5月といえば、そろそろ新入社員に運転を任せるという時期ですが、実車による指導、添乗(横乗り)指導を実施していますか。
トラック・バス・タクシーなど事業用自動車の運転者の場合は、初任運転者指導として、選任してから1か月以内に所定の指導・監督を実施することが求められます。
たとえば、トラックならば初任運転者への座学指導を15時間、実技指導を20時間以上実施する必要があります。バスの場合は、座学を6時間、実技指導も可能な限り実施することが求められ、貸切バスに関しては添乗実技指導を20時間以上実施する必要があります。
また、一般の事業所(安全運転管理者選任事業所)においても、新たに社員を雇用した場合、従事する業務に関して「安全衛生教育」を実施することが義務づけられています。
法令的に、安全衛生教育にそう難しい規定はありません。製造業などで労働災害を防ぐための教育などが一般的です。教育記録の作成と保存が求められる危険な機械等に従事する者への「特別教育」は、動力プレス機械、重機やフォークリフトなど一部に限られます。
ただし、白ナンバーでも重い荷物を積載するトラック運転などに従事させる場合、あるいは人を送迎するワゴン車などを運転させる場合は、法令に定めがなくても、プロ運転者の教育に準じた安全指導をすることが望まれるでしょう。
一般の乗用車を運転して営業活動などに従事する従業員の場合であっても、事故防止のためには、実車に基づく安全運転教育が重要です。
座学だけでは確認できない安全ポイントを教え、「ハンドル操作が荒い」「ブレーキ・アクセルのペダル踏み換えが雑」といった運転者の危険な特性をチェックする上で必要と言えます。
●下り坂走行の指導をしていなかった
2022年10月13日昼頃、静岡県小山町の富士山5合目から下る道路で、大型観光バスがのり面に乗り上げて横転、乗客1名が死亡し、28名が重軽傷を負う事故が発生しました。
事故現場は「ふじあざみライン」と呼ばれ、長い下り坂が続くカーブの多い道路でした。バス運転者はフットブレーキの使いすぎによる操作ミスで「フェード現象」を発生させブレーキが効かなくなって横転したものです。
当時26歳のバス運転者は2021年7月に採用され、トラック運転の経験があり、規定の運転講習は社内で受けていたということですが、事故が発生したこの坂道を運転するのは初めてでした。
2023年9月26日、元運転者は「過失の程度は重い」と指摘され、静岡地裁に禁錮2年6か月の実刑判決を言い渡されていますが、管理指導の不備による責任も重大です。
●業務上過失致死傷の疑いで運行管理者も送検
事故の捜査で、当時の運行管理者は運行前にバス運転者に対して「上りの道は2~3速のギアで上った方がいい」と伝えたものの、下り方は明確に指導しなかったということです。
運行指示書にも下り坂での運転操作に関する記載はなかったとみられ、警察は運行管理者だった男性(56歳)を運転者に対する指導および監督を怠ったとして、業務上過失致死傷の疑いで静岡地検沼津支部に書類送検しています。
●白ナンバーでも人を運ぶ車では教訓とするべき事例
この事故の報道では、バス運転者が坂道走行の基本を知らなかったことが強調されていましたが、白ナンバーでも問題の本質は同じです。介護施設が9人乗りワゴン車などで高齢者を送迎中、坂道から転落して車椅子の高齢者が重傷を負うような事故がときどき発生しています。
送迎運転は人の命を預かっていることを考えると、実技指導なしに運転業務を命じていることの恐ろしさに気づくべきでしょう。
●運転者が安心して業務をできる
ベテランの管理者や先輩運転者にとっては、坂道ではエンジンブレーキ、排気ブレーキなどを使用して走行するのは「当たり前」であっても、新入社員がその常識を持っているとは限りません。また、会社の業態によって運転業務に独特のルールが存在する場合もあります。
これらのことを「自分たちは先輩を見て自分で学んできた。本来、新人は自ら積極的に学ぶべき」と考えている管理者や指導者はいないでしょうか? これは間違った考え方です。
このような姿勢では、せっかく採用できた運転者の早期退社を防ぐことはできません。
新人運転者は、親身になって指導してくれる先輩や指導者に触れて初めて、「ここはきっちり教育してくれる!」と実感し、仕事や運転に不安を抱くことなく、安心して運転業務に向かうことができるようになります。
この「安心」が新人運転者の定着率を上げることになり、事故防止にとっても非常に重要なポイントとなります。
●ベテランというだけで任命するのは危険
事業所の新入社員教育で、社内の仕組みを研修するときには、人事・総務など業務に精通した人が担当しますが、運転指導の場合は、「〇〇君がベテラン運転者だから」とか、「運転が上手だから」といった理由で人選し、指導のスキルや指導内容の実態については、しっかりとつかんでいないことがあります。
安易な人選で指導テキスト等もしっかりしていないと、経験上よく知っていることは教えるけれど、自分が知らないことはパスしてしまうといった「指導のばらつき」が生じます。
●指導者の自覚がないと逆効果にも
また、横乗りする人に指導者としての自覚がない場合、「この会社の欠点は…云々」とか、「あそこの荷主は荷待ちが酷いので、担当になったら悲劇だよ」など、助手席で業務のマイナス面や会社の愚痴を言うような例もあります。
このため、せっかく横乗り指導を実施しても印象の悪さが響き、新入社員が会社をすぐ辞めてしまうといったケースが少なくありません。
●対等な人間として相手を尊重する
なお、横乗り添乗指導などは1対1で行いますので、指導者の発言が、パワー・ハラスメントやセクシャル・ハラスメントとならないよう注意することも大切です。
今はもう聞かれませんが、かつては自動車教習所の指導員の言葉遣いが問題になりました。
初心者であるにもかかわらず「こんな簡単な操作もできないのか」「前に説明したよな」といった非難を受けると、とても傷つきます。
さらに、「覚える気あるのか」「何回言わせるつもりだ」といった不満を示す言動も、新入社員を萎縮させます。
対等な1人の人間として、相手を尊重する姿勢で教育しましょう。
●偏ったジェンダー意識を示さない
このほか、車の中で2人きりだということに気を許して、「彼女(彼氏)いるの?」「経理の山田さんどう思う、気になる?」「男らしい運転をしたいだろう!」などど性的な事項や個人の好みなどに言及するのも問題です。
同性・異性であるにかかわらず、こうした発言を聞けば、その会社がジェンダー感覚に偏りがある問題意識の低い職場であり、性差別や古い固定的な性役割意識を押し付けられる可能性が高い、早く退社しようと新入社員は考えます。
指導中は運転内容に関係のない個人的な意識の押し付けをしないよう徹底しましょう。
●指導の目標を明確にする
横乗り添乗指導や実車指導を行う前に、どのような内容をどのくらいの時間実施するのか、明確にしておく必要があります。
また、指導者の経験値などで内容にばらつきが生じないように、きちんとしたカリキュラムを作成して指導に臨みましょう。
さらに、一定の合格基準あるいは指導目標基準を設けて、その基準に達しているか、安全管理の責任者が実技指導の成果をチェックする仕組みを作っておきましょう。
どこまでできれば「一人前」として認められるかを明確にして、横乗りなどの指導者が基準点を共有しておく必要があります。
●具体的な評価基準の確認
共有すべき指導ポイントとしては、たとえば車間距離の評価など、個人的感覚でアバウトな評価をすると、指導される運転者も納得できません。
車間距離を車間時間に換算して、3秒以上を◯とか、4秒以上を◯など基準を決めておきましょう。前車がある地点(電柱のところ等)を通過してから、ゼロゼロイチ、ゼロゼロニ、などとゆっくり数える方法を統一しておき、「3秒間以上の車間距離をとって下さい」といった数値化した指導をすれば、統一できます。
●指導コースの標準化
なお、業務の関係上、添乗指導のコースをすべて同一にするのは難しいかもしれませんが、なるべく指導評価を標準化するコース設計が望ましいと言えます。
たとえば、ルート上に右左折ポイントをいくつ、一時停止ポイントをいくつ、進路変更ポイントをいくつなど決めておき、どの地点でウインカー合図のタイミングをチェックするのかなども共有しておきましょう。
あるトラック事業所のドライバー検定審査表の例 | |
1 発進時はアクセルをゆっくりと踏んでいるか | 1・2・3・4・5 |
2 車間距離は十分にとっているか(最低でも3秒の車間) | 1・2・3・4・5 |
3 黄信号は原則停止しているか(安全のためやむを得ず通過は可) | 1・2・3・4・5 |
4 一時停止線で1秒以上完全停止し、安全確認をしているか | 1・2・3・4・5 |
5 右折時は横断歩道前で停止し、左右を確認しているか | 1・2・3・4・5 |
6 左折時は一時停止し、左後側方の安全を確認しているか | 1・2・3・4・5 |
7 (以下略)……………………………… | 1・2・3・4・5 |
●動画サイトに優れた指導動画がアップされています
過去に運転実技指導の経験がある事業所では、カリキュラム資料なども残っているでしょうから、社内で管理者や指導者が話し合えば、よりよい指導が実施できるはずです。
一方、経験の少ない事業所ではどうしても二の足を踏んでしまいがちですが、最近は、インターネットの動画サイトに指導方法を解説する具体的な動画が数多くアップされています。たとえば、国土交通省は貸切バスに対する安全確保の対策を強化したことに伴い、貸切バスに絞った実技指導動画を製作しました。
また、香里自動車教習所の運転管理支援チームなど教習所教官のプロ指導者も、精力的に教材開発に伴う動画をアップしています。これらの映像等を参考にしていけば、経験が浅い指導者でも実施は楽になります。
●具体的な内容の指導テキストも発行されています
なお、実技指導のテキストもトラック、バスなど車種別に数多く登場していますので、ぜひこれらの資料を活用して、積極的に指導に取り組んだください。
●貸切バス事業者は初任運転者の指導内容をネット公表する義務がある
国土交通省の通達改正により、貸切バス事業者がインターネット等で公表すべき安全に係る取組内容として、 初任運転者に対して行う「安全運転の実技指導」が追加されました(令和6年4月1日以降に報告を行うものから適用されます)。
→ 初任運転者に対して行う、20時間以上の実技指導 (添乗付き)について、実施ルートや時
期、車種区分、指導の具体内容、添乗者の指導歴等をホームページに掲載。
トラック運転者のバック事故防止実技講習ノート 支援動画
バス事業者のための事故防止実技講習ノート 支援動画
ホーム > 運転管理のヒント > 危機管理意識を高めよう >体系的な運転実技指導を行っていますか
本書は国土交通省が政令で定めているトラック初任運転者に対する指導のうち、「安全運転の実技」に明記されている「添乗(横乗り)指導等によって20時間以上実施」の項目を深く掘り下げた内容になっています。
これまで、初任運転者に対する実技指導の具体的なマニュアルを策定していない事業所では、指導内容にバラつきが生じ、運転者が不満を持ってすぐに辞めてしまうこともありました。
イラストを多用した本書を活用いただければ、効果的な初任運転者に対する実技指導が可能となりますので、是非ご活用ください。
運転の基本に立ち返ることで、構内事故やバック事故をゼロにするための指導者向けの実技講習ノートです。
本書は実技中心の構成となっており、その一部を紹介しますと、バスのサイズや死角の範囲を運転者に予測してもらい、ノートに記載してもらいます。その後、メジャーなどを使用して正しく測定し、予測との違いを確認してもらい、曖昧だった車両感覚を明確にしてバック時の不安をなくすことを目的としています。
また、講習方法は本文に記載されているQRコードを読み取っていただければ、講習内容を動画で確認できますので、どなたでもバスの事故防止講習を実施することができます。
「トラック事業者のためのバック事故防止実技講習ノート」は大阪香里自動車教習所で実際に行われている講習を、皆様の事業所で実施できるように解説した画期的な講習教本です。
管理者の方々が、本書の内容に沿って講習をすすめることで「運転する車の大きさを正確に知る」、「あいまいな車両感覚を正確なものにする」といった基本の運転行動を運転者に再認識させ、バック事故につながる危険要因を取り除くことができます。
また、本誌に記載されているQRコードをスマートフォン等で読み込むことによって、実際の講習の様子をネット上の動画で視聴することができます。
プロのトラックドライバーとして知っておかなければならないマナーとモラルやセクハラ・パワハラを防ぐための意識改革などについて実践的に解説しています。
運転場面や得意先・社内での対応場面15事例を収録、イラストでマナーの悪い例やモラルの低いドライバーの姿を描いています。
これらの事例がどんな問題につながるか、ドライバーが考えて記入する参加型の教材となっていますので、マナーやモラルについて考える機会となり、改善のキッカケとなります。
監修:酒井 誠
(一般社団法人 日本プロドラ育成サポート代表理事)
本作品は、トラック運転者として知っておかなければならない安全運転の基本知識をまとめたDVDです。
車の乗降りの仕方やハンドルの持ち方などを解説した「運転準備編」と、右折や左折などの運転中の注意ポイントをまとめた「運転実践編」で構成されており、全ての項目(30分)を一度に見ることもできますが、視聴したい項目(1~3分)を選んで見ることもできます。
それぞれの項目は質問形式となっていますので、視聴者は考えながら見ることが可能です。実技指導後のフォローアップ用として、安全運転のポイントを理解していただくことができます。