごろ、東京都町田市で、路線バスが暴走して住宅に突っこみ、子供を含む乗客の男女7人が病院に搬送される(うち女性1人が重傷)事故が発生しました。事故を起こした運転者(50歳代)は、「バス停を通過した直後に貧血を起こしたような感じで記憶がなくなり、突っ込んでから意識が戻った」と述べています。
国土交通省は、トラック・バス・タクシーなど事業用自動車が運転者の疾病により運行を続けられなくなったトラブルについて、自動車事故報告規則に基づき、運輸局への報告を義務づけています。
この報告に基づく統計によると、近年は年間で300件近くのトラブルが報告されています。
平成25年(2013年)当時は、年間で135件程度でしたが、その後増加基調となり、平成30年(2018年)には363件で2.7倍にも増加しています。そして、現在も高止まりの状況となっています(注1)。
また、健康起因事案報告事例のうち、約3割が交通事故に至っていて、令和3年には1割強の29件が死傷者の出る人身事故となっています。
なお運転者の疾病として目立つのは、心臓血管疾患・脳疾患などです。
健康起因による事故の発生割合は交通事故全体の中では低いと言えますが、ひとたび事故になると、死亡事故や重大事故に結びつく危険性が高まることは容易に想像がつきます。これは調査データでも明らかになっています。
少し古い調査資料ですが、交通事故総合分析センターが日本自動車工業会と共同で調査した「疾病・服薬と事故の関係の調査分析」(2014年3月/ITARDA・研究報告書)によると、発作・急病ありの事故における死者の割合と死者・重傷者の割合は非常に高くなり、無しの場合と比べてそれぞれ16倍、14.3倍となっています(注2)。
当時の分析対象では、病気の内容は「てんかん」「脳血管障害」「心疾患」の順に多いのですが、実は「その他」に分類され病気の内容がわからないものが一番多くなっています(全1,517件のマクロ分析による)。
分析の担当者はその後の事故例調査(ミクロ分析)から、「その他」には、血圧に関するもの(高血圧)がかなり含まれているのではないか、と推測しています。
さらに、同センターの分析で、発作・急病事故の起こりやすい要因をみると、
→ 男性が女性のほぼ2倍の傾向
を示していることがわかりました。
これは、交通事故以外の一般的な病気で急死した人数を人口10万人あたりでみた割合でも男性が女性の2~3倍となるので、当然の傾向といえます。
また、年齢的な要因では、発作・急病による事故の発生率をみると
→ 18歳~54歳 0.028%
→ 55歳~74歳 0.059%
→ 75歳以上 0.078%
となり、55歳以上で事故率が2倍に、75歳以上でさらにその1.3倍になることがわかりました。
この分類は、一般的な病気としての急性心筋梗塞や虚血性心疾患の年齢層別死亡率(人口10万人当たり)が55歳を境に急上昇することを踏まえたもので、ここでも、一般的な傾向と合致し、55歳以上でリスクが高く、高齢化するほどより危険度が高まります。
定年年齢の上昇や再雇用などで中高年運転者が非常に増えていると言われる我が国の現状では、今後も健康起因事故が多発することは間違いなさそうです。
交通事故総合分析センターのマクロ分析では、発作・疾病など健康起因による死傷事故の割合は0.03~0.04%、死亡事故の割合は0.8%となっていて(2014年の調査資料による)、割合は非常に低いのですが、一方、フィンランドなど北欧の研究によると、「交通死亡事故の10.3%は突然の疾患による」という報告があります(注3)。
我が国では健康起因事故を包括的に把握するシステムがないので実態がわかりにくく、その理由として同センターでは以下のように指摘しています。
●根本的な事故原因として、疾病・発作の疑いがあっても、医師の判断がなければ統計上は発作・急病の事故にはならない。また、病院到着時には事故時の症状が無くなっていることもある。
●運転中に死亡し、その後事故が起こった場合は病死扱いとなり、日本では交通事故統計外となる。医師の判断が必要で、無過失となる場合もある。
●青ナンバーは「点呼」を義務づけ
トラック・バス・タクシーなど事業用自動車の事業所では、運転者の点呼が法令で義務づけられ、体調不良や睡眠不足などの運転者が乗務につくのを禁止しています。
実際に点呼が的確に実施されていない事業所があり、事故が起こったあとの監査で判明して事業停止などの行政処分を受けることもありますが、一応、運行管理者の主たる業務として認識されています。
一方、白ナンバーの事業所では、安全運転管理者が選任されていても、罰則などの規程がないこともあり、管理者の点呼業務の重要性に対する理解が浅く、毎日、きちんと点呼をしている事業所は少ないのが実情です。
誰が運転者の体調などをチェックする責任があるのか曖昧な職場があり、安全運転管理者が運転者の健康診断における注意指摘事項などを把握していない場合も多いのです。
●白ナンバーも点呼は重要なチェックの機会
2022年の改正道路交通法の施行により、安全運転管理者の業務として「酒気帯び確認」が義務づけられています。
これを形式的なものに終わらせずに、アルコール検知器による確認で運転者と接する機会に、睡眠不足や疲労の確認と健康観察をじっくり行うようにしましょう。
その気になって毎日運転者の様子を確認していれば、運転者の変化に気づくようになります。
また、健康診断などで高血圧や心臓の異常などを指摘されている運転者がいないかを把握し、そうした運転者に対しては、以下の点をチェックしておきましょう。
スマートフォンを活用したリモート点呼の場合は、運転者が身に着けるウェアラブル端末(スマートウォッチなど)を携帯させれば、体温・血圧・心拍変動等のデータを送信してもらうことで、体調の異常に気づくこともできます。
北海道で発生した事故の報道をみていますと、運転者は安全運転をしていて事業者から信頼されていたように思われます。運転の指導ではなく、健康観察に問題があったのではないでしょうか?
また、日本の企業によくあることですが、中高年のベテラン社員は「少しぐらいの体調不良で休むのは気がひける」という心理に陥りやすく、企業側もそれに乗じて「○○君は年齢に負けずに頑張ってくれるから、苦しい状況でも仕事が成り立つ」といった褒め方をして、誤った成功体験を与えるケースが少なくありません。
本人・職場とも誤った状況認識の中で、健康に不安のある人が無理をする状況を作り出している可能性があります。運転者が休みを申告しやすい環境を整備することが重要です。
今まさに、「運転者の健康管理」こそが最も重要なリスク管理であることを自覚する必要があるでしょう。
【※事故の概要】
高速バスと大型トラックが正面衝突し、5名死亡
●緩いカーブで対向車線にはみ出し衝突
さる2023年6月18日午前11時55分ごろ、北海道八雲町野田生の国道5号で都市間高速バス「高速はこだて号」と養豚会社の4トントラックが正面衝突し、双方の運転者と乗客3名を含む5名が死亡、乗客12名が重軽傷を負う事故が発生しました。
現場は片側1車線で見通しがよく、トラックから見て緩い左カーブ地点で、トラックが対向車線にはみ出して緊急停止しようとしたバスの右前部に激突しました。トラック側にブレーキ痕はなく、バスは衝突直前にブレーキを踏んだものの、制動が始まる前にぶつかったとみられます。
衝突の衝撃で多くの豚が道路に投げ出されて重傷を負い、後日、すべての豚が殺処分されています。
●双方の運転者とバス乗客3名が死亡
亡くなった乗客3名は、運転席後方の窓ぎわに着席していた人たちです。亡くなったバス運転者(64歳)は無事故表彰を受けるなど、事業所でも有数の安全なベテラン運転者として知られていました。
亡くなったトラック運転者(65歳)は青森県に本社を置く畜産会社「日本クリーンファーム」の従業員で、65歳から再雇用されたベテラン社員でした。長年運転業務に従事し物損を含めて事故歴はなく、日常的にこの国道をよく運転していたということで、走行には慣れていた道路と思われます。
●バス運転者は点呼におけるチェックで問題なし
バスの運行会社は当日夕刻に記者会見を開き、バス運転者は当日の点呼やアルコール検知器によるチェックで異常はなく、前日と前々日は休暇であったことなどが明らかになりました。
●トラック運転者が前日に「熱がある」と体調不良を訴え
トラックの運転者は事故の前日の17日に「熱があり、体調が悪い」と勤務先同僚に話していて胸の痛みや額からあぶら汗をにじませるなど異変があったようです。その日は風邪薬を服用していたことがわかっていて、親族に対しても体調に問題があり、仕事に行くのが不安だという趣旨の話をしていました。ただし、当日は「運転ができないほど調子が悪そうではなかった」という同僚の発言もあります。
勤務先事業所への報道陣の取材によると、昨年の運転者の健康診断については大きな異常はなく、直近3か月の勤務状況は過重労働ではなかったそうです。なお、この会社では、「トラックなどに乗務する前に運転者自身がアルコールや血圧、体温などのチェックを行い、記入用紙に記録するルールだった」ということです。
そして、事故当日は日曜日で休日体制のため、運転者が体調不良を訴えていたことを安全運転管理者が把握できていなかった可能性があります(畜産会社は青ナンバーではないので、衝突したトラックは自家用トラックです。物流事業者のように日曜日でも運行管理者がチェックする体制ではなかったと考えられます)。
記入用紙による報告などは管理者にとって便利であり、事故やトラブルがなければ何事もなく過ぎていきますが、マンツーマンの点呼がないと体調不良などには気づきません。
●トラック事業所と運転者を過失致死傷罪で捜査
北海道警察本部は、トラックが速度を出したまま対向車線に突っ込んだとみて、自動車運転処罰法違反(過失致死傷)の疑いで当日から、トラック運転者の勤務先と自宅を家宅捜索し、会社の安全運転管理に問題がなかったかも調べています。
なお、警察がトラックの車体を調べたところ、ブレーキやハンドルなど車体構造に不具合はみられませんでした。
【続報──2024年3月22日更新】
大型トラック運行養豚会社の安全運転管理者とその上司を書類送検
北海道警察が捜査を続けた結果、事故当時、トラック運転者は衝突直前に心筋梗塞を起こし意識を失っていたとみられることがわかりました。また、以前から非常時にも対応できる運転者の要員確保を求める声が現場から上がっていたものの、対応をとってこなかったそうです。
2024年3月22日、道警は、畜産会社「日本クリーンファーム道南事業所」が、前日に運転者の体調不良を知っていたにも関わらず、当日に体調を確認せず、事故を未然に防ぐ措置を怠ったとして、同社の50代の安全運転管理者とその上司を業務上過失致死傷の疑いで書類送検しました(起訴を求める「厳重処分」の意見を付けています)。
また、大型トラックを運転していた65歳男性の社員についても、過失運転致死傷の疑いで容疑者死亡のまま書類送検しました。
警察が勤務状況などを調べたところ、事故の前日に運転者が体調不良を訴えていたのに、安全運転管理者は翌日の運転業務を交代させる対応をとらず、心配する同僚にも「代わりがいない」などと発言していたことがわかりました。
【参考記事】
注1「事業用自動車健康起因事故対策協議会・令和4年度資料」/国土交通省
注2「疾病・服薬と事故の関係の調査分析」交通事故総合分析センター/日本自動車工業会
注3「フィンランドにおける交通死亡事故の原因/認知不能/注意散漫と疾病発作」/アメリカ国立医学図書館所収論文 Observational failures/distraction and disease attack/incapacity as cause(s) of fatal road crashes in Finland
【当サイト参考記事】
◆健康起因事故を防ぐ啓発動画の活用を(運行管理者のための知識)
◆運転者の体調不良時における適切な運行管理の徹底(運行管理者のための知識)
◆運転者の疲労に配慮しよう(危機管理意識を高めよう)
◆健康起因事故への対策は万全ですか(危機管理意識を高めよう)
◆バスドライバーの健康管理をテーマに講習会を開催(取材レポート)
◆トラックドライバーの健康管理をテーマにセミナーを開催(取材レポート)
◆薬剤は車の運転にどのような影響を与えるか?(取材レポート)
ホーム > 運転管理のヒント > 危機管理意識を高めよう >運転者の体調管理に配慮していますか
この小冊子では、ドライバーが健康管理を徹底していなかったために発生したと思われる、6つの重大事故等の事例をマンガで興味深く紹介しています。
事故事例の右ページでは、垰田和史滋賀医科大学准教授(医学博士)の監修のもと、ドライバーとして日々気をつけなければならない健康管理のポイントをわかりやすく解説しています。
ドライバーが健康管理の重要性を自覚することのできる小冊子です。とくに生活習慣病の心配がある方やプロドライバーの皆さんには、ぜひ読んでいただきたい内容となっています。
このチェックテストは、ドライバーが日頃の健康管理を振り返り、48に質問に「ハイ」「イイエ」で答えていただくことで、安全運転に必要な健康管理がどの程度できているかを簡単に知ることができる自己診断テストです。
具体的な健康管理の弱点を知ることができますので、自身の健康を守り安全運転に活かしていただくことができます。