走行中に空き家の壁が飛んできて、車が損傷しました

営業中の社員が、片側1車線の道路を走行中、突然、家屋の壁のようなものが飛んできて車が損傷してしまいました。当時は強風が吹いていたので、古い空き家の家屋の壁が吹き飛んだようです。事故処理にきた警察官が「自然災害かもしれないから損害賠償請求できるかな?」と言っていたので、車の修理費用が補償されるか不安です。このような場合、どういった手続きを踏めばよいでしょうか?

■近年増加する空き家問題

 高齢化社会が進み、人が住まない住居が放置されることで様々な弊害が生じる、いわゆる空き家問題が大きくなっているといわれています。

 

 空き家が放置されることで、衛生環境や景観の悪化や、治安が悪化することが指摘されており、また老朽化による倒壊等によって、第三者に対する生命・身体への被害のおそれが生じることもあります。

 

 我が国では平成26年11月には、空家等対策の推進に関する特別措置法が成立し、令和5年6月に改正され、各規制の合理化や官民連携の拡大、「特定空家()」への早期介入や除却等の円滑化が図られています。

 

 また、各地方自治体においても、空き家条例が設けられるなど対策がされています。

 

)倒壊等、著しく保安上危険となる恐れのある状態などで特定される空家。放置していると固定資産税の大幅アップなど様々なデメリットがあります。

■空き家の倒壊等によって第三者に損害が出たケース

(1)工作物責任

 では質問のように、空き家の壁が飛んできて被害が生じたような場合、その責任はどうなるでしょうか。

 

 この点、空き家といっても、売却前のものや、たまたま引っ越し等で人が居住・使用等していない時期である場合から、長年にわたり放置されているようなもの(問題とされているのはこのような場合でしょう)まで種々あります。

 

 建物が損壊したことで第三者に損害が生じた場合、民法は717条に、工作物責任といわれる、土地の工作物等の占有者及び所有者の責任を定めています。同条1項本文は、「土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う」としています。

 

 同規定によれば、「土地の工作物」である建物の「設置又は保存に瑕疵がある」場合には、まずその建物の占有者(実際にそのものを支配・管理している者)が責任を負うということになります。

 

 人が住んでいない空き家でも、例えば実際には管理会社等が維持管理等をしているような場合には、同管理会社が占有者とされて責任を負うとされるといえるでしょう。

 

 ただ、同条1項但書では、「ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。」とされており、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたとき(及び占有者がいないとき)には、その建物の所有者が損害を賠償しなければなりません。

 

 この場合の所有者の責任は、土地の工作物の設置又は保存に瑕疵がある限り、所有者自身に過失がなくても責任を免れないとされており、相続で自分が不動産の所有者となったのに、放置してしまっているような場合でも責任を負うことになります。

(2)所有者が責任を免れる場合

 このように、所有者の責任は過失が無くても負うべき責任(無過失責任)といわれています。

 

 そのため所有者がその責任を争うためには、「工作物の設置又は保存に瑕疵」がなかったと主張することになります。

 

 ここにいう「設置又は保存に瑕疵がある」とは、工作物がその種類に応じて通常備えているべき安全性を欠いていることとされています。

 

 通常備えている安全性の有無の判断は、実際には当時の状況において、工作物の構造や用法、周辺の環境や利用状態等の事情を総合的に考慮して個別具体的に行われます。

 

 工作物が、通常予想される危険に対して通常の安全性を備えていれば、工作物に瑕疵はないとされるため、例えば本件の所有者としては、通常の安全性を備えていたが、予想を超えるような強風により被害が生じたなどの主張をすることが考えられます。

 

 ただ、空き家として放置していたような場合、通常の安全性を備えていたとはされませんし(この場合は、仮に予想を上回る強風であったとしても、そもそも安全性を備えていないため、瑕疵が認められる可能性が高いと思われます)また、予想される範囲の強風により被害が生じたのであれば、工作物の瑕疵が認められ、所有者が責任を負うことになります。

■裁判例の紹介

 自然災害が原因で工作物責任が問題となった裁判例はいくつかありますが、「工作物の設置又は保存の瑕疵」については、いずれも当時の具体的な状況等を検討して判断されているといえます。

 

 まず裁判例の一つ目ですが、東京地裁令和4年1月20日の判決は、台風で屋根の一部が飛ばされ、隣接する駐車場に駐車していた自動車に傷がついた(争いあり)とされた事件です。

 

 裁判所はまず屋根の一部が自動車を傷つけたことを認め、また当該台風は最大風速毎秒約32mではあったものの、記録的な強い台風であったとはいえないとし、屋根が飛んだ建物が築約59年でかなり老朽化していたが、今まで被告らが屋根を補修した形跡はうかがわれないとした上で、「上記の程度の風で屋根の一部が飛散した以上、本件建物は土地工作物として設置保存の瑕疵があったといわざるを得ない」としました。

 

 また次に、福岡地裁久留米支部平成元年6月29日判決は、同じく台風で工場の屋根や外壁が飛ばされて自動車に損傷を与えた事件です。

 

 裁判所はまず当該工場が約10年稼働しておらず、老朽化が進んで腐蝕が激しく、強風によって屋根や外壁の一部、その他付属の設備等が、剥離、飛散、倒壊するかも知れない危険な状況に在ったことを認定しました。

 

 そして、台風の規模が従前に見られなかった程大型であった点や、管理者がある程度の応急処置や立入禁止措置をしていたこと自体は認めつつも、工場建物やその付帯施設等の老朽化が進み、台風襲来以前にも強風などで壁面の一部が崩壊したりした事実を以下のように指摘しました。

 

 「これらの営造物が、通常有すべき安全性を有していたとは到底認め難く、これを不可抗力による事故と認めることもできない」とし、更に「被告主張の立入禁止の措置も、旧工場建物の本体付近に止まり、原告を含む市職員が駐車していた辺りは立入り禁止、駐車禁止の区域外であり、安全確保のための措置としては決して充分であったとは言い難い」として、責任を認めました。

 

 他方、名古屋地裁昭和37年10月12日判決は、伊勢湾台風で過去に例のない高潮が発生して人が死亡した点について、原告が、堤防の設置又は保存に瑕疵があると主張した事例です。

 

 裁判所は、「同堤防の位置にある堤防として既往最高の高潮に堪え得るだけの高さと構造を有しているのであるから、同堤防として通常備えるべき安全性を保有していたと認めざるを得ない」とし、「築造当時予見され得なかつた高潮等により決壊することがあつても、それは不可抗力による災害と認めざるを得ず、堤防の設置または管理に瑕疵があつたということはできない」などの理由で、不可抗力であったと責任を否定しました。

 

 更に、京都地方裁判所令和2年11月2日判決も、設置保存の瑕疵を否定しています。

 

 同事案は、台風の影響による強風によって、屋根付き車庫の壁や屋根、骨組等が吹き飛ばされたり倒壊し、これらが隣接する建物に接触したことにより損傷したというものです。

 

 裁判所は、本件台風が市の観測史上2位の最大瞬間風速を記録し、他にも建物の天井の崩落や倒木など多数の被害が生じていたこと、本件の近隣でも木が折れる等の被害が生じているが、本件周囲がとりわけ強い風が吹く場所であるとも認められないため、台風によって屋根付き車庫が損壊した事実のみをもって、直ちに本件車庫が土地の工作物として通常備えるべき安全性を欠いていたと認めることはできないとし、責任を認めませんでした。

■まとめ

 以上のように、裁判例では具体的な事案における事実関係を総合的に検討して判断されているといえます。本件のような場合、強風の程度や管理の状況にもよりますが、台風に至らないような強風で壁が剥離したというのであれば、やはり占有者ないし所有者の責任が認められる可能性は高いといえるでしょう。

執筆 清水伸賢弁護士

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