土地柄、自転車通勤の多い事業所です。2023年4月より全国でヘルメット着用が努力義務化されましたが、強制力がありませんので、ヘルメットを被って自転車を運転している人はチラホラ見かける程度です。弊社でもヘルメットの着用は個人の判断に任せていますが、万が一、自転車事故が発生した場合、ヘルメット着用を義務付けていないと事業所は責任を負うのでしょうか?
道路交通法が改正され、自転車の乗車時にヘルメットを着用することが義務とされました。同法改正は、2022年4月7日に交付され、2023年4月1日から施行されています。
具体的な条文は同法63条の11ですが、同改正前の同条文は、「児童又は幼児を保護する責任のある者は、児童又は幼児を自転車に乗車させるときは、当該児童又は幼児に乗車用ヘルメットをかぶらせるよう努めなければならない。」とされていました。
すなわち、保護者等が運転する自転車に、児童又は幼児を乗せる場合には「ヘルメットを着用させるべき」という規定でした。
改正後は、同条第1項で、「自転車の運転者は、乗車用ヘルメットをかぶるよう努めなければならない。」として、全ての運転者にヘルメットを着用するようにとの努力義務を課しました。
そして同条第2項は「自転車の運転者は、他人を当該自転車に乗車させるときは、当該他人に乗車用ヘルメットをかぶらせるよう努めなければならない。」として、他人を自分の運転する自転車に乗せる場合には、運転者が当該同乗者にヘルメットをかぶらせるようにする努力義務を課しました(なお、ヘルメットを着用すれば成人の二人乗りが当然認められる、というものではありません。)。
また同条第3項は、「児童又は幼児を保護する責任のある者は、児童又は幼児が自転車を運転するときは、当該児童又は幼児に乗車用ヘルメットをかぶらせるよう努めなければならない。」とされ、児童又は幼児が自転車を運転する場合には、保護者がヘルメットをかぶらせるように務めなければならないというものです。
これらの改正により、自転車に乗る者はヘルメットの着用義務があるということになりました。ただ、規定上は「努めなければならない。」とされているので、これらの義務は強制ではなく努力義務ということになります。そのため、違反した場合の罰則規定もありません。
以上のように、ヘルメット着用の義務は努力義務であって、罰則もないため、違反した場合に直ちに責任を負うというようなものではありません。
しかし、法律に明文で定められたことにより、今後は、具体的な事故が生じた場合に影響が出てくることが考えられます。
特に具体的な事故において、自転車の運転者等が頭部等を負傷するなどした場合、ヘルメットを着用していたら被害が軽減できたということがいえるような場合には、刑事責任や損害賠償責任に影響がある可能性があります。
まず刑事事件においては、加害者の交通事故で、ヘルメットを着用していない自転車の運転者等が被害者として傷害を負った場合、もし被害者の傷害内容がヘルメットを着用していれば軽減されていたような内容である場合、被害者側にも被害拡大の一因があったとして主張されて、考慮される可能性があります。
また民事事件においても、被害者の傷害内容は、治療費や、治療期間などに影響があると考えられます。
もし被害者がヘルメットを着用していれば、実際に生じた程度までは傷害内容等が拡大しなかったということが考えられますので、その事情は、過失相殺の主張等として考慮される可能性があります。
具体的な事案によるものの、自転車運転者のヘルメット着用の有無という事情は、従前までの裁判等では通常はあまり検討されてこなかったといえるものでした。
しかし、ヘルメットの着用義務が明文で規定されたことにより、努力義務とはいえ被害者の義務の一つとして挙げられることが考えられます。
着用義務を履行していれば被害が防げたといえるような場合には、刑事責任や民事責任に影響を与えることも考えられます。
事業所が、乗務上自転車に乗る従業員に対して、ヘルメットの着用を義務付けていなかった場合、具体的に交通事故等が生じた際に事業所に一定の影響があることも考えられます。
この点基本的には、自転車に乗車する場合のヘルメット着用の有無が影響するのは、第三者に対する責任という場合よりも、当該従業員が負った傷害結果に対してということになることが多いと思われます。
すなわち、従業員が事故により頭部に傷害を負ったケースにおいて、事業所がヘルメット着用の指導をしておらず、それにより傷害の程度が重くなったような場合、事業所がその責任を負うかという問題です。
この点、上記のようにヘルメットの着用義務は努力義務ですので、必ずしも事業所の責任を重くすべきではないという考え方もありうるかと思いますので、今後の裁判例などの集積や分析を待たなければハッキリとはいえない面はあります。
しかし、事業の執行において自転車を使用することが必要な場合には、今後は少なくとも希望すればヘルメットの着用が可能である状況を整備しておくべきといえるでしょう。
個人の自転車を使用する自転車通勤の場合はまた別の検討が必要ですが、業務上、事業所の自転車を運転しなければならない場合にまで、個人の判断に任せ「ヘルメットの着用を希望する場合には従業員個人が自腹で用意せよ」というのであれば、事実上事業所は着用させないという対応を採っているといわれても仕方ありません。
事業所としてヘルメットは用意しているが、着用を指示はせず、個人の判断に任せているという場合には、実際に事故が生じた場合、まずは当該個人の責任とされることもあると考えられます。
しかし、努力義務とはいえ、道路交通法で明定された義務について、業務における自転車の使用において事業所が指導していないという点については、事業所の指導監督や安全配慮の問題とされる可能性は否定できません。
自転車の事故で、重大な結果が生じているのは、やはり頭部を損傷する事例が多いといえ、ヘルメットを着用することで被害の拡大を抑えられる面があることは確かです。
そのため、業務における安全配慮という点からすれば、やはり事業所としてはヘルメットを着用させることを考えるべきです。
執筆 清水伸賢弁護士
No.1078 安全管理のトラブルから事業所を守る(A4・16p)
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