「ながら運転」の罰則強化に伴い、弊社でもわき見運転に繋がる運転中のスマホ操作を禁止にしています。しかしながら、漏れ聞く話によると従業員によってはスマホで通話したり、操作をしながら運転をしているようです。そこで、次の安全運転啓発イベントにおいて、改めて「ながら運転」の罰則の周知や、裁判例を紹介したいと考えています。近年の「ながら運転」に関する諸事情を教えてください。
道路交通法第71条は、車両等の運転者の遵守事項を定めています。
同条5号の5は、「自動車又は原動機付自転車を運転する場合においては、当該自動車等が停止しているときを除き、携帯電話用装置、自動車電話用装置その他の無線通話装置(その全部又は一部を手で保持しなければ送信及び受信のいずれをも行うことができないものに限る)を通話(傷病者の救護又は公共の安全の維持のため当該自動車等の走行中に緊急やむを得ずに行うものを除く)のために使用し、又は当該自動車等に取り付けられ若しくは持ち込まれた画像表示用装置に表示された画像を注視しないこと」と規定しています。
同条項は令和元年に罰則等が強化され、改正により6月以下の懲役又は10万円以下の罰金と重くなりました(法118条3の2)。
また、同法同条の規定に違反し、よって交通の危険を生じさせた場合の罰則は、1年以下の懲役又は30万円以下の罰金です(法117条の4第1号の2)。
なお、同改正とともに、反則金の限度額、金額、基礎点数も引き上げられています。
ちなみに、同法71条5号の5は、車が停止しているときは対象ではありません。
さらに、手で保持しなければ送信及び受信のいずれをも行うことができないものに限るとされているため、いわゆるハンズフリーの通話の場合には同条同項の適用はないことになります。
ただし、スマートフォンやカーナビの画像以外のものを注視していた場合には、同条同項の適用はないことになりますが、その場合でも危険が生じるような運転は、同法第70条の安全運転義務違反となることがあります。
警察庁の平成29年から令和4年までの統計によると、令和元年の罰則強化後は、携帯電話使用等に係る交通事故件数(カーナビ等注視中、携帯電話の画像目的使用中、通話目的使用中を合わせた件数)自体は、平成29年が2,832件、平成30年が2,790件、令和元年が2,645件であったところ、令和2年が1,283件、令和3年が1,394件、令和4年が1,424件となっています。
平成21年の同統計では1,380件でしたので、年々増加していた同運転行為の件数が、令和元年の罰則強化後、減少したといえるでしょう。
しかし、減少したとはいえ改正後だけをみるとまた少しずつ増加してきており、また他の違反による事故に比べ、携帯電話使用等の事故の場合には、死亡事故となる割合が高くなっています(令和4年度はその他の事故に比べ約2.4倍)。
改正後、同法同条同項単独の問題として公刊物に載るような裁判例は見当たりませんが、改正前後を通じて、その責任の在り方について、運転者の責任を重く判断する事例が多くなっているといえます。
大津地方裁判所平成30年3月19日判決は、スマートフォンのアプリケーションを操作し、さらに落としたスマートフォンを探している際に事故を起こして被害者らを死傷させた事例で、検察官の求刑(禁錮2年)を大きく超えて禁錮2年8月の実刑としました。
同判決に対しては控訴されましたが、大阪高等裁判所は、同年10月4日判決で、被告人の責任を原審のとおり認めて控訴を棄却しました。
同判決の中で、高等裁判所は、検察官の禁錮2年という求刑について、「社会的類型の一般的危険性や、その類型中での本件犯行自体の危険性を過小評価し、このような類型が一定数出現する以前の従来の過失運転致死傷の量刑傾向を前提とし、これに捉われたものと評価でき、軽過ぎる。」と明言しており、このようないわゆる「ながら運転」の責任を重く評価することを明らかにしています。
その後も、スマートフォンでゲームをしながら運転し、被害者を死亡させたような件において、懲役2年4月の実刑とした件(新潟地方裁判所長岡支部令和2年3月11日判決・なお、事故日自体は改正前)や、禁錮1年4月の実刑とした件(名古屋地裁岡崎支部令和2年3月23日判決・なお、事故日自体は改正前。また被告人が控訴したが棄却されている。)などがあります。
被害者の数や死傷の程度、被告人の前科や被害弁償の有無等の種々の事情によって、その量刑の内容自体は変わっていますが、いずれの裁判例でも、運転中にスマートフォンを見ていた行為について、強く非難しています。
また特に、運転等とは関係の無いゲームなどの画面を注視していた場合には、その非難の程度はより強くなっているように思われます。
現代は、普段の生活においてスマートフォンやカーナビ等の電子機器を使う機会が飛躍的に増大しており、運転中であってもついスマートフォン等を使用して「ながら運転」となってしまう危険性は常にあります。
また、このような「ながら運転」は、画面等を注視している時間が短時間であることも多く、「ながら運転」をしたからといって常に摘発されたり事故が生じたりすることもない場合が多いともいえ、つい油断して違反行為を繰り返すことが多いかもしれません。
しかし「ながら運転」は、いわば意図的に運転中に脇見やよそ見をし、前方等に注意を支払わない行為ですので、その危険性や悪質性、事故が生じた場合の責任の重さなどはしっかりと意識しなければなりません。
事業所としても、従業員に対して「ながら運転」をさせないように教育したり、運転中に道順等の検索をしなくてもよいようなシステム作りなどの対応をしておくべきといえます。
執筆 清水伸賢弁護士
No.1078 安全管理のトラブルから事業所を守る(A4・16p)
本誌は、事業所の安全管理業務を行うに当たり、様々な法律上のトラブルから身を守るために知っておきたい法律知識を清水伸賢弁護士がわかりやすく解説する小冊子「安全管理の法律問題」の続編です。
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(2021.12月発刊)
No.1053 安全管理の法律問題(A4・16p)
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