冬道になれない運転者がアイスバーンでスリップし、対向車線に進入し走行してきた車と衝突しました。幸いにもお互い低速走行でしたので、命に別状はありませんでしたが、相手先からは「しっかりと冬道の運転方法を指導しているのか!」などと厳しく問い詰められています。正直、冬道の運転方法は指導していないのですが、指導の有無によって事業所の責任は変化するのでしょうか?
事業所の従業員が第三者に損害を与えた場合、事業所は、使用者責任(民法715条)、及び運行供用者責任(自動車損害賠償保障法3条)を負います。
これらの責任は、従業員である運転者の過失により被害者に損害が生じた場合には、免責されるべき事情が無い限り、基本的に認められるものであり、事業所が従業員である運転者に対して行っていた指導の有無だけで大きく変わることは少ないと思われます。
ただし、運転者の冬道の運転方法に問題があった場合、それが事業所の安全運転教育が足りないことが原因である場合や、冬道の運転業務についてのルール等の不備が主な原因となっていた場合は、直接事業所の責任が発生する可能性があります。
あるいは社用車について、事業所が冬道に必要な装備等を用意していないことが原因の事故が生じた場合など、事業所の行為(または不作為)等によって、事故が生じたと認められるような場合は、直接事業所自体の責任が認められることもありえます。
また、事業所から従業員に対してどのような指導をしていたかによって、求償権(被害者に対する損害賠償を行った後、事業所から運転者に対して同損害賠償額の一部を求償することができる権利)の金額等に影響があることも考えられます。
そもそも、冬道での運転について事業所はどのように指導等を行うべきかを検討しておく必要があります。
冬道の運転において注意すべき事項を例として下記に示します。
これらは、法律で細かく定められているというものではなく、一般的常識的な内容といえますし、具体的な道路状況において種々変わりうるものでもありますが、安全運転教育の内容として確認しておくべきものといえます。
冬道に関して法律等で具体的に定められているものとしては、主に冬用タイヤに関する規制が挙げられます。
すなわち、道路交通法71条は、「車両等の運転者は、次に掲げる事項を守らなければならない」として運転者の遵守事項を定めており、同条6号には、「前各号に掲げるもののほか、道路又は交通の状況により、公安委員会が道路における危険を防止し、その他交通の安全を図るため必要と認めて定めた事項」を守らなければならないと定められています。
そして、沖縄県を除く各都道府県の公安委員会は、それぞれ冬用タイヤに関して道路交通規則、ないし道路交通法施行細則等を定めており、同規則等に違反することは、上記の法71条6号に違反することになります(同条同号違反については、5万円以下の罰金刑が定められています)。
ちなみに、各都道府県によって、その規則等の内容には若干の違いがあり、降雪地帯にある都道府県はやや詳しく規制される傾向があります。
例えば、東京都では、
「積雪又は凍結により明らかにすべると認められる状態にある道路において、自動車又は原動機付自転車を運転するときは、タイヤチェーンを取り付ける等してすべり止めの措置を講ずること(東京都道路交通規則8条6号)」とあります。
大阪府では、
「積雪又は凍結のため滑るおそれのある道路において自動車を運転するときは、タイヤチェーンを取り付ける等滑り止めの措置を講ずること(大阪府道路交通規則13条7号)」という規定です。
それに対して降雪地帯の青森県では、
「積雪又は凍結のため、すべるおそれのある道路において自動車又は原動機付自転車を運転するときは、次のいずれかに該当するものであること。
イ 駆動輪(他の車両を牽引するものにあっては、被牽引車の最後軸輪を含む。)の全タイヤに鎖その他のすべり止めの装置を取り付けること。
ロ 全車輪に、すべり止めの性能を有する雪路用タイヤを取り付けること(青森県道路交通規則16条1号)」
とされています。
さらに、岩手県では、
「積雪し、又は凍結している道路において、駆動輪(他の車両を牽引する場合にあっては、被牽引車の最後部の軸輪を含む)の全てのタイヤに鎖を取り付けること、雪路用タイヤ(雪路用タイヤとして製作されたもので接地面の突起部が50パーセント以上摩耗していないものに限る。)を全車輪に取り付けること。その他の滑り止めの方法を講じないで自動車(小型特殊自動車を除く。)又は原動機付自転車を運転しないこと(岩手県道路交通法施行細目14条6号)」
と内容が詳しくなっているといえます。
このように各都道府県によって公安委員会の定めの内容が若干異なることもあるため、事業所としては運転者と共に、具体的な運行ルートに従って各規制の内容を確認しておくべきでしょう。
上記のように、運行ルート上の各都道府県の規制等を把握して対応するほか、事業所としては冬道に備えて種々の対応をしておくべきといえます。
冬道用のタイヤやチェーンの用意や取り付けや、その他冬道を走行する為に必要な備品の準備や、自動車の整備は事業所として採っておくべき対応です。
また、冬道における具体的な運転方法をふまえた交通安全教育も行い、従業員が知識を共有できるようにしておくべきでしょう。
具体的に降雪や凍結等の場合、現場での対応は運転者の判断に任せざるをえないことも多いと思いますが、事前に通行止め等になった場合や、降雪による渋滞に巻き込まれた際の対応について、ルールやマニュアル等を定めておくことも有用です。
そもそも、降雪や道路凍結の予報が出ている場合の運転を避ける、ルートを変更する、見込み時間を長く想定するなどの対応も必要な場合があるでしょう。
事業所が冬道への対応や安全教育を行っていなかったことが主に問題となったような裁判例は見当たりませんが、このような対策を普段から心掛けておくことが、事故防止の観点からも有効であると考えられます。
事業所としては、責任の重さや影響等に関わらず、適切な安全教育等の対応をしておくべきといえます。
執筆 清水伸賢弁護士
No.1078 安全管理のトラブルから事業所を守る(A4・16p)
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