点呼や酒気帯びチェックが形骸化していませんか

■「体調不良」の訴えを軽視して、重大事故が発生

 安全運転管理者の業務の中には、

「運転者の点呼等を行い、自動車運行前点検の実施状況や、過労、病気、その他の理由により正常な運転をすることができないおそれの有無を確認し、安全な運転を確保するために必要な指示を与える」という定めがあります。

 この規定を律儀に実践している事業所はどのくらいあるでしょうか?実施しなくても、それだけで罰則や行政処分はありません。

 

 昨年6月18日に発生した、北海道八雲町における大型トラック正面衝突事故(5人死亡)では、正に「運転者が正常な運転ができるかどうか」のチェック責任が問われました。

 

 さる3月22日、北海道警察は、トラックを運行させたニッポンハムグループの食肉会社の安全運転管理者と上司の2人を「業務上過失致死傷」の疑いで書類送検しています。

八雲町トラック正面衝突事故

  白ナンバーの交通事故で、安全運転管理者が送検されるのは異例の事態です。 

■ずさんな安全運転管理が事故につながった疑い

●前日に「体調不良」を訴えるが…

 この事故は食肉会社の大型トラックが、国道の緩いカーブ地点で、対向車線をきた高速バスに正面衝突したもので、双方の運転者2人とバスの乗客3人が死亡し、乗客12人が重軽傷を負いました。

 

 捜査の過程で、トラック運転者(当時65歳)は、前日に「熱があり、体調が悪い」と訴えていたのにもかかわらず、安全運転管理者は、翌日の運転業務を交代させる対応をとらず、心配する同僚にも「代わりがいない」などと発言していたことが判明しました。

 

 以前からこの会社では、現場の運転者たちから「体調不良の際には交代要員を確保してほしい」と求める声が、繰り返し上がっていたということです。

 また、司法解剖の結果から、運転者は事故の直前に心筋梗塞を発症していたこともわかり、意識喪失に近い状態で対向車線へ出て衝突したものと推察されています。 

運転中に心筋梗塞を発症

●運転者がセルフチェックする形式

 会社への当時の報道陣取材によると、前年の運転者の健康診断については大きな異常はなく、直近3か月の勤務状況は過重労働ではなかったそうです。

 

 ただし運転者に対しては「トラックなどに乗務する前に、運転者自身が酒気帯びや血圧、体温などのセルフチェックを行って、用紙に記録し、この記録簿のみを確認するルールだった」ということです。

 

 つまり、青ナンバーに義務づけられているような対面による点呼は、行われていなかったということです。

 

 さらに、事故当日は日曜日であったため、安全運転管理者などは出勤していませんでした。当日が平日であれば、対面の点呼はなくても、運転者が、管理者や上司に「今日も体調が悪い」と申告した可能性はありますが、休日の健康管理はできない体制でした。 

セルフチェックのみの点呼

警察は、起訴を求める「厳重処分」の

 意見をつける

 

 こうした状況を踏まえて、北海道警察は同社の2人に対し、事故を起こした運転者が体調不良を訴えていたのに乗務させ、事故を未然に防ぐ措置を怠った疑いで送検を決めました。

 また、事態を重視し、起訴を求める「厳重処分」の意見を付けて検察庁に送っていることを公表しています。

 

 セルフチェックで健康観察等の記録簿が残っていると、安全運転管理が行われていたように見えますが、実態はこのように形骸化していることが多いのではないでしょうか?。 

安全運転管理者を送検

■酒気帯びチェックの「なりすまし」事例が多発

 八雲町事故は白ナンバーの事例でしたが、青ナンバーの事業所ではきちんと点呼をしているのでしょうか。実は、大手のトラックやバスの事業所で、アルコール検知に身代わり運転者を立てる例が相次ぎ、問題になっています。

 

●トラック事業所で身代わり検知

 さる3月8日の報道で判明したのは、日本郵便グループの物流会社支店で、運転者のアルコールチェックを別の人に受けさせる不正があったということです。

 

 実際に「なりすまし」が発生したのは、昨年8月で、支店に勤務する20代から60代の配送運転者5人と事務員1人が、業務前のアルコール検査を別の社員4人に受けさせていたということです。

 アルコール検知器には身代わりを防ぐためのカメラがついていましたが、6人は自分の顔を撮影しながら、別の社員に長いチューブを使って(顔が映らない角度から)息を吹き込んでもらっていました。6人は内部調査に対して「アルコールが残っていないか怖かった。これまでに何回も頼んでいた」などと説明しています。 

身代わり検知

●バス事業所で「なりすまし」不正

 また、さる1月29日大阪市内に本社を置く歴史ある鉄道系バス会社は、2023年10月~12月にかけて、高速夜行バスで乗車前に行う乗務員の酒気帯び検査の「身代り」が行われたと発表しました。

 

 この会社では、遠隔地点呼におけるアルコール検知測定結果と検査時の画像を、運行管理者がいる営業所内でモニター確認できる仕組みを導入していました。しかし、40代の乗務員が50代の別の乗務員のIDを入力して、検査を受けていたのです。 

 そして、営業所の管理者が検査時の画像について漫然と確認していたため、見落としが生じたということです。

 

 点呼がマンネリ化し、チェックが形骸化していた可能性があると考えられます。

 同社では、今後はビデオ通話等を導入して遠隔点呼を厳正化するとしていますが、やはり機器の精度だけでなく、管理者・運転者の意識喚起が重要です。

なりすまし検知

され鉄道会社でも「運転士身代わり」検知

 このほか、さる3月8日、千葉県に本社を置く鉄道会社グループは、2023年10月に鉄道運転士がアルコール検知される可能性があることを恐れて、検知器の電源を切り結果が出ないようにした不正があった、と公表しました。

 

 調査の結果、点呼執行者が運行に支障をきたすと判断して、自らアルコール検知器を用いて身代わりを行ったり、部下である車掌が代わりに検知を行ったケースが判明しました。

 同社の発表資料では、運転士の地位が点呼執行者より高かったこと、点呼執行者がアルコール検知器を対面で行うよう徹底していなかったことや、人物の特定ができないアルコール検知器の使用を続けていたことなどが原因とされています。

■形骸化や「身代わり」を防ぐため、点呼等の重要性を再確認する

 八雲町で正面衝突事故を起こした事業所では、管理者自身が「代わりがいない」と運転者の交代を端からあきらめていたので、事情は深刻です。

 

 このような状況を打破するためには、まず、会社の経営者と安全運転管理者・運行管理者が安全管理と点呼の意義を再確認し、運行の可否を判断する機会が点呼の場しかない事実を肝に銘じることが重要です。

 

 たとえば、建設業や製造業などの場合、朝の点呼では確認できなかったポイントがあったとしても、業務中に巡回指導ができますし、昼食後に簡易なミーティングをして再確認することなどは可能です。しかし、運転者は1人で出ていってしまうので、確認はできません。

 

 安全運転管理者等も自分の業務についたら、運転者に確認・指導し忘れた点は頭から抜けてしまうでしょう。ここに落とし穴があると、気づく必要があります。

 運転者が毎日、事故もなく戻ってくるので、大丈夫だろうと錯覚していますが、実は薄氷の上を歩いている事業所は多いはずです。 

点呼は安全運行の要

■従業員の命を守る「安全配慮義務」があることを認識しよう

 八雲町事故では、トラック運転者の男性も亡くなりました。この方は、被疑者死亡のまま業務上過失致死傷罪で書類送検されていますが、業務の途中で死亡したのですから、会社は被害者の補償とは別に運転者への責任があります。

 

 運転者の健康状態を配慮して、会社が代替運転者を配置していれば、男性がたとえ自宅等で心臓発作を起こしたとしても、命をとりとめた可能性は十分にあります。

 企業は、労働契約法第5条に基づき「労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」とされ、従業員の安全を配慮する責任を負うことが定められています。

 

 体調に問題のある状態を軽視して運転業務を命じた場合は、「安全配慮義務違反」に問われることが判例で認められています。

 従業員の命を守るためにも、点呼や健康観察が重要であることを再認識しましょう。

 

安全配慮義務違反

■システムの見直しで、管理者自身の意識を喚起する

 人手不足もあり、管理者が対面で点呼ができない状況はありえます。

 ただし、安全運転管理者のアルコール検知業務は代理の者を定めて委任することができます。運行管理者の場合は、点呼補助者を選任することが可能です。

 

 また、最新の通信技術を備えたIT機器などを導入して、監視カメラ等で動画確認を加えれば、リモート点呼が実施できます。

 もちろん、担当者が漫然と見ているような状態だと、身代わりを見逃すこともありますので、システムを見直すとき、マネジメントする側で、点呼を再チェックする仕組みを考えることが重要です。

 

 たとえば、デジタル化した点呼システムを導入すると、勤怠管理システムと点呼記録を連携させることが可能です。クラウドに運転者台帳などを置くことも有効です。

 経理や人事の担当者が運転者の勤務実績を見るときに、点呼の実績などもチェックすることができます。複数の目で確認できれば、健康問題等のフォローも幅広くなります。

 

 「管理者がちゃんと点呼をしているか」、チェックする仕組みを導入して、意識喚起をはかりましょう。

監視カメラ・遠隔点呼

上図は、国土交通省の資料

遠隔点呼が実施できるようになります」より


■管理者の姿勢が変われば、運転者も変化する

 運転者が、点呼や飲酒検知などを軽視するのは、形式的で意味がない、面倒くさいと感じているからです。管理者自身がそう感じているので、運転者にも伝わります。

 逆にみれば、管理者の姿勢が変われば、運転者の態度も改善する可能性があります。

 

 たとえば、貸切バス事業所では、今年4月1日から、点呼の際に録画と音声録音による点呼記録が義務づけられ、アルコール検知器使用時も、吹き込む顔を撮影した画像の保存が義務づけられます。

 

 事業者にとっては負担となりますが、録画や録音をして記録を保存することは、管理者と運転者双方が、他の人に見られる(聞かれる)ことを意識しますので、「点呼の見える化」となり、真剣に点呼を実施することが期待できます。

 

 こうした「見える化」は、点呼の仕組みを改善することに繋がりますので、貸切バスだけでなく、他の事業者も前向きに検討するべきでしょう。

点呼の様子を動画保存

 国土交通省作成のパンフレットより


■国土交通省が作成した貸切バス点呼の仕組みを伝える動画

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12月23日(月)

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