制限速度に納得がいかない従業員がいるのですが…

先日、弊社の従業員から以下の質問を受けました。「一般の高速道路の制限速度は概ね時速100kmですが、都市の高速道路の速度制限は時速60kmです。しかしながら、ほとんどの車が時速60kmを大きく超える時速100km近くで走行しています。安全運転の基本は、交通の流れに沿って運転すると認識していますが、このような状況でも時速100kmで走行していると、検挙されるのでしょうか?」私は「それは検挙されるだろう」と答えましたが、従業員の気持ちもよく分かります。このような法律と現実の矛盾を争った裁判例はありますか?

■「周りの自動車の速度に合わせた」という主張は通らない

 走行している車の数が少ない高速道路などでは、周囲の車が制限時速以上の速度で走行していることがあり、それに合わせて走行すると速度超過をしてしまうような場合があります。

 

 しかしそのような場合でも、速度超過違反が許されることはなく、警察官に現認等されれば、検挙されるということになります。

 

 この点、質問の従業員がいうように、周囲の状況に対応することは安全運転にとって必要な要素ではあります。

 

 そのため運転者としては、「周りに合わせただけだ」と考えたり「違反しているのは自分だけではない」とか「周りがスピードを上げているのに自分だけ制限速度で走行するのはかえって危ない」などの主張をしたくなるとも考えられます。

 

 しかし結論からいえば、これらの主張は通りません。なぜなら、道路交通法上の制限速度違反が成立するためには、制限速度違反の事実があれば足り、周りの交通状況を検討要素として考慮し、具体的(ないし抽象的)な危険等が生じることは条件とされていないと解されるからです。

※1・建造物等以外放火…車やバイク、他人の荷物、古新聞など建造物(住居、電車、艦船、紘坑)以外に放火し焼損すること

※2・現住建造物等放火…現に人が住居に使用し,又は現に人がいる建造物など(その他、汽車,電車,艦船,鉱坑)に放火して焼損すること

■制限速度違反を争った裁判例

 この点を論点の一つとして争われた裁判例に、東京簡易裁判所昭和55年1月14日判決があります(同裁判所で同日に2件、同じような論点の判決がありました)。

 

 同裁判では、いわゆるオービスでの速度超過違反の取締りについて、種々の観点から憲法違反や違法の主張がされていたのですが、その中の主張の一つに、「速度違反罪の成否を判断するにあたっては、道路状況、車の流れ、並進、先行、後続車両との距離、速度を出すに至った事情など、当該事案の具体的内容を検討し、単に制限速度を超過したのみでは」犯罪を成立させるべきではない」という主張がありました。

 

 これに対して判決では、「道路交通法所定の制限速度違反の罪はいわゆる抽象的危険犯であり形式犯でもあるから、車両が指定制限速度を超えれば、抽象的危険の存在が法的に推定または擬制(実質の異なるものを、法的取り扱いにおいては同一のものとみなすこと)されるものであると考えられる」として、「権限を有する公安委員会が道路交通法一条に定める目的達成のために必要であると判断して、指定した最高速度の制限を超えて車両を運転したことが明確である場合は、たとえ具体的に交通等の危険が発生していない場合においても、更にその時点における周囲の状況や前後の道路事情を分析して具体的危険の有無を確定するまでもなく、その制限速度超過の運転自体、交通の安全を害するおそれがあるものとして、換言すれば抽象的危険があるものとして速度違反の罪が成立するものと解される」としました。

 

 また、「制限速度違反罪を弁護人の主張するように具体的危険犯の如くに把握すると、個々の制限速度違反罪の審理において、危険が発生したか否かの具体的立証を捜査機関に要求することになり、そのため危険が発生したことの証拠の収集、保全が必要となってくるが、現場で速度違反の検挙にあたる警察官にそこまで要求することは、捜査の実情から困難であると言わなければならない。」としています。

■裁判例の問題点

 この裁判例にいう「抽象的危険犯」とは、犯罪の成立に具体的な危険の発生までは要求されておらず、一般的・抽象的危険の発生だけで犯罪の成立が認められるものをいいます。

 

 現住建造物等放火罪などがこれにあたるとされます(人の家などに放火すれば、具体的に危険が生じていなくても既遂<犯罪が成立した>として罰せられます)。

 

 また「形式犯」とは、犯罪の成立には一定の行為の存在があれば足り、法益に対する侵害や、危険の発生を必要としないものです。身近なところでは、駐車違反や免許不携帯などの行政法規がこれにあたります。

 

 両者の違いは、抽象的危険犯は、一般的・抽象的にでも危険が発生している必要があるが、形式犯はその必要はなく、危険が発生していなくても違反行為があれば処罰の対象となることです。

 

 そのため、上記の裁判例のように「抽象的危険犯であり形式犯でもある」という部分は、必ずしも正しいとはいえないと考えられます。

 

 もっとも、「抽象的危険」の内容を広く解し、他方で形式犯を、当該違反行為が類型的に危険性を含むために処罰するものとすれば、実際の適用上には大きな差異はないといえるかもしれません。

 

 ただ上記裁判例は、「しかしながら抽象的危険犯においてもある程度の危険性の存在が必要であることは言うまでもなく、全く危険でないときは処罰すべきでないことは論を俟たない。」ともいっており、これによれば抽象的な危険すら全くないといえれば、処罰されないということになりえます。

 

 しかしこれは、昭和55年の交通事情を背景とする判断であり、現在は速度超過違反については形式犯と解されると思われます。

 

 この点は私見ですが、現代の交通事情からすれば、交通事故の原因となりうる速度超過について、危険の発生の有無にかかわらず抑止すべき要請があることは明らかといえますので、上記裁判例より厳しく判断されると考えられます。

 

 この点、直接の争点とはなった事案ではありませんが、実際に速度超過違反が形式犯であることを前提として判断している裁判例もあります(東京地方裁判所平成18年2月20日判決)。

 

 ちなみに、周囲の車の速度に併せて走行していたので、制限速度を超えていたことの認識がなかったということが争われた裁判例もありますが(東京簡易裁判所平成29年7月5日判決)、その主張も認められていません。

 

 以上からすれば、速度超過違反は、周囲の状況にかかわらず、速度を超過したことによって成立すると考えるべきといえます。よって、周囲の状況等を理由に速度超過を正当化することはできないと考えるべきです。

執筆 清水伸賢弁護士

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